勇者は、裏切りました。【2000文字】
「やったよ、父さん…」
勇者は血にまみれながら、笑みを零した。
血は温かいのに、寒かった。
勇者は生まれてすぐに捨てられた子どもだった。
”人じゃない者”に拾われて育てられた。
勇者が10歳の時、たまたま降りてきた人里で人間に保護された。
それからは人に囲まれて、孤児院で育った。
いつからか、勇者はよく走り、どこから落ちても受け身が完璧で、そして強いことが注目されるようになった。
試しに剣を持たせてみると、みるみると上達した。
それからはあっという間に勇者候補に見出され、過酷な訓練を乗り越え、本当に勇者となったのだった。
勇者は寡黙な男だった。
というのも、幼い頃に“人じゃない者”に育てられたからか常識がいまいちズレていた。
勇者となった頃にはお偉いさんとも面会する場面も増え、仲間たちは何も言わないように助言していた。
発言が危うくて、魔王討伐に出発する前に首を刎ねられそうだったからだ。
国の姫から「帰ってきたらお嫁さんになってあげる」と言われた時も、仲間たちだけの場になった途端、「小娘のお守りの仕事をすればいいんだろうか」と言って、肝を冷やしたものだ。
そういうこともあり、勇者はあまり自分の話もしないのだった。
魔王討伐に一緒に行くメンツも、根掘り葉掘りは聞かなかった。
勇者の生い立ちは、もはや国中の者が知っているくらいだった。
孤児や平民からは高い支持を受け、貴族からはあまり好かれていなかった。
それでもその腕っぷしと、魔王を倒してくれるだろうという期待をされていた。
仲間たちも勇者の強さを信頼していた。
だから、何も心配されていなかった。
旅は順調だった。
勇者は相変わらず強いし、進めば進むほど殺気が増していくのだ。
剣の切れ味がどんどん鋭くなっていく。
まだ強くなるのかと、他の連中は驚いたくらいだった。
これなら本当に魔王を倒せるかもしれないと、仲間たちすら期待を高めていくのだった。
勇者一行が魔王城へと辿り着いた時、勇者はいつもと様子が違った。
文句も言わない、怪我をしてもなんともなさそうだし、いつも淡々していると、みんながそう思っていた。
なのに、城の下まで来たら落ち着かない様子で、爛々と目がギョロギョロ動いていた。
さすがの勇者でも怖いものがあるのかと、仲間たちは警戒を強めた。
そして、魔王城に足を踏み入れた時、事態は一変した。
「はあ、はあ、はあ」
勇者の荒い息だけが響いた。
たくさんいたはずの魔物は1匹もいなくなり、そして息をしているのは勇者だけだった。
入り口のところに魔法使いが、その反対側には僧侶が、そして勇者のすぐそばにはもう一人の戦士が血を流して倒れていた。
3人とも、刺し傷から大量の血を流していた。
手にかけたのは、勇者だった。
この中で一番強いのも、躊躇がないのも、勇者だ。
誰一人敵わなかったし、誰一人状況を把握できなかった。
最後に殺された戦士の手は、勇者には届かなかった。
勇者は、”人じゃない者”に育てられた。
それがどんな者なのかは、誰も知らなかった。
勇者を赤ん坊の頃に拾い、殺すことなく育てたのは、他でもない人間が恐れる『魔王』だった。
この場所は、勇者にとって育ててもらった場所だった。
勇者は10の時、魔王と引き離されて、人間の間で暮らすこととなった。
最初言葉もわからなければ、やることなすこと怒られた。
少し大きくなると、今度は強さに縋られた。
瘴気の中で丈夫に育ち、魔物の間で育ち、魔王の手で強くなった勇者は、人間から見れば最強の男に見えていたことだろう。
その強さに頼られることは、窮屈を加速させた。
勇者候補にされた時に、人間が魔王、つまり育ての父を殺したがっていることを知った。
勇者になれば、もう一度父に会えるとわかった。
だから、何を差し置いても勇者になった。
勇者になった時、国の1番強い武器をして見られるようになった。
子どもの頃から人間たちに忌避されていたから、それ自体は何も問題がなかった。
だが、お偉いさんたちに囲まれるようになってからは、より鬱屈とした。
人間は人間のことしか考えていないことを痛感した。
誰も勇者を気遣ったりしないし、自分たちのためになんとかしてくれと懇願するだけ。
そして、なぜかいつも『育ての父』を悪く言われる。
人間とうまく交流できなかっただけでなく、憎しみが少しずつ積もった。
勇者は、人間が根絶やしになればいいのに、と思うようになっていた。
カツン、と足音が響いて振り向くと、そこにはずっと会いたかった”ひと“がいた。
「父さん…」
魔王と勇者は、ゆっくり近づいていく。
そして、勇者は目の前で自分の心臓を剣で貫いた。
魔王は、崩れ落ちる勇者を抱き留めた。
「会いたかった」
勇者はここで死ぬと決めていた。
自分もまた『人間』だからだ。
勇者は、血と瘴気の匂いに、ようやく安堵した。
最期に父の手の中に戻れたことを幸福に思った。
「あったかい…」
それは、勇者が10の時から欲しかった温もりだった。
了
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