第十七話 「価値」
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Tea time.17
The flow of time teaches us something important.
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「あら、調べ物?」
「ええ、少し纏めたい資料がありまして。本日は丸一日ここで書類と格闘することになりそうです」
「そう……。ねえ、わたしも、ここで本でも読んでいて良いかな。邪魔にはならないようにするから」
「それは構いませんが…本日はお嬢様の久々の休日では? 乗馬や、街へ降りての観劇等、以前から要望していらしたのですから、有意義に過ごされてはいかがでしょうか?」
――バカね。そんなの貴方がいないのなら意味がないじゃない。
そう返して、困らせてやりたい。
でも、悔しいから口にはしない。
「いいのよ。たまの休みだからこそ、ゆっくりする事にしたんだから」
「ですが……私も作業に集中してしまいますと、おそらくお茶を入れる事も、会話もままならなくなるかと。
暗く埃の積もった、不衛生なこの部屋ではなく、一人メイドを付けさせますので、お部屋でゆっくり癒されては……」
「もう!わたしが良いと言ったら良いの! ……でも、それが貴方にとって迷惑なら止めるわ。そういう我侭だけは、わたしはしたくない」
普通であれば、こう言われて『迷惑です』と答える従者はいないだろう。
だが、彼はそういう「世辞」は決して言わない。
相手を喜ばすため、評価に多少の誇張は使っても、真実を求められての嘘は、裏切りになると彼は思っている。
それが、少女が彼を選んだ理由であり、そして、未だ恋人としての愛を問えない理由でもあった。
そして、従者の回答は――
「いえ、構いませんよ。お嬢様が不自由な思いをされていないか、という意味では気になるでしょうが……。この部屋は少し、寂しすぎますから」
――私も、癒されます。
そう微笑んだ、執事の本音。
それはきっと些細なこと。
でも、自分を必要だと言ってくれる。
それが、嬉しい。
「ありがとう。……わたしは本と紅茶を取ってくるわね」
部屋に向かう途中、少女は僅かに心をときめかせ、今日という休日のこれからを想う。
何かを得るでもなく、身体を癒すためでもなく。
何度も読んだ本を片手にまどろみ、時々、責務に追われる執事に、目を落とす。
きっと、それだけの繰り返し。でも……
そうして貴方と過ごす時間。
無駄であっても無意味じゃないでしょ?
 




