第九話 『オランピア』 エドゥアール・マネ
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Canvas.9
The fragrance was innocent,
but my memory betrayed it.
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女性の肌を知ったのは、まだ酒場で働いていた頃だ。
半分酔いつぶれて、客を取り損ねたという娼婦は、何が僕を気に入ったのか、
「お酒を一本おごってくれたら、添い寝してあげるわ」
と、からかうように。
奪われるような接吻けは、口内を犯される嫌悪感と、それと同じだけの快楽。
絡み合う舌から送り込まれた、安物の酒の味がする唾液は、こくんと飲み込んだ瞬間に、麻薬のような美酒になる。
彼女に深く触れた時、その肌の柔らかさに驚いて、そしてそのまま溺れて行く。
覚えているのは、とろける様な甘さと、堕ちるような熱さ。
汗と体液が混ざり合う隠微な香りと――
「どうしたの?仕事中にぼーっとして」
「……いや、君の髪、いい匂いだなって」
誘うような、香水の匂い。




