第四十四話 「罪人」
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Tea time.44
The Penitent Dances
with Fate to the Tune of Regret.
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「あら?」
この館で働く者達にとって、一番忙しくなる、昼下がり。
少女がお茶と休憩を求めてサロンに行くと、珍しい光景があった。
――眠っている
少し深めの椅子に座っている執事が、頭を垂れ、何かを握り締めるように両手を組んで。
朝夕夜に激務をこなしている彼は、来客がなければ、他の者達とは逆に、この時間帯こそが息をつける時間となる。
おそらく、軽い休みのつもりで、そのまま眠ってしまったのだろう。
面白い玩具を見つけたように少女は破願すると、足を忍ばせ彼に近づいていく。
起こして驚かせるのもいい。
このまま彼の寝顔を見つめるのも楽しいかもしれない。
コッソリと接吻けるのも……
緩む口元を押さえながら、ゆっくり、ゆっくりと歩みを進めて――そして少女は、執事の数歩手前で気付いた。
彼の握っている、金の鎖。
そして、その先にぶら下がる銀細工のロケットを。
そのロケットは、少女に背を向けていたが、すでに蓋は開かれている。
いけない事だとは知りつつも、好奇心が勝った。
彼の正面へと回り、軽く膝を曲げて、少女はそれをそっと覗き込んで――
あっ、と。
彼女が声を出さずにすんだのは、奇跡に近かったかもしれない。
だけれども、口を押さえた手と、屈ませた膝は音を立てずに震えてしまう。
……見慣れない風景。
おそらくは彼の故郷を背景に、見知らぬ少女が映っていた。
今まで、自分が一度も見た事がない……心から安らいでいる、彼の笑顔と共に――。
写真に映る彼のその目は、どこまでも優しく、傍らで寄り添う『彼と同じ黒髪の』少女を見つめている。
彼と一緒にいる事がよほど嬉しいのか、溢れんばかりの笑顔を向けているその黒髪の娘は、それでもなぜか、とても儚げに見えた。
ロケットに手を伸ばし、もっとそれを良く見ようとした瞬間――
『すまない……』
執事が眠りながら漏らしたのは、少女にはわからない、異国の言葉。
でも――きっとわからなくてよかったのだ。
だって、彼は眠ったまま――涙を、流していたのだから。
心臓が飛び跳ねている気がする。
矛盾するが、心臓が締め付けられている気がする。
そして……彼を抱きしめなければいけない気がする。
少女の手が伸ばされ、自分とほぼ同じ高さになっている青年の首に回そうとして――
それを止めたのは、罪悪感だった。
多少の偶然はあったにせよ、今、彼の領域に、自分は勝手に踏み込んだのだ。
その自分に、彼を抱きしめる資格はない……か、どうかすらわからない。
なら、少なくても――今は。
音を立てないように、そっと部屋を離れる。
そして、扉を超えたところで、一度だけ振り返って――彼女は、ソレを見てしまった。
ああ、そうか――
やはり、私は過ちを犯し、そしてさらにそれを重ねるところだったのだ。
今、ここに、自分は居てはならない。まして、抱きしめて起こしてしまうなど、許されない。
だって、ドアの隙間から見た、彼の姿は――懺悔する、罪人の姿に似ていたのだから。
今日中に最終話までいけるかな?




