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 お茶会の後で 「そしてまた人は巡る」

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  Dessert Time.

   Hello Tomorrow !

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「ふわわわわわ!?」


 馬車の荷台から降りた娘が顔を上げると、そこにあるのは今まで見たこともないような大きな館だった。

 いや、見たことがない、というのは正しくはない。

 遠くから丘の上のこの館を見たことは何度もあったのだから。

 

 ただ、それは遥か遠くにある月や星と同じで、どこまでも「景観」としてのものであり、そこに自分と同じ人間が住んでいる、という発想にはどうしてもならなかったのだ。

 

 それが今、確かな存在として目の前にある。

 

 荘厳な建物も素晴らしいが、周りを囲む庭も美しく、手入れされた木々や池が館と調和する形で己のあり方を誇っている。

 さらには空を舞う小鳥の囀りが喜びへの賛歌のように思えてしまう。

 

 それにあれは――猫、だろうか。

 庭先にある一本の木の下で、子猫が気持ちよさそうに眠っていた。

 その子猫の横には、一輪の美しい花が咲いていてる。

 調和の取れたこの空間に置いて、そこだけが不自然さを感じさせたが、それでも、それはそこにあるべきだという不思議な存在感がある。

 

 これもまた、この館に必要な一部なのだ、と。

 

 

「……ここが、紹介されたお屋敷。おっきいです。私などで、本当に大丈夫でしょうか」



 きっかけは、つい最近のことだった。

 もともと身寄りのない自分は、とある老夫婦が営む小さな菜園にて、農作業の手伝いと家の雑用係として、住み込みで働いていた。

 今でこそ慣れてしまったが、畑と家との二重になるその仕事は、幼い頃の自分には決して軽いものではなかった。

 ただ、老夫婦は自分にとてもよくしてくれて、仕事の合間に勉強を教えてくれたり、病気の時は徹夜で看病してくれたりと、感謝はいくらしてもし足りない。

 老婆がいつも「お給金が少なくてごめんなさい」と謝っていた事を、娘はよく覚えている。

 そして、「その代わりに」とたまにご馳走してくれる、甘いお菓子が娘は大好きだった。

 なんでも、たまに「お客様」の家からおすそ分けを貰うらしく、それを美味しそうに食べる娘を、老夫婦はとても嬉しそうに見守ってくれた。



 

 ただ、そんな生活も、少し前に全てが終わってしまった。

 流行り病に老婆が倒れ亡くなると、それで気力がなくなってしまったのが、夫も見る見るうちに衰弱し、静かに息を引き取ったのだ。

 菜園と家を君に譲る、と彼は最後に言ってくれたのだが、その後表れた老夫妻の息子だという人達に、全てを取り上げられてしまった。

 娘は、それは当然の事だと思い、彼らを憎んだりはしない。

 もともと、自分はただの居候で、なんの技術も持っていない。ただ真面目に仕事をして、正直に生きることしかできない自分には過ぎたものだと思うからだ。

 老夫妻に子供がいるのであれば、それは当然返さなくてはならないのだろうと思う。

 自分の住む場所がなくなってしまうが、それは「仕方ない」ことなのだ。

 今までが、分不相応に……過ぎただけなのだから。


 

