第四十六話 「二人」
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Tea time.46
She Stands Beside You,
Yet You Stand Not By Me.
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コツ、コツと――。
部屋に心地いい音が響いている。
一定のリズムで廻る、秒針のダンス。
女は頬杖をつきながら、何をするでもなくそれを見守っていた。
「休憩中ですか?」
不意の後ろからの言葉に体が一瞬震え、彼女はそれを慌てて隠そうとして――
「……あなただったの」
声の主に気づいて、やめた。
「それは……まだ、持っていてくれたのですね」
「あなたがくれた、初めてのプレゼント、だからね」
酷く古びた、男物の懐中時計。
元々、面前の執事のものだ。
裏には小さく、異国の――彼の故国の言葉が刻まれている。
その文字を女は読めるわけではないが、意味は教えてもらった。
「それに、あなたとの出会いの証でもあるもの。そういうの、大事にしたいの」
ここに来る前で、いい思い出なんてそれぐらいだしね――と。
彼女にとって、それは、きっと写真と同じなのだろう。
物『そのもの』が大切なのではなく、そこに込められた思い出を呼び戻すためなのだから。
「そして、ここに来てあなたと再開。あんまり変わってたから、ビックリしたわ。……いい意味で、だけどね」
「お嬢様にも言われましたよ」
「あの子は、なんて?」
「お嬢様は、私が前より笑うようになったと――」
「そうね……それにもう一つ」
指を執事の唇に当てて、
「あたしに、素直に甘えるようになったわ」
「……っと。それは、君も同じでしょう?」
照れ隠しの言葉。
そうとすぐわかる事が、彼の少し歪んだ素直さ。
そして、二人は一度だけ笑顔を交わして――館の者として、再び仕事へと戻っていく。
扉の向こうで足早に去っていく、『小さな誰か』に気づかぬままに。
あと4話




