糾弾 - 安西友翔
力ない足取りの二宮を小延が気遣うようにして、2人はノーブルを出て行った。
オレもその後を追うため席を立った。
いつもなら勘定のためにレジへ来る湊河さんが、今は感情の消えた顔で下を向いて立ち尽くしている。
その視線を追ったオレの目に、手の中で血に染まった布巾が見えた。
オレは腹を立てていた。
小延だけでなく二宮にもだ。
小延を見た時の湊河さんは、明らかに普段とは違う様子だった。
二宮はそれに気付くべきだった。
二宮なら、どんなときでも湊河さんの味方をすると思っていた。
2人に追いついた俺は後から声をかけた。
「小延。二宮さん」
力なく振り返った二宮の顔には、彼女が受けたショックの大きさが現れていた。
そのことで二宮に対するオレの怒りは少し治まった。
「上手くいかなかったみたいだな。二宮さんもずいぶん落ち込んでる。顔にはっきり出てるぞ。気分が落ち着くまで、どこか近くの店に入らないか?」
オレはそう言うと、答えを待たずに先に立って歩き出した。
2人は重い足取りでオレの後をついてきた。
そのまま3人で個室のあるインターネットカフェに入る。
個室の料金はオレが払った。
「二宮さん。どうして店長が断ったのか、それがわかるか?」
二宮はうつむいたまま小さく首を振った。
「理由を教えて欲しいか?」
その言葉に、二宮は驚いた顔でオレを見た。
「それはな」
そう言ってオレは小延の方を向いた。
「小延さん。あんたがクズだからだ」
思いもよらなかっただろう言葉に、小延は唖然とした顔になった。
何かを言おうとして小延は口を開いたが、オレが待ってもそこから言葉は出てこなかった。
オレはわざと丁寧な言葉で小延と話すことにした。
責めるような言葉を使うとオレのテンションが上がり過ぎて、話し終わる前に怒りを爆発させてしまいそうだったからだ。
「驚いているんですよ、オレは。小延さんは、今日行ったノーブルという店を知らないんですか? 長年住んでいる店長の顔に見覚えはありませんか? 店長の名前は、湊河貴弘というんですよ」
「湊河? ちょっと待ってくれ。あの人が?」
「あなたは事故のことを深く反省してるんですよね。それなのに、あなたが死なせた相手の住んでいた場所や、唯一の生き残った人の顔を、そうやって忘れてしまえるものなんですか?」
「……いや、そんなことは。……僕の知ってる――」
「記憶にある顔とは違いますか? 面影がなくなるほどの体験を湊河さんは味わったんですよ」
小延の顔が青ざめた。
その目線はテーブルの上をさまよっている。
「自分の親が苦労して建てた店にその家族を殺した相手がやって来て、自分をここで雇ってくれと言ったんです。いやあ、湊河さんの精神力には感服しました。あなたはその場で殺されていても不思議じゃなかった」
「待ってくれ!」
小延が堪りかねたように叫んだ。
「確かにあの人たちが……、和貴さんや香苗さんや貴幸くんが死んだのは、僕が車のスピードを出し過ぎていたからだ。でも向こうだって対向車線にはみ出していて、ヘッドライトも点けてなかったんだ。だから貴弘さんだって僕に減刑嘆願書を書いてくれたんだ」
「裁判では、あなたが湊河さんの車に追突したと、そうなっていましたよね」
「どうしてそうなったのか僕にも分からない。でも僕は間違いなく見たんだ」
オレはその言葉を聞いてカバンからタブレットを取り出した。
画像を表示させてから小延の前に置いた。
「あなたが衝突した時に見たのは、この車ですね?」
映っている画像はオレが手間と時間をかけて撮影したものだ。
湊河さんが乗っていたのと同じ車種、同じ色の車だ。
事故があったのと同じ場所、同じ時刻に、小延がぶつけたのと同じ方向から別の車のヘッドライトを当てて、その運転席から撮影している。
つまり事故の時に小延が見たのと同じ光景のはずだ。
「ああ、そうだ、この車だ」
「そうですか。……あなたは相手の車をワンボックスだと言ってましたよね」
「……? ワンボックスだろ」
「この車を明るいところで撮ったのがこれです」
画面をタップして画像を切り替える。
「……なんだよ、これ」
