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 幕間6  「彼女達の居る風景」

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 Intermission.6

  The Housemaid Festival!

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「貴方ばかり、ずるいじゃない!」


「お嬢様のお気に入り、とは聞いていますが、私もこのような不公平感は少し……」


「私たちは確かにここではまだ新米で、貴方は先輩ですけれど、それでも許せないこともあります」



 鋭い追及の声が、階段の踊り場に響いていた。



「あ、あたしはそんなつもりじゃ…」



 うつむいた彼女の震えた声。


 脅えたものではないが、三人のメイドたちに囲まれどうしたらいいのかわからず困り果てているようだ。



 この程度のいさかいであれば、本来口を挟むべきではないのはわかっていたが――



「どうしたのですか。仕事中ですよ」



 普段は出すことのない、執事の静かながらも鋭い叱責の声に、四人のメイドが振り向いた。



「いったい何を言い争っているのですか。事としだいによっては、それなりの処罰も考えますよ」



 少女が彼女に懐いている事は事実であるし、執事にとっても彼女は仕事抜きで大切な存在だが――


 館に働く者にとって、彼の地位は大きなものである。

 だからこそ私情は挟めない。


 それが、例え彼女であっても。



 厳しい表情で、四人のメイドを見ていると――彼女を責めていた三人が、その口を同時に開こうとしたためにそれをやめて、お互い無言で頷きあう。

 


 そして、まず一人のメイドが、青年のほうへ一歩近づいた。

 その娘は多少口に粗雑さがあるが、細かいことはあまり気にせず――それはそれでメイドとしては欠点でもあるが――いつも元気に働いているイメージがある。

 そんな娘が不快感を口にするとは、いったい何事なのか。



「執事様……聞いてください! 彼女はずるいんですよ!」


 ……なるほど。ずるい、と。

 しかし、使用人たちの評価や給金において、彼女を特別取り立てたことはないはずだ。

 メイドとして携わることであれば、ほぼオールラウンドにこなせる彼女の仕事は多岐にわたる。

 その働きの質や量、経験年数を考慮して給与や待遇の差異を見るならば、むしろこの新人メイドたちのほうがよほど厚遇と言えるだろう。



 二人目が同じように歩み出る。

 どうやら順に自分たちの意見を伝えるらしい。

 一人目の娘とは逆に、口調に少々慇懃さが顔を出してしまうこの娘は、多少ではあるが良家といえる豪農の生まれである。

 もっともその口調は、子供のころ社交界に憧れて行ったごっこ遊びの名残であり、特別な教育を受けているわけではない。

 だが、それでもいざとなれば実家で婿取りでもすれば生きていけるこの娘は、全体的に余裕というものがあり、少々のことでは不満を口にしないのであるが。



「彼女がお嬢様と仲が良いのは知ってますわ……でも、こんな差はひどいと思いますの」



 ふむ、なるほど、主たる少女の贔屓――。たしかにそれはあるかもしれない。

 しかし、それで待遇において何かが変わるということは無いはずだ。

 少女にしても、そのあたりはしっかりわきまえている


 そもそも部屋の割り当て、支給品、仕事の割り振り――それらは執事である青年の管轄だ。

 各人それぞれからの要望をある程度聞き入れているとはいえ、そこに特出した不公平はないと自負している。



 三人目。

 確か最近雇ったメイド「見習い」の娘である。

 とはいえ、メイドの枠が埋まっていたがための、館の運用上の都合での「見習い」であり、その優秀さは折り紙つきという有望な娘だったはずだ。

 仕事を実直にこなそうとする姿は、執事も非常に好感を持っていた。

 その娘までもが感情的に怒りを露わにしていることに青年は驚きを隠せない。



「それは私たちは新人ですし、お嬢様からそんなに信頼されてないのかもしれないけれど……不満をいえる立場ではないのかもしれませんが、それでも許せません」



 確かに、少女の気まぐれやなんらかの想いから、特別な何かを与える、ということも無いとは言わないが、その程度であればどの使用人に対しても行われることである。

 たとえば雇ったばかりの雑用係が絵を描くのが好き、と聞いただけで、彼女は使われていないアトリエを貸し与えたこともあるくらいだ。


 そういったことはこの三人の新人メイドたちも既知のことであるし、今更のことだろう。



 では、何が――?

 そう問いかけようとした、そのとき。








「私たちだって……」


「え?」







「私達だって!」

「お嬢様と一緒に!」

「お風呂に入りたいのに!」







 は――?


 と。

 青年は、思考が完全に止まり、目の前の「それ」がいったい何を言ったのかと「考えること」すらも考えられない。




「私が……私がどれだけお嬢様の洗濯物の匂いだけで我慢してたか……彼女はわかってないのよ!」


「そうですわ! こんなこと、お嬢様にお願いできるわけ無いじゃありませんか!」


「でも、でも……あのモチモチしたほっぺたを見て、ふにゅふにゅした唇を見て、いつかは一緒のお風呂に、と夢想してたのに!」 



 執事は思った。

 この館(ウチ)のメイドはこんなんばっかりなのだろうか、と。



「え、えーと……。そ、そのですね」



 気を抜くと遠くなりそうな意識をなんとか踏みとどまらせて、執事は思いついたことを口にする。



「……とりあえず、お嬢様の肌に触れて同じお湯に浸かった彼女と一緒に、貴方たちが風呂に入るというのはどうでしょう」


 なげやりだった。

 自分でも何を言ってるのか良くわからないが、構わなかった。


 頭痛ですら、もう、どうでもよくなっていた。

 というかわけがわからない。



 そんな青年の言葉に、「へ」と間の抜けた声を上げる彼女。

 そして、そんな彼女の肢体を服の上から想像するかのようにじっとりと見つめる三人のメイド。


「え、え? な、なに? なんなの?」



「……悪く」

「……ないかも」

「……お姉さま……」


「え」












「えええええええええ!!」


 館に響く、彼女の声。



「ちょ、ちょっと、まっ……」


「そうと」

「決まれば」

「レッツゴー」



「いやあああああああ!」



「いきましょう」

「いきますわよ」

「いかせてあげますわ」


「たぁすけてぇぇぇぇぇぇ!!」




 そのまま、ずるずると引きずられていく彼女。


 執事は、それをとてもさわやかな笑顔で見送りながら――


 

「メイド四名、来期の給料査定、減点2と……」


「あたし被害者なのにぃぃぃぃぃ!」






 そして浴室からの――

 

「……いやぁぁぁ! ってちょ、どこをちょっとさわ……あ、ああ……ひゃあああああ!」


 謎の、悲鳴。


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