機甲令嬢はハッピーエンドを夢見る
「己の欲望にためだけに恣意的に国家間戦争を引き起こし、無数の無垢な臣民の人生を奪ったあげく国家転覆を企むなどその行為は万死に値する。よってセレン・ローズを銃殺刑に処す!」
プロイド帝国新皇帝にしてセレンの元婚約者、ガレア・リムが壇上よりそう高らかに宣言すると、群衆は沸き立ち処刑台に磔られた彼女に向けて「血まみれの売女め!」、「私の息子と夫を返せ!」、「地獄の魔女を殺せ!」と様々な罵詈雑言を吐き散らす。
セレンは呑気にも、こんなにも民衆に嫌わていたなんて意外だと思った。
彼女はただ軍人貴族ローズ家の一人娘として軍士官学校で「ギアドール」戦術を学び、そして愉快な仲間とともに戦場を駆け回っていたに過ぎないと、自分を定義していた。
バカ皇帝はなんでもかんでも戦争を引き起こしたのを彼女のせいにしているが、帝国の領土権益拡張を推し進めたのは観覧席からアホ面を並べている帝政中枢であり、それを熱烈に支持したのは目の前で変わらずバカ騒ぎしている民衆だからだ。
セレンはそんな期待を背負って元気ハツラツな男達とともに戦争をしてきただけ。都合の良い時だけ「機甲令嬢」やら「常勝戦姫」やら持て囃しといて、調子の良い奴らめと彼女は冷めた目で彼らを見た。
とは言いつつも実のところ、なんで自分がこんな茶番で殺されそうなのかは彼女も何となくは解っている。
活発な戦争と戦勝によって帝国の勢力圏は広がったが、若者の多くが戦場の露と消えたことで夫や息子を無くした戦没遺族を生み出し、静かだが確実に軍隊に対する不満は高まっていた。
敗戦国として帝国に属領やら併合された国はもっと悲惨である。家族だけでは無く尊厳と権利すら奪わて奴隷同様の身分にされたのだから。
しかもセレンが生まれる前からどっぷりと戦争特需に漬かっていた帝国経済は、皮肉なことに全大陸統一という大業を前にして崩壊寸前。
人命と他国を燃やすことで歯車を回していた経済システムなのだから、外敵が存在しない平和の世など地獄そのものに違いない。
経済はオワコンで帝国の将来は反乱祭りで確定。そんな詰み状態を回避すべくお偉方が考えたのがセレンの処刑ということである。
散々プロパガンダにも利用されたお陰で良くも悪くもセレンは征服戦争の象徴として内外に定着している。だからこの際、戦争で生じた負の部分の責任を全部彼女に押し付け、ガス抜きとして生贄に捧げようじゃないかそうしよう。てところであると、彼女は推察していた。
(はぁ、バカバカしくて溜息が出る。私だって年頃の女の子らしく化粧とかお洒落な喫茶でお茶したり、舞踏会で踊り三昧したかったなぁ)
「どうした。流石の貴様でも命乞いしたくなったか?」
「まさか。バカと断じていた相手に嵌められた自分の間抜け具合に呆れていただけですよ」
「減らず口を」
ガレアは彼女に悪態を吐くと拳銃を向けてくる。
「だがこの状況をどうすることもできまい。敗北を認め私に絶対の忠誠を誓えセレン、そうすれば命だけは助けてやろう」
「あ、それは無理です。バカに忠誠を誓うぐらいならこの場で舌を噛んで死にますから」
セレンの言葉にガレアは顔を引きつらせる。
「フン、最後まで可愛げのない奴め」
可愛げのない奴か、その言葉をそっくりそのまま返してやりたいとセレンは思った。
昔のガレアは今と変わらず生意気だったが、健気で可愛げのある奴だった。あのまま自分の下で働いていたら良いドール乗りにして皇族将軍になれたかもしれない。
なのに上位後継順の皇太子らが不自然にも病死や戦死が続き、帝位継承権がガレアの元に転がり込んでから彼女らの関係はおかしくなった。
帝都で側近らに何を吹き込まれたのか傲慢で怠惰で自己顕示欲の塊のバカに成り下がり、そんなガレアをセレンはアドバイスのつもりで進言していたつもりだったがそれは逆に彼のプライドを傷つけてしまったのだ。
(その結果がこれだ。あーあ、あんな奴なんか無視して他国にでも亡命すれば良かったのに私って本当バカ。もしかしてダメ男好きなのだろうか?)
