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第5話 都合良く待ってなんてくれない

「異能力者ぁ?」

「はい」



 先ほどのキーコの証言をあたかも自身が経験したかのように話した蒼は、怪訝そうに顔を歪める小鳥遊の後ろで首を縦にブンブンと振るキーコを見ていた。別にあなたを疑ってるわけじゃない、この人を納得させるには普通以上の材料が必要なんですよ――、とそう声をかけたくなるほど切実な眼差しである。彼女も彼女なりに協力をしてくれているのだ。なんとかこれに応えてやりたいと蒼は思っていた。



「透過してるのに、お前には見えたわけだ?」

「なんでか、わかりませんケド」

「仮に?君が言うように不完全な透明人間がいたとしよう。でもそれなら、君以外にもそのフードの男が見えたという人間はいてもいいんじゃないか?君にしか見えないそれは幻覚と言った方がまだ信憑性が高い」

「僕にはその異能力が通じなかっただけかもしれませんよ」

「君はそういう異能力を持っているのか?」

「え?」

「君は『誰の異能力も通用しない』といった異能力を持っているのかと聞いているんだ」

「……いえ、持ってません」

「だろうな。持っていたら今頃大問題だ」

「でも本当に見たんです」

「わかっている、考えてみるから待て」



 小鳥遊は自身の頭をシャシャッっと掻きむしると口に手を当てて熟考し始めた。キーコは答えを聞くなり、蒼にぐいっと近寄り目を輝かせる。



「やった!意外と人聞きいいじゃんあの人!」

「小鳥遊さんは悪戯に誰かの証言を切り捨てるほどバカじゃないですから。ちょっとお金と女に対して本能的なだけであとは何も――」

「大きな独り言は控えたまえ来栖くん、僕まで変質者に思われるだろう」

「……すみません」

「あと僕の悪口を言うなら陰で言いたまえ。他の人に対しては面と向かって言えばいいが、上司であり名探偵である僕に対してそのような舐めた態度はいただけない」

「…………すみません」



 蒼はニヤリと笑う上司の横っ面をぶん殴りたい衝動に駆られた。しかし、こんなことはここで働き始めた2年前から日常茶飯事と化している。



「あおくん、我慢だよ!」

「わかってますよ」



 初めて小鳥遊に神経を逆撫でされた時から、『辞める時はド派手に辞めてやろう』と蒼は決めていた。鼻の穴に指を突っ込んで往復ビンタとか、鼻っ柱の骨を折るとか、無駄にいいツラを踏みつけるとか。となれば、今ここで堪忍袋の緒を切ってしまうのも勿体無いというものだ。幼い頃から苦労せずチヤホヤされて生きてきたのかもしれないが今に見ていろ――



「何をニヤニヤしてるんだ気色悪い」

「……へ?あぁ、ニヤニヤしてました僕?」

「ほくそ笑んでたぞ」

「は、あぁ、すみません。つい」



 軽く頭を下げて謝れば、小鳥遊は理解できない生き物を見下すような目をされ鼻で笑った。しかし、慣れというものは怖い。蒼は、これくらいのことでは頭に血が昇らなくなった。はっきり言葉で煽られることにはまだ慣れないが。



「これからどうするんですか」

「協力者に話を聞いてきたまえ。どうせなんの進捗もないだろうが」

「なんだ、呼んでたんですか」

「異能力者の可能性もあるし、そうでなくとも会場で一悶着起こるだろうしな」

「ですね」



 蒼はそれだけ言うと、目で合図を送ってキーコを連れ立った。キーコは首を傾げつつ、蒼に駆け寄っていく。小鳥遊とは一度分かれるらしい。



「協力者って?」

「そのままの意味です。市民にとってはあの探偵より頼りになるような人たちですよ」

「まさか……警察?」

「そんなところです」

「捕まっちゃうじゃん!」

「誤魔化してください」



 蒼はしばらく会場を見渡してから、迷うことなく歩みを進めていく。その先にいたのは肩幅が広く、スーツの上からでも鍛え上げられた体がわかるほど屈強な男であった。年齢は40代ほどか。彼は眉間に皺を寄せ、腕を組んだままどっしりとどこかを見つめている。まさかもう怪しい人間でも見つけたのだろうか。その隣には、屈強な彼に華を添えるように目鼻立ちの整った女性がいた。緑のワンピースドレスに身を包み、金色のボブショートを揺らしている。胸元についているリボンとダイヤの飾りがこちらを見つめているようだった。


 ――待ち合わせ場所にいる怪しい女とムキムキ男!妖艶にこちらに微笑みかける女!怪しいやつがいないか見守るボディガード!


 わかりやすい負けイベント発生の予感、どころかここで旅は終了してもおかしくない。先ほどの腹いせなのだろうか。蒼は止まることを知らない。そもそも警察に突き出してやろうという算段だったのだ。


 ――くそやろうっ!!!ハメやがったな!!


