相談 - 二宮透花
あたしが悩みを相談できるとしたら、店長さんしかいなかった。
でも話しかける切っ掛けをつかめないでいた。
「何か言いたいことがあるのか」
そんな様子に気付いた店長さんが、あたしにそう言ってくれた。
「……はい」
「役に立てるかはわからんが、とりあえず言ってみろ」
「どうしたらいいのか分からなくて。……こんな言い方じゃ分かりませんよね。でも、どう言えばいいのかも分からなくて」
「悩んでるんだな。もしかして、事故で死んだ二宮の妹に関係があることか?」
「……どうして分かったんですか?」
「お前がそのことで苦しんでることは知ってるんだ。普通に思いつくだろ」
店長さんにとっては普通だとしても、あたしにはとても嬉しかった。
「二宮はその事故のあった場所にいたんだな」
「そうです。あたしの足元に彩花が――」
「おい。思い出して大丈夫か?」
「今は大丈夫です。この前はちょっと……店長さんの話を聞いたから動揺していて」
あたしがそう言うと、店長さんの表情が少し柔らかくなった。
「……そうか。俺の気持ちになってくれてたのか。そういう優しいところがあるな、二宮は」
「そんなことないです! 彩花のことだって――」
「自分の責任だと思ってるのか」
「……」
「妹は幾つだったんだ」
「1歳と半年ちょっとです。思ったより早く走れるようになっていて、あたしそれを知らなくて――」
ああ、あたしは店長さんに言い訳をしている。
本当のことを知ってもらうには、あたしがママの言うことを聞かずに彩花を連れ出したことや、あたしが手を放したから彩花が飛び出したということを言わなきゃいけない。
でもあたしはそれを言う前に言葉を止めた。
店長さんに嫌われたくないからだ。
「二宮は?」
「もう4歳、もうすぐ5歳でした」
「もう4歳? ……まだ4歳、だろ」
店長さんはそう言ってため息をついた。
でもあの時のあたしには、車が危険なことはよく分かっていた。
「お前のせいじゃない、気にするな……、と言っても無理なんだろうな。俺だって人のことは言えない。俺の場合はもう16歳だったがな。ユキに触った手が濡れて、それが血だと気付いた時……」
店長さんの言葉に含まれた感情に、あたしの感情も引っ張られていた。
あたしと他人を隔てているものが、店長さんとの間ではあまり感じなくなっていた。
この人にはあたしの気持ちを分かってもらえる。
考えたままの言葉で伝えることができる。
「ユキはまだ生きてたんだ。すぐに助けを呼べば死なずに済んだのに、俺はそれをしなかった」
「しなかった……本当ですか? ユキさんの血にショックを受けてた店長さんが?」
「……そうだな。しなかったというのは俺が自分を責めているだけだ。二宮の言う通り本当はできなかったんだ。だけどな、それで仕方がないとは思えない。あの時に今の俺みたいに体を鍛えていれば助けられたかも知れない。今更そんなことを、意味がないと分かっていても俺は……、つい考えてしまう」
その時、店長さんは何かに気付いたようにあたしの顔をじっと見た。
そしてその手であたしの目の下に触れた。
店長さんの指にあたしの涙が付いていた。
「そんな顔するな。二宮を泣かせる気はないんだ。俺が自分の経験を隠さずに言えば、二宮も自分の気持ちを話しやすいと思ったんだが。そうでもないか?」
「分かりません。……でも、そうかもしれない」
「ユキを助けられなかった俺には、負い目というか、わだかまりがまだ残っている。ユキに似ている二宮が困ってると何とかしてやりたくなるんだ。代償行為ってやつだな。鬱陶しく感じたら言ってくれていいから、できるだけ二宮にも協力して欲しい」
あたしはその言葉に、素直な気持ちでうなずくことができた。
「いまから二宮に質問する。答えたくないことは答えなくていい」
「はい」
「二宮は事故のことを忘れたいのか?」
そんなことは考えたこともなかった。あたしは首を振った。
「それなら、許してほしいのか」
「はい」
「誰に許してほしいんだ?」
「え?」
「死んだ妹になら無理だ。もう死んでいるんだからな」
「……はい」
「許していないのは妹じゃない。生きている二宮自身だ。そして生きているんだから、二宮が自分を許せるようになる可能性はある」
「どうしたら……」
「その方法は後で考えよう。他に許してほしい人はいないのか?」
「お父さん」
ずっとあたしと一緒にいてくれたから、その辛い気持ちもよく知っている。
「どんな悪いことをしたんだ」
「大好きだった彩花が死んで、お母さんもいなくなった」
「お母さんはどうしたんだ。言いたくなければ――」
「事故の後で家から出て行って、今はお父さんじゃない男の人と一緒になった」
「そうか。他にはいないか?」
「お母さん」
あたしが一番傷つけた相手だ。
「お前を置いて出て行った母親か?」
「彩花が死んですごく悲しんでた。彩花が生きてたら、たぶんまだ一緒に――」
「その母親に許してほしいんだな。……わかった。それから他には?」
「サキちゃん。あたしが最初にこの店に来た時に、一緒にいた子」
あたしを助けようとしてくれた。
「もしかして、お前に水をかけた子か。何をしたんだ」
「サキちゃんは、事故の時あたしがそこに彩花を連れてきたって知ってたの。それを学校のみんなに言ってから、あたしが虐められるようになって――」
「聞いてるのは、許してほしい相手だぞ」
「あたしが虐められるようになって、それが辛くて苦しんでるの」
「……他には」
「彩花を轢いた車の人」
「おい! 本気か? 妹を轢いたやつなんだろ?」
呆れたような声で店長さんが言った。
「その人、刑務所に入ったの。それで家族の人も辛い思いをしてる」
「罪を犯したからだ。どうして二宮がそいつに許されなきゃならないんだ」
「彩花が急に飛び出したから、避ける暇なんて無かった。横断歩道に人がいたら止まれっていうのが法律だけど、ほとんどの車は止まってないでしょ。走っていたのが別の人の車でも彩花は轢かれてたと思う」
「……それで全員か?」
「うん。あ、それと、轢いた人の家族の人」
「はあ……」
店長さんは深いため息をつくと、しばらくの間考え込んでいた。
「わかった。じゃあ、その全員のところに謝りに行こう。俺もついていく」
「え? 全員? 店長さんも一緒に?」
「そうだ。ただし順番といつ行くかは俺が決める。いいな」
「待って。サキちゃんは最後にして欲しい。あたしが自分を許せるようになったら、自分でサキちゃんに謝りたい」
「そうか。ならそうしろ。お前の父親には、都合のいい時間を聞いておいてくれ」