「ではさらばだセレン・ローズ」
ガレアの合図に合わせて兵士らがそれぞれセレンの急所に小銃の照準を合わせる。後は引き金を引くだけ。そこで彼女の人生は終わり。
しかし不思議と悲しみと恐怖はない。何故なら彼女にとって、死に場所と機会なんて過去にいくらでもあった。
戦場で弄ばれて殺されるくらいならコッチの方が遥かにマシ。それにどのみち、この帝国もバカ皇帝の先も長くない。と、彼女は内心祖国の未来も諦観する。
「どけ群衆ども! 道を開けねば斬り伏せるぞ!」
そんな時であった。騎馬兵が怒鳴りながら群衆を駆け分けセレンの方へと向かってくる。もしや、「救いの白馬の騎士」? と彼女は思ったが全然違う。
皇帝家の紋章を刺繍した肩マントをつけているのは皇帝近衛兵の証。そして最側近である彼らは国家存亡の危機の時に限り、重臣を通さずに皇帝に進言することが出来る。
(あの顔面蒼白具合をみると、そういうことなんだろうなぁ)
「陛下! お取り込み中、申し訳ございません。国境を警備する部隊より急報です。東部からはオルクスラント、西部からはアルフヘイムのギアドール部隊による奇襲攻撃を受けたとのことです。また情報が錯綜しており詳しい状況と損害については不明ですが侵攻軍の行動開始と呼応するかのように帝国領植民地各地で叛乱が発生。至急、軍を総動員して対処すべきだと進言します!!」
「なんだと!? アルフヘイムは我々と同盟を結び、オルクスラントは先月我々に服属を誓ったばかりではないか。何かの間違いじゃないのか!?」
ガレアが兵士から渡された書類を目に通すと、みるみるうちに顔の色が青くなっていく。
それもそうだろう。ガレアは彼女を殺す大義名分のため、帝国全土に『セレン・ローズは国家転覆を企てた重罪人である』というお触れを出していたのだから。当然、帝国の当地に不満をもつ被征服民の耳には入るし、軋轢を抱える近隣諸国も知ることになる。
そして敵であるこそ彼らは知っている。巨大な軍事機構である帝国軍といえど厄介な相手は極一部、セレンが率いたギアドール部隊のみであると。それが身内のイザコザで勝手に潰れたとなれば、帝国に復讐を誓う連中が黙っているはずがない。
「軍務尚書! 軍務尚書はいるか!」
ガレアの呼び声に、小太りの軍務尚書が慌てて前に出る。
「急ぎ征討軍司令官を任じ対処に当たらせろ! 神聖な我が帝国領土に土足で踏み入った亜人共に裁きの鉄槌を下すのだ!」
ガレアの勇ましい発言に群衆は沸き立つが、当の命じられた軍務尚書は頭を垂れたまま、震えた声で進言する。
「お、恐れながら陛下。一国相手ならいざ知らず、アルフヘイムとオルクスラントの二大国に加え植民地の叛乱を相手にできる将は私が知る限りは帝国広しといえど我が国に一人しかおりません」
「大変結構ではないか。この際、出自と階級は問わん。平民であろうが亜人であろうが、その者を大抜擢すればいい」
「ならば大逆人でもお赦し頂けるでしょうか……」
「なっ!?」
ガレアは驚愕の表情を浮かべてセレンを見る。
「貴様、軍務尚書に何を吹き込んだ!」
「別に何もー。事あるごとにエロい目で私を見てくる、セクハラパワハラおやじで普通に私嫌いでしたし。ただ貴方よりは現実がほんの少しだけみえてるんじゃないですか?」
「ええい、情けない! 将軍らよ、我こそはという者は前に出ろ! 見事、今回の侵攻を跳ね返し征討軍司令官の務めを果たしたらな伯爵以上の爵位か帝族入りを約束するぞ」
「わぁ、大盤振る舞いなことで」
しかし、表情を曇らすだけで誰も前に出てこない。そりゃあそうでしょうね、とセレンは思う。粛正やら軟禁された自分の優秀な部下たちならいざ知らず、ここにいる連中は実家のコネと上官へのおもねりで出世した無能たち。出来ることと言えばせいぜい私らが征服した土地に軍政を敷いて不正を貪ること位の小悪党たちなんだから。
「臆病者どもめ。貴様らのその腐った性根で帝国が滅ぶぞ!」
ガレアは顔を真っ赤にして怒鳴り散らすと、チラリと私を見てくる。
「丁重にお断りします」
「まだ何も言ってないだろうが!」
「いや明らかに私に侵攻軍撃退を命じようとしましたよね。しかも上から目線で」