 雑魚のようなセリフしか出てこないキーコを尻目に、屈強な男に蒼が話しかける。男は蒼を見ると、隣の女性から何かを受け止りこちらに向き直る。


(終わりか!私の旅は終わりなのかっ!!)


 男の手にはキーコを捉えるための手錠――ではなく、色付きのビニール袋がヒラヒラと風を受けていた。そしてそれをバサっ!と広げたかと思えば、屈強な男は


「おうううええええ」


 と袋の中に頭を突っ込んで情けない声を上げた。先ほど袋を渡していた背後の女性は、背中を撫でながら介抱を続けている。



「うえ、うええおええええ」

「……え?」

「お疲れ様です、レイドさん」

「お疲れ様」



 蒼が声をかけて手を上げたのは屈強な男の背中を優しく撫でる、金髪ボブの女性だ。女性、のはず――



「あれ、声、低いな」

「あたしは男よ。ごめんなさいね」

「え、ま、……」



 近くで見るとわかるが、確かに肩幅や骨格は男性らしい。レイドと呼ばれたこの人は、メイクをして着飾れば一見女性に見紛うほど綺麗な人なのだ。それだけではない。溢れ出る色気。丁寧な所作。余裕のある眼差し。まさに女が惚れる女と言っても過言ではないほど、キーコは一目見てビビッときたと言うのに。それが男だなんて。世界は残酷だ。女辞めちゃおっかな。



「私が見えるんですね……」

「えぇ。私たちは見えるわよ」



 レイドはそう言いながらウインクをした。やはり素敵な余裕のある大人だ……とキーコは安堵と絶望を覚えた。運営のお気に入りキャラと言わんばかりの美貌だ。きっとバフもりもりの特攻『無法者』もちに違いない。彼が味方についたのなら飢餓も透過現象もどうにかなるかもしれないというのに。

 残念ながら彼は敵である。キーコはおとなしく両手を差し出そうとした。しかし彼はそんな彼女に目もくれず、隣でくたばっている男の背中をバチンと叩いた。



「いつまでそうしてんの、吐ききったんだから大丈夫よ」

「う、うえ、……ごめん」

「お身体優れないんですか?」

「お酒を煽られたんですって。若い子ならまだしも30超えた男なら普通断るでしょう?」

「その場の勢いって怖いものがあるよ、レイド」



 先ほどまで嗚咽しか聞いてなかった故に彼の心象は掴めずにいたが、見た目の割には優しい声である(学校にいたカウンセラーがこんな声だった)。睨みを聞かせていた目も、今では情けなく垂れている。



「えと、隣の方は?」

「キーコです!あおくんの捜査協力を、一応……」

「そうだったの」

「僕は南澄正道っていいます。南澄でもなんでもご自由に呼んでください」

「それで、どうしたの?あたしたちに何か用?」

「はい。小鳥遊さんから『何かわかったことは』と」



 拍子抜けである。今すぐここで残りライフ全滅かと思われたが、まだ何かあるらしい。


 ――死ぬなら潔く死にたいぜ……。


 南澄とレイドは目を見合わせる。それから顎に手を当てたり、頭を掻いたりと微妙な反応を並べた。



「鈴穂さんと修二さんの昔の交友関係を洗ったけど、この結婚に反対しそうな人は1人だけいた。染井祐樹って男で鈴穂さんの元恋人。半年前まで付き合っていたみたいだね」

「半年前って、結構最近じゃないですか」

「スピード婚ってやつ?」

「新郎の理玖さんは、リゾートホテルを運営している会社の社長さんみたいね」

「染井は舞台俳優を目指しながらバイト生活を続けているけど、金遣いは荒かったみたいで鈴穂さんにお金を借りることもあったそうよ。鈴穂さんは将来性を考えて、理玖さんとの結婚を選んだのかもしれないわ」

「それを恨んで、染井がこの会場に?」

「今のところ、それらしいひとは見てないけどね」

「花嫁の方にも異常はないわね。席に戻ってからはほとんど動いてないし、近くに怪しい人が来たわけでもないわ。変質者だったのはアホの白スーツくらいね」



 レイドはそう吐き捨てる。往々にして探偵を刑事は嫌うものらしい。南澄は苦笑いを浮かべて、蒼に向き直った。



「怪しいひとは特に見かけてないかな。来栖くんは?」

「キーコさんと同じような状態の怪しい人なら見ました。フードを被っていて首輪をつけてます」


 ――いきなり殺すのね!外道め!


