第四十一話 「祝福」
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Tea time.41
A Blessing for the Young Mistress.
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足音が刻む、彼の独特のリズム。
それを聞きつけて、給湯室からひょこりと表れた彼女。
「……何をしているんですか? こんな遅くに」
深夜も大きく回ったというのに、彼女はまだメイド服――仕事着を着ている。
「いきなり酷いのね。あなただって起きてるじゃない」
それに、見てわからない?
と、手にしたトレイを見せた。
ご丁寧に、ティーポットからのお茶の一式が揃っている。
「ほら、あたしのとびっきりのを入れたんだから。覚めないうちにあの子のところに持っていく」
「お嬢様のこと、気づいていたのですか?」
いつもの就寝時間を数時間も越えて、少女は部屋で勉強をしている。
今、やらなければならないわけでは――
いや、だからこそ、『今』学んでいるのかもしれないが、その少女のためにお茶を用意しようとしていた執事。
執事たる自分が休むわけにはいかないが、彼女が起きている必要はない。
これは、少女の我侭でもあるのだから――
「これはありがたく受け取りますが……貴方も明日は早いはずです。仕事熱心なのは感心しますが、もう休みなさい」
できるだけ音を立てないようにトレイを受け取る。
甘く、涼やかな匂い。
「……ばかね。『仕事』だと思っているなら、あたしはこんなことしないわよ」
そっけない彼女の返答。
ただ、それは執事にとっても、同感ではあった。
「あの子が頑張ってると思ったら、なんとなく、ね。それに…」
「それに?」
「あたしだけじゃないもの」
聞けば、事に気づいた使用人の何人かが、少女のために、こっそりと静かに何かしているらしい。
明日の少女を香りで迎えるために花を用意する者。
今後の少女の学習資料を纏めている者。
少女を癒す優しい絵を描いている者。
新しい少女の衣装を、気合を入れて整えている者――。
立場は違えど、それは館に住まう者達の、共通の想い。
「みんなね、あの子になにかしてあげたいのよ。たとえ、そのことに気づいてもらえなくても関係ない」
「……」
「ただ、あの子に笑って欲しいだけで、そんなことを好き勝手にやってる――そんな、おバカさんばっかり。
――だから、あたしは『ここ』が、好きよ」
ああ――と。
執事は、仕事着のままでは珍しく、破顔して頷いた。
「……ありがとう。それではこれは頂いていきます。お嬢様もあと一時間ほどで休まれるそうですから、貴方も……j
「うん、そうさせてもらうわ」
おやすみ、と。二人同時に微笑みながら。
「お嬢様、どうぞ」
「ありがとう、そこにおいてくれる?」
言われて、執事は彼女の邪魔のならない位置にトレイをおき、カップにお茶を淹れた。
集中しているようで、少女は振りむかず黙々とペンを動かしている。
それでも冷めてしまうのが嫌だったのか、手をカップに伸ばし、中身を口に含んだ。
そして――唇を離すと、そのまま少女の動きが止まった。
「どうなさいました?」
「……ううん、わたしは、まだ本当に子供だなって」
そういうことを、少女が彼の前で言うのは極めて珍しい。
普段、彼女は、できるだけ彼と対等でありたいと思っているのだから。
だが、少女はそう口にせずには――
――でも、そう思わずにはいられなかったの
だって、お茶を飲めば、それが「誰」が淹れたものかぐらい私にはわかる。
これは、彼の淹れ方じゃない。
なのに、この「暖かい」お茶が、なぜここにあるのかを考えるのなら――
そして、今日だけではなく、過去のいろいろなときのことを思い返すのならば――
そこには、確かに様々な人たちの温もりがあったはずだ。
「彼」だけに、のつもりで、結局、「みんな」に支えてもらっている自分がいる。
ああ、本当に――本当にわたしは、果報者なのだろう――
「ねえ」
もう一度カップを傾け、少女が執事に向き直る。
カップ一杯の暖かさと、館いっぱいの優しさに、少女に浮かんだ胸いっぱいの笑顔。
「わたし、ここで暮らして……皆に居てもらって、本当に幸せよ」