「くッ……、言わせておけば。銃兵らよ、射撃準備。これよりセレン・ローズの処刑を始める!」
自暴自棄になったガレアの合図で銃剣の付いた小銃を一斉に私に向ける。はぁ、結局こうなるか。と、セレンが思いきや、それを阻止するかのように軍務尚書や将軍らがガレアを取り囲む。
「お待ち下さい陛下! セレン・ローズは国家転覆を画策した大逆人でありますが、ドール乗りとしても、将帥としても卓越した手腕の持ち主です。その名声は諸外国にも轟いており、それを活かすべきです!!」
「然り。ここは陛下の寛大な御心を示し、此度の侵攻に対する迎撃命令は彼女に下すべきかと」
(おうおう、さっきまでノリノリで処刑を観戦していたのに随分と都合の良いことばっかり言ってるなコイツらは)
と、セレンは内心ツッコむ。結局のところ、彼らはらにとって大事なのは自分の地位と広いお庭。しかも手前で護り切る能力も無いから、彼女に全部押し付ける気満々と来たもんだ。
これなら断固私を処刑しようとするガレアの方がまだマシ。まぁ、どちらにしろ下衆には変わらないか、とセレンは嘆息する。
「軍務尚書に将軍らよ、貴様等までセレン・ローズをかばうのか!」
「いえ、そうではなく……」
───
言い争うガレアに軍務尚書ら。そんな彼等を面白がりながら遠目で眺めていると、セレンの隣にいた兵士が彼女に話しかけてきた。
「醜いものだな。散々他者から奪ってきておいて、いざ自分に順番が回ってきたら人はここまで恥知らずになれるものなのか」
大胆なことを言うじゃないと、セレンは兵士の顔を兜越しに覗いてみると浅黒い肌ながら整った顔が見えた。かつては大陸南方に国家を持っていたダークエルフだ。
彼らのその多くが市民権を得るため徴兵に応じているが、祖国を滅ぼした帝国への恨みは根強いと言われている。もっとも、司令官として滅ぼしたのが彼女本人なのだが。
「どいつもこいつも他者の怨み辛みを軽く見積もるからこうなるのよ。紙一重で勝っているに過ぎない優位性を絶対で永遠のものと勘違いした末路、と言ったところかしらね」
「彼らはそうだろうが君は違う。この状況を覆せる実力がある君なら、帝国の危機を救えるんじゃないか」
「買い被りよ。私なんて所詮、一人の人間に過ぎないのよ。でもまぁ、もしそんな時が来たら……」
「来たら?」
「さっさと戦争を片付けて、舞踏会で貴方みたいなイイ男と一緒に踊ってみたいかも」
そう彼女が答えると男は小さく笑い、懐から短刀を取り出す。
「私も残念だ。出会いが違えば友人に成れたかもしれないのに」
群集がガレアと将軍らの言い争うに気を取られる中、ひっそりと彼女の胸にそれを突き立てる。不思議とセレンに痛みは無く、ただ胸から急速に体温が奪われていくのを肌で感じるだけだった。
「貴方は一体……」
「アウディール。君に国と家族を奪われたダークエルフの一人だ」
そう言い残すとアウディールは短刀を引き抜き、群衆の中に紛れていく。それが彼女の最期であった。
(まぁ、今まで散々殺してきたんだ。殺されることもあるし、ガレアに殺られるよりは100倍はマシかなぁ……)
「最後の奉公だ! セレン・ローズよ、貴様に命令を下してや……、な!?」
ガレアの耳障りな声が聞こえるが、セレンは無視をすることにした。どうせあと数秒の命で、瞼が重たくてしょうがないからだ。
(因果応報。と言えばそれまでかもしれないけど、もう少し幸せな最後が良かったなぁ………)
─────
と、セレンが感傷に浸かっていたのも束の間、再び目を覚ますと私は見晴らしの良い草原に寝転がっていた。起き上がって当たりを見渡すが自然物以外は何も無い。
ここはどこ? 私はなぜ生きているの? ギアドール戦に適した土地ね。どう部隊を配置しようしら? と、混乱と職業病に罹った頭を冷やして彼女は状況を整理する。
が、やっぱりどうでも良くなってもう一度寝転ぶ。ここが現実なのか夢なのか死後の世界なのかは分からないが、この鼻をくすぐる土と草の良い香りと肌を優しく撫でるそよ風は本物。
(なら堪能しまなきゃ損よね、いつ終わるか分からない今この時を)
彼女は雲一つない空を見つめながら呟く。
「さて、次こそは幸せな最後になるかしら」




