第四十八話 「契約」
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Tea time.48
Your Name Shall Bind My Heart Anew.
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「あの子があなたを好いている事ぐらい、わかっているでしょう!」
昨日の出来事の後、呆然としていた自分に、メイドの彼女から半ば叱咤のように言われた台詞。
確かに、それがわからないほど愚鈍ではない。
が、あくまでも家族的な親愛や、年上に対する憧れとしての意味だと捉えていた。
それはおそらく間違いなどではなかっただろう。
だが――
人は、成長する。
それは単純に知識の増加や肉体的な成熟だけでない。
新しい物事の捉え方ができるようになたり、自己の経験から問題の解決方法を見出せるようになったり、そして――「想いの昇華」、といった事もあるだろう。
変わるという事は、些細な事であれ期待と不安を与えてくれるが――
「私は、変えたくはないのだろうな……今の、この時を」
目的はあった。
誰にも話していない、この国の――いや、「この館」に対するどす黒い感情も。
それが、理不尽な八つ当たりだと分かっていても、心の底で憎悪は燻り続けていた。
でも――それは全て過去の事になってしまった。
あの頃とすっかり変わった自分の世界。
それを今度は変えたくないと駄々を捏ねている自分がいる。
過去である『あの子』と、今である『主の少女』を、重ねている。
それを、わかってはいても。
道化にもほどがあるだろうと、青年は皮肉げに嗤う。
口元が歪んでしまったことに気づき、彼は今が仕事の時間である事を思い出して慌てて襟を正した。
「とりあえず――今は、仕事は仕事として、為すべき事を行わなくては」
館で働く者との契約は、常に一年。
執事も例外ではなく、雇われた日から一年目をもって契約は終了し――また改めて一年の契約をする。
今日は、契約終了日の五日前。再契約を行うかどうかを問われる日である。
青年は、僅かに身を硬くして――少女の書斎のドアを叩いた。
「契約書に目を通し、サインを」
淡々と、少女の事務的な声と共に差し出される一枚の紙。
いつもどおりの儀式。
そう思いながらも、執事は責務の一つとしてその文面を見て――
「……お嬢様。契約の日が、一日ずれていますが」
「いえ、それがわたしが出す、今回の貴方への契約内容です」
少女の誕生日。
それは、彼が始めて執事として仕えるようになった日である。
つまり、再契約をするのであれば、本来はその日からとなるはずなのだが、契約はその日の翌日からとなっていた。
「それでは、この日は私の休暇、ということでしょうか?」
「いいえ。そのずれた一日は、『休日』とは違います。貴方はその日、私の執事でも何でもありません」
だから、これはわたしのただの「お願い」です。
そう前置きをして、
「わたしの誕生日でもあるその日――。この館で、ダンスパーティを開くのよ。
貴方をお客様として招待したいのですけれど……よろしければ、来てくださいませんか?」
真正面に執事を見据えた少女の瞳。
決断の表情は凛々しいが――それは偽り。
硝子細工は硬く、そして脆く。
僅かに指先を震わせていた。
執事はその姿をじっと見つめて――胸のポケットから、愛用の万年筆を取り出す。
軽やかに走るペンが、契約書に彼の名を掘り込んていた。
あと2!




