第三十九話 「悪夢」
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Tea time.39
Nightmares call to me.
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「お、お嬢様、どうなされたのですか?」
早朝の冷たい空気の中、執事はいつものように見回りをしていると――まだ眠っているはずの少女が、疲れた顔を隠さないままでサロンに居る。
「おはよう。貴方は早いのね。仕事の時間までまだだいぶあるのに、いつもこの時間に起きているの?」
「……ええ、この場を任されている身ですから、定期的に見回ることにしているのです。……それより」
なぜここに。
何か思うことがあり、早起きしたのかとも執事は思ったが、そのわりには少女の顔に覇気が無い。
「お嬢様……まさか、眠られていないのですか?」
「少しは、寝れたんだけどね。でも、一度起きてしまったら眠れなくなって――それで、なんとなくここに」
――夢を見たの。
少女が、一言だけ呟く。
「悪夢……だったのですか?」
「あれは、悪夢って言えるのかな。……むしろ、その方がよかったかも」
今ひとつ、少女の言葉の意味が判らない。
何か、夢を見たらしいが、悪夢ではないらしい。
だが、自身の憔悴はその夢に原因があると彼女は言うのだ。
「ううん、ごめんなさい。なんでもないわ」
「……それでは、見回りを続けますので、ここで失礼いたします」
「ええ、わかりました」
「もし、何か御用があれば――」
(私で、貴方を救えるのであれば)
「ええ、すぐに、貴方を呼びます」
(はい、すぐに貴方に頼ります)
言葉には乗らない思いを、それぞれが込めて。
まだ、どこか心配そうにしていた青年だったが、少女の表情を見て、ようやくいつもの精悍な顔に戻る。
では、と最後にもう一度頭を下げ、彼はサロンから出ようとして――
「まって」
少女に呼び止められる。
「なんでしょう?」
「貴方は、一つ、重大な事を忘れているわ」
いつもどおり、子供っぽく頬を膨らませてすねている少女に、少しだけ執事は悩んだが、すぐに答えに気がついた。
料理好きの『彼女』がいつか教えてくれた通り、それは微笑んで言うことが重要だろう。
「おはようございます」
わたしの見た夢。
それは、誰もいないこの館で――何事もないように過ごすわたし。
ただ、それだけの夢。
苦しくも、辛くも、寒くも無い。
だからそれは、悪夢ではないのだろう。
でも、優しくも、楽しくも、暖かくも無い。
ああ、そうか――
――それは、『昔』のこの館だ。
「おはよう、今日もよろしくね」
執事の朝の挨拶に答え、そのまま彼の頬に接吻ける。
少しだけ、甘えるように。
皆が居てくれるのは、契約の為だけでないと感じたいから。
自分はここに居ると、彼に少しでも感じて欲しいから。
いつもと少し違った始まりで――。
いつもの一日が始まる。




