第二十一話 「麻薬」
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Tea time.21
Which do you use, the philter or the drug?
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メイド服から私服に着替えた彼女。
少し頬杖を付くように、階段横の小さな休憩所で、溜息をついていた。
「どうした? こんな夜中に」
昼間には見せない、執事の素の口調。
不思議と、彼女にはその方が優しく感じてしまう。
「ちょっと、ね……昔の事を考えてたら眠れなくなって」
「……辛いことでも、思い出したのか?」
「辛いこと、か。今から思えば辛くない日なんかなかったんだろうけど……。
……あのころは、それが当たり前だと思っていたから」
それでも、笑うことが出来たのは、半ば孤児院化していた教会の皆がいたから。
その家族のためならば、過酷な労働で自分の肌に傷が付くのも、数枚の紙幣と硬貨で男に抱かれるのにも、何の感傷も生まれはしない。
――そんな、過去。
「知ってる? 愛情はね、麻薬に近いの。
それが恋人としてでも、友人としてでも……家族、仲間――種類は違っても基本は同じ」
愛を得ることによる快楽と悦び。
――そして安堵。
与えられた時の温もり。
――そして希望。
愛を失うことによる苦痛と哀しみ。
――そして恐怖。
奪われたときの冷たさ。
――そして絶望。
どちらも、人が狂うには十分すぎるほどの材料だ。
「だから、どんなことにも耐えられるの。
大切なものを失うことに比べれば、自分の痛みなんて本当に些細なことだから」
そんな事を繰り返して、全ての感覚が麻痺していく。
……いつかは、愛していたことすらも蝕んで。
「愛は麻薬と同じ。幸せを感じさせてくれても、強すぎれば破滅するだけ」
そう言って、彼女は自嘲気味に笑う――
そんな笑顔は彼女には似合わない。
似合って、欲しくない。
「……それでも」
「……?」
うつむいていた彼女が、顔を上げて一歩踏み出す。
「それでも……あたしは、愛は正しいものだと信じたい。たとえ、愛に溺れて狂気に堕ちたとしても」
照明に映し出される二つの影が、ゆっくりと重なる。
「……それを救えるのは、やっぱり誰かがくれる愛情だもの」