「ヘッドライトに見えたのは目。フロントグリルに見えたのは口。つまり背の高いワゴン車の後ろに、大きな目や口に見えるマグネットシートが貼り付けられていたんです。貴幸くんがビンゴで当てたジョークグッズだそうです」
混乱している小延へさらに説明を続ける。
「シートの表面には光沢があるので、ヘッドライトの強い光を反射したら目や口には見えませんね。事故で壊れたのはワンボックスじゃなくてボンネットのあるワゴン車です。ネットで当時の記事を探せば、すぐに写真で確認できますよ」
「……そんな」
反論するための言葉を探して、小延の目が泳いだ。
「……待て……、ちょっと待て。さっきの写真に戻してくれ」
言われた通りに、表示を戻した。
「ブレーキランプが点いてない」
「点いてますよ。ここに赤く光ってます」
「それはテールランプだ。ブレーキランプはもっと明るい。ここの部分もブレーキなら光る。あんな急カーブならブレーキを踏んでたはずだ!」
「色々と言い訳を考えていたんですね」
小延は刑務所の中でも、こんな風に自分を弁護する説明を考えていたのだろう。
「あなたの車がタイヤを鳴らしながら近づいてくることに、ドライバーは気付いてました。だからブレーキを踏む必要が無いほど減速して、できるだけ道の端を走っていたんです」
小延の顔は歪んだ。泣き出しそうな表情だった。
「それなら……、どうして減刑嘆願書なんて」
「わかりませんか? だったら、生き残った1人がその後どうなったのかを知るべきですね」
オレは、これまでに調べた話を小延に話し始めた。
車が崖から落ちた後も、彼の母親と弟は1時間以上生きていた。
母親は胸を潰されて、弟は背中に金属の棒が刺さって、どちらも動けなかった。
救急車を呼ぼうとしたが、電話は圏外だった。
彼も潰れた車内で脚をシートに挟まれ、車から出られなかった。
彼はそこから抜け出すため、全力で暴れた。
捻挫だった足首は手術が必要なほど壊れた。
挟まっていた部分の皮膚が肉からはがれた。
シートを殴り続けた肘は骨まで見える状態だった。
5時間後に助けが現れた時、彼はまだガラスの破片でシートを削ろうとしていた。
「壊れた車の中で発見された時には彼は気が変になっていました。彼が正気に戻ったのは入院してから1ヶ月以上後のことです。退院した後は、彼は危険な運転をするドライバーに問答無用で殴りかかるようになりました。殴った相手には暴走族まがいの者が何人かいて、彼は祭りの夜にその男たちに呼び出されました」
オレはまた画面をタップして、祭りの夜に撮られた湊河さんの動画を再生した。
何度見ても、冷静ではいられない動画だった。
素人が撮った動画でプロのような上手さはないが、それが逆に生々しさを感じさせた。
ナイフを握って離さない手。
骨が折れていながら殴りつける腕。
頬の裂け目から奥歯を見せつける顔。
時折アップになるシーンは、見る者にも痛みを感じさせた。
高価なカメラに重そうなレンズを付けて撮影した動画は、夜とは思えないような明るさで、湊河さんの闘う姿を捉えていた。
観光客が湊河さんたちを見下ろせる場所から撮影していて、オレはその動画をメモリカードごと貰ったのだ。
動画の再生が終わった時、小延は放心状態だった。
「小延さん。小延さん! ……小延!」
小延の目がゆっくりと動いてオレを見た。
「あなたは幸せだった家族を1人だけ残して殺しました。生き残った1人は苦しんだ末に、自分の体を道具のように使って人を傷つけるようになりました。その生き残りが少しでも早くあなたを出所させたいと思ったのなら理由は明白でしょう。それともまだ分かりませんか?」
そう言ったオレに対して、小延はもう自分を守るための言葉を出さなかった。
「刑務所に入っても自分は悪くないと思い続けていた。小延さん。あなたは間違いなくクズです」
それだけ言うと、オレはタブレットを持って席から立ち上がった。
ふと二宮を見ると、彼女はじっと座ったままうつむいていた。
その表情はオレには見えなかった。
「二宮。今から店に戻るなら、薬や包帯を持って行った方がいいぞ。握ってた食器が割れたんだろう。手が血まみれだったからな」
オレはそう言ってから個室を出た。
今の言葉で二宮が傷つくとわかってたが、彼女に対する怒りは完全には治まってなかった。




