第一話 「日常」
-----------------------------
Tea time.1
An event at midnight.
-----------------------------
小さな音がする。
無機物が擦れ合う冷たい音。
だが、時計の刻む規則的な音とは異なり、そこには確かな人の意思があった。
「どうしたの? こんな時間に照明の手入れなどして」
突然の少女の声に驚いたのか、ほんの僅かに肩を震わせ、その男はゆっくりと振り向いた。
「お嬢様……申し訳ありません。起してしまいましたか?」
「いいえ、起きたのも、ここを通ったのも、たまたまなのだけれど。音がしたから気になって」
照明具から手を離したその男に、少女は「続けていいわよ」と呟く。
「……ええ、最近これだけ調子が悪いようでして。……よし、とりあえずですが点くようになりました」
「何も今でなくても、いいと思うのだけれど。昼間の方が明るいし、そもそも執事である貴方の仕事ではないでしょう」
そうですね、と青年は頷く。
館の備品の管理や確認そのものは男の仕事だが、「直す」のは別の人間の仕事だろう。
「確かに作業という点ではそうです。しかし、私の役目は、この館と、お嬢様の日常を守る事です。
成長という変化を拒絶する事は愚かですが、昨日と同じ今日を守ることは、大切だと思うのです」
この廊下は、毎朝少女が通り、そして当たり前のように柔らかな光が彼女を導いている。
ただそれだけのことではあるが――青年には、守るべき日常だ。
「貴方も几帳面ね。とても、緑色のお茶を飲む人とは思えないわ」
「私の故郷では、一般的なのですが……」
「わたしはそろそろ眠るわ、貴方も早く休みなさい」
「ありがとうございます。お休みなさいませ……どうなさいましたか?」
なかなか立ち去ろうとしない自分の主に、青年は戸惑いながらそう問うと、少女はくすりと笑って
「日常は大事かもしれないけれど……でも、今夜貴方と逢瀬できたのは、日常が守られなかったおかげでしょ?」