第四十話 「感謝」
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Tea time.40
I have the message that wants to be passed on to you.
However, it doesn't say now.
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月が美しく踊る深夜。
風の軋みさえ届かない静まった館の一室で、少女が黙々とペンを走らせている。
「……お嬢様、そろそろお休みになられてください」
「ごめんなさい、どうしても、今は出来るだけのことをやっておきたいの」
彼女には、彼女の責務がある。
それらを果たすため、学ばなければならないことがある。
一つを学び覚えれば、それを有用するための術を覚えなければならない
有用することができるようになれば、今度はその結果から導かれるさらに効率の良い方法や
それを踏まえることで理解が可能となる新たなことを、学ばなければならない。
おそらく、一生かけても尽きることは無いだろう。
「時は金なり」と、どこかの誰かが言ったらしい。
時間は金の如く貴重で大切なものだという
それを至言と思った者が、もし商人でないのなら――ただの愚か者だ
時は 『命』 である
時を無駄にする者は、人生を無駄にしているのに等しい。
だからこそ、勉強する時間があるということは、とてつもなく大きな価値を秘めるのだ。
しかし――そのために睡眠を削るのは薦められる事ではない。
学習とはいえ、少女のこれは、ただの我侭に過ぎないだから。
「わかりました。あと一時間。それでお願いいたします」
すでに、普段の少女の就寝時間から、数時間は過ぎている。
だが、執事は少女にそう告げた。
彼が承諾したのは、それが少女の「お願い」だから、ではない。
少女が、為すべき事として自ら決意したものだからだ。
「……ありがとう」
少女が静かに礼をした。
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「わかりました。あと一時間。それでお願いいたします」
従者の言葉に、ごめんなさい、と――口に出さず少女はただ一瞬だけ目を伏せた
自分の就寝が遅くなる。
それだけで、彼の仕事は続いてしまう。
これが自分の我侭でしかないことは、承知の上だ。
「先に休め」とは言えない。
それは執事としての彼を侮辱することにもなるのだから。
絶対に 「ごめんなさい」 と言ってはならない。
彼が、単なる主従から自分の言葉を聞き入れたわけではないことも、わかっているから。
だから、心の中で謝り、そして声に出すのは――ありがとう。
お茶を、入れてまいります、と、執事が部屋を立つ。
扉が閉まったあと、少女はもう一度同じ言葉を呟いた。
次話は明日8時投下




