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第三十五話 「霧雨」

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 Tea time.35

  Listen to the voice of the rain.

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「今日も雨、か」



 昨日から続く雨を見据えながら、曇った窓に手を乗せているメイド服の彼女。

 そんな様子に何か思うことがあったのか、執事はなんとなく声をかける。



「雨は嫌いですか?」


「……嫌いだったわ。雨にさらされて立っていると、自分の惨めさに気づいてしまったから」



 女は過去を思う。


 自分と、家族の生きる糧の為、肌を晒した衣装で男に声をかけていたあの頃――


 扇情的に誘いながら、 それでも、これは夢の世界のことなのだと自分を誤魔化していたのに、雨の冷たさで現実に引き戻される。

 それが、嫌だった。



「……それが、忘れたい過去だとしても、自らが辿った道を、惨めだと言わない方がいい」



 素の口調で。

 青年は窓に置かれた彼女の手に自らの手を重ねる。


 彼女は、とろんと微睡む様に、その腕に軽く頭を乗せて、



「あのとき…初めてあたしと会ったとき――『女』を売っているあたしを、貴方はどう思った?」



 悪戯をしたくなった子供の顔で、大人の問いをする。

 すると――



抱きたい(ほしい)と思った」



 即答された。



「……」


「どうした?」


「う、うん。ちょっと考えてなかった答えだったから。絶対、微妙な言い回しで言葉を濁すと思っていたのに」



 青年は、彼女の言葉に珍しく照れたように顔を伏せ、



「少し前に、言葉の重さについて考えさせられる出来事がありましたので」



 口調を元に戻して答える執事。

 そんな青年の姿を見て、女はなんとなく理解する。

 

 ――ああ、多分それは、『あの子』との出来事なのね、と。


 気づいて、でも聞くことはない。

 せっかくの僅かな逢瀬の時間に、なにも恋敵の名を出すのは野暮にして愚挙というものだ。


 それでも『あの子』なら一緒でもいいかな、と思ってしまう自分に、女は顔には出さず苦笑する。



 唐突に、ボーン、ボーンと、時計の音が響く。

 どうやら、過去を思い返す時間(きゅうけいじかん)は、もう終わりのようだ。


 色のある別れの言葉も無く、それでは、と仕事に戻ろうとする青年は、ふと、立ち止まって、



「っと、肝心な事を聞いてませんでした。『だった』……ということは、『今』は違うのですか?」



 そんなことを、彼女に問う。


 そうね、と。


 目線を斜め上に向けて考えながら、彼女は唇に指を当てて、



「やっぱり、今でも嫌いよ」



 しかし、そう答えながら、彼女はどことなく楽しそうで――



「だって、せっかくの焼きたてのパンが、湿気を吸ってしまうんだもの」



 やわらかく笑って、窓の外を見た。





 この館で、あなたとあの子と暮らすのなら、窓の外が嵐だとしても、私は笑顔になれる。


 そう呟いた、優しい雨の日。

執事さんの言った「言葉の重さについて考えさせられる出来事」については、三十二話参照

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