 老人の葬儀が終わり、故人への思慕が落ち着いてくると、これからどうしようと不安が押し寄せてくる。

 荷物をまとめ、当てもなく家から出ようとしたその時、葬儀の参列者であった一人の青年が、彼女に声をかけてきた。

 なんでも、彼は老夫妻の野菜を定期購入していた家の執事であるらしい。



「この菜園で取れる野菜を、私達はとても楽しみにしていました」



 量こそ少なかったが、丹精を込め、手間隙をかけて作られた野菜は甘く、彼らの生活の癒しの一つだったという事である。

 また、老夫妻の人となりも良く知っており、信頼と尊敬できる方々がなくなられたことを、彼は心から偲んでいた。


 そして、彼は言う。

 以前、夫妻から「自分たちが死んだあと」について、相談の手紙を受けていた、ということを。

 そして、行き場がないのであれば、館で住み込みのメイドとして働かないか、と。


 はじめ、娘は喜び、そしてすぐに声を落として頭を下げる。



「とても光栄です。嬉しいです。

 ……でも、私は、そんな立派なお屋敷で働けるような特技も、知識もありません。

 そんな私が、お屋敷で働いて、ご迷惑ではないのでしょうか」


「構いません。その代わり、貴方は私達が必要とする、とても大切なものを持っています」


「私が、もっているもの?」



 おずおずと、不安を述べる娘に、青年は優しく笑うと、こう応えた。



「『信頼』です。私達は、彼らから貴方のことを何度も話を聞いています。

 あの二人が信頼し、良き者として語る貴方を、私達は雇いたい」



 こうして、ご厚意に甘える形で、この館にやってきたのだが――




「……入って、いいのでしょうか。連絡は行っているそうですけど……いきなり行っても大丈夫なんでしょうか。ちょっとだけ、不安です」



 嘘だ。

 ちょっとだけ、ではない。でも、それでも――



「でも……天国のお爺さん、お婆さん。私は頑張って働いて、しっかり生きていきますから、心配しないでくださいね」



 そして、ドアノブを叩こうとしたその時、ギイ、と扉が開く。

 表れたのは、一人のメイドだった。



「こんにちわ! 今日から当家で働いていただく方ですね?」


「はい! 執事様の紹介で着ました! よろしくお願いします」



 なんて、綺麗な人だろう。

 きっと、私とは違って、とても良い家の出の人なんだろうなあ……


 そんなことを、娘は思いながら、失礼のないように深々と頭を下げた。



「では、こちらにどうぞ! うふふ、そんなに緊張しなくていいわよ?」


「は、はい!」



 くすくすと笑う彼女だが、それは決して自分を嘲笑うものではなく、ただ、仲間が増える事を祝福するような優しい笑み。

 それに安心したのか、娘の心が少しだけ緩む。



 豪華な玄関ホールを抜け、当家の主であるという方の部屋に向かう。

 廊下を歩く間、しばらく、靴音だけがそこにはあったが、ふいに、メイドが娘に向かって声をかけた。



「不安?」


「ちょっとだけ。おっきくてすごいお館で、こんな綺麗な所に私みたいな者が働かせてもらって本当にいいのかなって。それに――」



(……に、なりたい。と思うなんて、贅沢、ですよね)



「……」



 続く言葉を口には出さず、自分の中で押し殺す。

 それは、ただの夢で、期待してはいけないものなのだから。

 そう、老夫妻と共に過ごした日々が、ただ……過ぎて忘れていただけで。



「……なるほどね」



 急に黙り込んだ娘を、特に訝しげに思うでもなく、メイドはとある扉の前で足を止め、呟いた。



「そんな自分でも、『幸せ』になりたい。でも、なれるはずがない。……だから、この館で働いていく未来が不安、ということかしら?」


「――!?

 ……どう、して……?」


 幸せになりたい。

 それは、贅沢をしたい、楽に行きたいと言う事ではなく――ただ、色んな人達と笑い、健やかに過ごしたいという、ただ、それだけのこと。

 でも、孤児として育った自分に、それはきっと許されないものだと思っていた。



「なんとなく、ね。それに、『話』は大体聞いているわ」



 それは、老夫婦から聞いた自分自身のことなのか、追い出された境遇のことをいっているのか。

 どちらにしても、それだけで自分の心が分かることだとは思えない。

 

 どうして、こんなにも綺麗で、上品で、優しそうなメイドが、自分のような見窄らしい者の気持ちがわかるのだろう。

 そんなことを考えていると、メイドは振り返り、娘をじっと見据えて、



「そうね……貴方が幸せになれるかどうか、私には分からないけど……ひとつ、占ってみましょうか?」


「占い、ですか? ここでするんですか?」


「ええ、ここで。この館の主である、お嬢様の部屋に入る前に、ね」



 この扉が、館の主の部屋、らしい。

 だとするならば、この「占い」は重要なことなのだろう。

 そう思い、身構えてしまうと、メイドは優しく微笑んで、


「といっても、とっても簡単よ? 私のする質問に貴方が『はい』って答えられたら、きっと貴方はここで幸せになれるわ」



 それだけ、ですか? と聞けば、それだけ、とメイドは楽しげに笑う。



「ねえ、貴方は――」



 そして、彼女はその「占い」を始める。

 魔法のように、ポケットから一枚のクッキーを取り出して――



「とっても甘いお菓子が出るお茶会は、好きかしら?」


次回、「甘党の為のお茶会」は新章として

「メイドさんと見習い少年フットマン」を追記予定

本作に登場した「メイドさん」である「彼女」と、そんな彼女に半ば拾われる形で館のフットマンとして働くようになった、絵描きを目指す「少年」の物語。


時系列的には「執事さんとお嬢様」の15~43話あたりのお話になります。


よろしくどうぞ

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