第三十一話 「質問」
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Tea time.31
People smiled as they savoured the soup.
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いつもより、少し早めの厨房にて。
まだ、ほとんどの者が眠りについている、その時間。
コトコトと鳴いている鍋を前に、一人のメイドが鼻歌を歌いながらパンを焼いている。
「おはよう」
「あら、おはよう!」
コツコツと、いつもの規則正しい音とともに現れた執事に、彼女は朝の挨拶を返す。
「今日は随分と早いのですね」
「この料理、ちょっと仕込みに時間がかかるのよ。そういう貴方も早いのね」
「ええ、どうも目が覚めてしまいまして。散歩でもしようと思ったのですが……」
「?」
「……君の声が、聞こえたから」
最後の部分は、この執事にしては珍しく、素の口調。
そうやって、自分の前で自然に心を開いてくれることが、彼女は嬉しかった。
「……君は、ここでの生活は、幸せですか?」
突然の問いかけ。
ステップを踏むように、楽しそうに料理をしていた彼女の手と足が止まる。
「いきなり、変なこと聞くのね。あなたは幸せじゃないの?」
「昔は、いろいろなことがありましたから……。こうして、お嬢様に使え、平穏に暮らしている自分が、時々、酷く非現実的に思えることがあります。なんとなく、今の君を見ていたら、幸せとはなんだろう、私は幸せなのだろうかと、考えてしまいました」
「自分が幸せかどうかなんて、簡単にわかるじゃない」
そう言いながら、彼女は再び料理を始める。
トントンと、リズミカルな包丁の音が心地良い。
「……自信たっぷりですね。一生悩んで、その答えを見つけようとして――それでもわからないまま人生を終えた人が大勢いると思うのですが」
――幸福――
過去から現在まで、哲学者や宗教者達が追い求めた謎の一つでしょう、と執事は珍しく、少し不満げに言う
それを、彼女はさらりと聞きながら、ざざ、っと、香草を調味料に浸していく。
「簡単よ」
こともなげにそう呟く彼女の手は、淀みなく料理を彩っていく。
「夜、ベッドの中で、やっと一日が終ったと思うのか――。それとも、明日はどんな日になるのかを想うのか」
コトコトから、グツグツに変わった鍋に、向き直る。
「朝起きて、今日も一日が始まったと溜息を吐くのか、それとも、今日はどんな日になるのだろうと心踊るのか――。たったそれだけの違いでしょ?」
『おはよう』と『おやすみ』
その二つを、微笑んで誰かに言える人は幸せなのだ、と彼女は言った。
彼女自身が、微笑みながら。
「それに、今日はあなたも、あの子も、楽しい日になるわ」
小皿に移したスープを軽く口に含んだ彼女は、青年に振り返り、再び微笑む。
「だって、今日の朝食のスープ、会心の出来だもの」
日常を捨ててでも幸せを求めようとする人と、日常の中にこそ幸せを見つけられる人。
きっと、その差が、彼女の笑顔を作っている。