 キーコは観念した。肩を落とし、仕方なくその時を待つ。



「ならいないじゃない。進展なしねぇ」

「そもそもどうやって危害を加えるつもりなんだろ」

「遠くから狙って撃つとかは?」

「ほとんどがカーテンで仕切られているから可能性は薄いわね」

「ん、待って待って待って待ってください!」



 あまりにも鮮やかにスルーされたためにキーコは、3人の輪の真ん中に入る。別にここで豚箱エンドに行きたいわけではないのだが、あまりにもよくわからない。



「どうかしましたか?」

「いや、怪しい人いたんですよ!?染井さんかもしれません!」

「身長は?」

「え、っと私より低いくらいの……」

「染井は190cmある男なのよ。残念ながら彼ではないわ」

「じゃあここにいますよ異能力者が!透明人間の異能力持っててどうにもならなくて仕方なくムショの飯を食おうと思ってますけど!」

「………………」



 静まり返った。キーコは眉を顰める。

 やはり先ほどから『何か』がおかしい。



「……あんたが、いのうりょくしゃ?」

「……はい、そう、だよね?」

「来栖くん、これは……」

「僕にもさっぱりです」

「私、透明人間になれる異能力を持ってるんですよ。それで記憶が失くなったために、その使い方を忘れています。ここまではいいですよね?」



 そこまでキーコが捲し立てるように話して数秒。ポカンとしていたレイドは何かを理解したのか「あ〜」と声を上げた。南澄は状況整理が追いついていないのか、固まったままである。



「そういうことね、わかったわ」

「うん、そうです。そうなんです。間違ってないですよね?」

「この子はなーんにも現状をわかってないのね」

「……捕まえるなら捕まえてください」

「そうじゃなくて、そもそもアンタはね――」


『お待たせいたしました!それでは皆さま、各テーブルにお配りしましたグラスをお持ちください!』



 レイドの声を遮るようにして、会場のスピーカーから声がする。一際明るく照らされたメインステージを見れば、新郎の理玖と依頼人で新婦となる鈴穂、殺害予告を受け取った主催の北芽屋修二が、司会者の横に並んでいた。銀色に光るグラスを手ににこやかにしているのはそのうちの2人である。鈴穂は口角こそ上がっているものの、目を会場全体に散らしていた。

 どこからかポンっと陽気な音が鳴る。そちらを見れば、スタッフと思われる女性が封の開けられたワインボトルを手にしていた。コルクをテーブルに置き、彼らに近づく。鈴穂が手袋を外し、一言スタッフに声をかける。彼女はボトルを受け取り、直ぐ隣の理玖に笑顔で手渡し彼は「ありがとう」とそれを受け取る。理玖はお義父さんとなる修二に微笑みかけると、その銀のグラスにワインを注いだ。メインステージを照らす光が、注がれるバーガンディー色の液体を鈍く輝かせている。どうやら、キーコが理解するのを待たずにメインシナリオは進んでしまうらしい。



『それでは、ご新婦のお父様であられる修二様に乾杯のお言葉を賜ります』


 娘の晴れの舞台であるこの日を心待ちにしていたのか、修二はにこやかに話を続けている。会場はメインステージ以外の照明を抑えており、キーコが目を凝らしても先ほどのフードの男は見当たらない。集まった人々のシルエットはかろうじて見えるが、190cmの大きい男の影も見つからなかった。

 そうして、挨拶はひと段落つき修二は新郎新婦の方に笑顔を向けた。



「それでは、娘と理玖くんの幸せな未来を願って……乾杯っ!」

『乾杯!!』



 銀のグラスが高々と掲げられる。修二は会場全体を見渡し、グラスに口をつける――その時だった。




「ちょーーーっっっと待ったァァァ!!!!!」



 響き渡る男の大声。そちらを向けば、口角を片方持ち上げて佇む白スーツのアホ――小鳥遊翔太が立っていた。キーコの直ぐそばで蒼の大きすぎるため息が聞こえる。それに背中を押されるようにキーコは思わず叫んだ。



「マジでっっ!!??」

「……大丈夫です、たぶん」

「どこが!!?」

「略奪するわけがないです、たぶん」



 小鳥遊のいく道を人々は自ら空けていく。それはまるでイスラエルの民の希望たる、今はなき道を切り開くモーセのよう――。

 しかしキーコの目には、鈴穂がこれから辿る未来を大きく分つ特大イベントのように見えてならない。絶対に間違うことはない選択なのだが、もはや反語のような質問に答えて主人公がまっすぐ歩くための踏み台に、小鳥遊は名乗り上げたように思えたのだ。


(あいつ、自ら噛ませ犬に……!!)


 そう目を見張っていたキーコは、すっかりゲーム脳に支配されていた。この状況を楽しみすぎていたが故に冷静になればわかることを見落としていたのだ。

 花嫁を口説こうと、銭ゲバだろうと、部下をこき使い毒を吐こうと、彼は探偵である。



「世の中にある真実はほとんどが作られたものです。真実は誰かの嘘の上にある。今日ここで起こるはずだったこの事件も、誰かの嘘によって塗り固めたイベントに過ぎません。ならばそれが引き起こされる前に、暴いてしまえばいい。まずは――」



 人々の視線を一身に浴びながらも、小鳥遊は迷わずメインステージまで辿り着き、そして1人の肩を叩いた。



「あなたの嘘を暴きましょう、北芽屋修二さん」





次回は来週日曜日!

投稿時間に悩む。

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