第四十九話 「告白」
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Tea time.49
Cinderella’s Vow Yet Calls His Heart.
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「今日は、あの子にあげる」
そう言って、青年を送り出したメイドの彼女。
主たる――今日だけは、彼にとってもだたの少女となる、『あの子』。
「ちゃーんと準備させて行かせるから、覚悟しておきなさいな」
と、彼女は笑っていたが。
パーティのために飾り付けられたホールに、煌びやかな客人たち。
館の者としてではなく、同じ客人として向かい入れられている自分は、一人、随分と場違いな所へ迷い込んでいる気がするが――そんな彼の気持ちはお構い無しに、会場は盛り上がっているようであった。
このパーティは、深夜まで行われるというのに、誰も彼もがおっくうそうな顔一つ見せずに、館の主である少女との会合を待ちわびている。
ここに顔を出していない者は、今頃は客室にて少女との個別の面会を募り、列をなしているのだろう。
そういえば、もうすぐ夜の9時になるというのに、今日は少女と会っていない。
そんな日は、ここで執事になってから、おそらく初めてかもしれない。
そんなことをなんとなく考えていたその時。
どこからか、「ほぅ……」と言った感嘆の音が漏れた気がした。
同時に、青年に向かい、人が割れていく。
何事か、と彼は顔を上げて――
ああ、と。
彼は無意識に意味のない呟きを漏らし――固まってしまった。
「おまたせ。……どう、かな?」
「……驚いた」
いつも見慣れていたはずの少女は、肩を晒した艶やかな絹色のドレスを纏い、いつもと同じ笑顔を浮かべている。
ただそれだけなのに。
少女の瞳、唇、肌、香り。
初めて、囚われてしまった。
「驚いただけ? ……何に驚いてくれたの?」
「……とても、綺麗だから」
声を少しだけ詰まらせて、青年が言う。
少女は、僅かに体を震わせて、そして、「ありがとう」とだけ短く応えた。
「もう少し話していたいけど、まずはお客様全員と挨拶をしてまいりますわ」
「あ、ああ……」
大勢の客人たちと接する少女の姿
それは、主催として堂々とした威厳あるものだった
そこには、あの始めて会ったときの……籠の中の小鳥の面影は、どこにもない。
青年は、少女の無垢な時間がもう終わりを告げ始めたことを、なぜか寂しい思いを胸に抱きながら、祝福しようとしていた。
もう、自分は必要ないのかもしれない。
そんな焦燥感をも感じながら。
その後も、青年は誰と話すことも無く、ただ無為に時間を過ごしていると――
「おまたせ……しました」
「……ああ」
いつの間にか、一通りの挨拶を終えた少女が青年の前へと現れる。
「話したいことは沢山あるけど……今は、踊りましょ?」
ホールの中央へ、彼の手を取り、誘う。
二人の逢瀬が合図だったかのように、楽団が奏で初め――
ダンスパーティが、始まった。
「ねえ」
「なんだい?」
踊り始めてすぐに、少女が青年へと声をかける。
「始始めて会ったときと今の私を比べて……貴方はどんなことを考えてくださるのかしら?」
「まさか、君とこんな夜を過ごす日が来るとは、思わなかった……と」
「そう? わたしはずっと、貴方とこうする日が来る事を望んでいたのに」
彼と重ねた手のひらをきゅっと掴んで、少女がそう返す。
軽い、ターン。
。
「貴方は、私の事を、そういう存在だと思ってくれたこと、なかったんでしょ?」
「君が、私を本当の意味でそう見ていなかったのと同じさ」
少女の腰を掴み、ステップ。
もう一度ターン。
「そう……ね。でも、今は」
今は――その次の言葉が出ない。
なのに、もう時間がない。
シンデレラの魔法 は今日限り 。
12時で解けてしまうのに。
照明と、曲のテンポが同時に落ちる。
恋人達の時間。
一団が、ゆったりしたダンスに移る中、少女と彼は、一歩も動かぬままにお互いを見つめていた。
少女が訴えかけるような目でその足を止めたから――彼はそれに合わて、彼女の紡ぐ言葉を待つ。
「わ、わたしは……」
そして――
「わたしは、貴方に……ずっと、わたしのそばに、いて欲しい……です」
それは、すでに何度か少女から言われたことのある言葉だ。
だが、今回の「それ」は、特別な意味であることを、彼は理解している。
だからこそ――
「今の私は、君のその願いに肯定で約束する事は、できない」
それは、少女にはわかっていた返答だった。
なぜなら、自分は知っている
自分が慕う、姉のようなメイドとのこと――ではない。
それだけではなく、多分――
「私は、君に隠してる事もあるし、それを黙っていることはある意味、君を裏切っているともいえる」
そう、彼の過去。
昔の彼の笑顔を向けてもらえない限り、きっと、自分にはその資格はないのだろう。
だから、
「でも――」
「……なんだ?」
「それは、『今は』、だよね?」
「……」
この館で過ごすことで、いつか貴方がまた笑えるようになったら、もう一度答えを聞かせて、と。
そう、言葉には出さない。
だが、きっと伝わったと、少女は信じる。
困ったように、でも、少しだけ近づいてきた彼。
少女は、そして青年は、互いに大切な人を抱きしめた
すでに、魔法の力は長針が一つ刻むだけで解けてしまう。
だから最後に。
彼の頬に手を添えて、寄りかかるように、背伸び。
たとえ、最初で最後になったとしても。
秒針が半回転するわずかな時間。
軽く重ねた唇に―― 一生分の思いを込めて。
次でラスト!




