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第4話 懐かしいわけじゃないのに

 小鳥遊が説明するに、数日前社長の元に殺害予告が来たらしい。『真実を公表しなければお前の命はない』と一言だけ。当の本人はイタズラだと相手にしていないのだとか。



「その直後のパーティだから、念のためってわけね」

「みたいですね」



 ちなみに小鳥遊はキーコのことが見えないらしく、周りを彷徨いても眼前で手を振ってみても無反応である。何もない空中に話しかけるヤバ人間に見えないよう、蒼はさりげなく小声で話す。



「あまりウロウロしないでくださいね。一応事務所まで帰るんでしょ貴方」

「うん、そうだけど……あおくんって事務所に住み込みで働いてるの?」

「まさか。帰りますよ家に」

「えーじゃあそっちでもいいけどなぁ」

「……お断りします」

「え、なんで?」

「……初めて家にあげる女の人は、彼女って決めてるんで」

「え、かわいい」

「しょうもないこと言ってないで、事務所にお世話になるなら何か手伝ってください」

「手伝うも何も、私なーんにもできないし……」



 時間が経てば元に戻るとかそういう話ではないらしく、キーコの身体は依然透過している。状態が悪化していないだけマシなのかもしれないが、これまで歩いていて何か引っかかったことは特にないのだ。何かを知っていそうな椎名にすらキーコは何も思うところがない。元来ポジティブ思考である彼女も、さすがに不安を覚えてきていた。自分の一つ一つの言動が、今のところこの詰みゲーをまんじりとも動かしていないような気がするのだ。

 なにかひっかかりを覚える出来事、あるいは人物が訪れるイベントを待つしかないのかもしれない。顔を上げてキーコは辺りを見渡した。


 依頼人である北芽屋鈴穂は、隣で今にもはち切れんとするスーツを着た花婿である梅井理玖と和かにテーブルを回り思い出話に花を咲かせている。ひと段落すれば小鳥遊の元にも来るらしい。

 娘の結婚パーティーでたくさんの関係者やお得意先に声をかけられるからか、社長である北芽屋修二はニコニコしているのが伺えた。彼を殺そうとしている人物は、もうこの会場にいる可能性が高いというのに。



「緊張感ないのね、あの人」

「本当にイタズラだと思っているんでしょう」

「公表してほしい『真実』って何のことなんだろう?」

「大きい企業ですし、やましい事の一つや二つあるのかもしれませんね」

「表の護衛も簡単すぎるような気がするが、部外者が立ち入ることはないな」



 自分に話しかけていると思ったらしい小鳥遊は、会話に割り込んでから手元にあるオレンジジュースをぐいっと飲みきった。氷だけが残された銀のグラスをくるくると揺らしながら、招待状をながめている。キーコと蒼はそれを覗き込んだ。



「『これでもかと豪華な食材にミシュラン三つ星シェフの手を加えオーダーメイドの銀食器と共に』ね…」

「稚拙な言い回しね」

「こんな嫌みったらしい文が書けるんだから、恨まれていてもおかしくはないと思うけど」

「招待状は修二社長が直々に?」

「文面を考えたのは彼らしい。招待状の右下に僅かに凹凸があったが、あれは偽物と区別するためのものだろうな」

「お札と一緒ね。工夫もしてたわけだ」

「招待状の偽造も難しいってことですね」



 すっかり氷が解けたグラスを小鳥遊はテーブルに置くと、小鳥遊は別のグラスを二つとって早足で鈴穂の元へ歩いて行く。キーコが追いかける横で、静かに蒼はため息をこぼした。

 グラスを受け取った彼女はニコリと笑うと、蒼と小鳥遊にお辞儀をした。反射的にキーコも頭を下げてから、ズンズンと鈴穂に近づき顔面数センチのところで止まってみる。



「……」

「ちょっと、なにしてるんですか」

「よし、見えてないね」

「見えてたらどうするつもりだったんですか」

「この度はおめでとうございます、鈴穂さん」

「すみません、わざわざ来ていただいて」

「我々が向かわないと疑われるでしょう。修二社長にはまだ?」



 小鳥遊がそういうと、彼女は目を伏せて頷いた。よっぽど探偵を招くことに、修二は反対していたらしい。なんで?とキーコが首を傾げた矢先、小鳥遊はスマートにさりげなく彼女の肩に触れて話し始めた。



「さて鈴穂さん。今のところ修二社長の身に異変はありませんが……。今朝の段階で何か違和感などは?」

「特には何も……。あぁ、でも」

「なにか?」

「えっと、大したことじゃないんですけど。理玖さんが薬を飲んでたんです」

「理玖さんって、あの旦那さんですよね?」

「はい。高血圧の薬だって言ってたんですけど、今まで薬を飲んでいた覚えがなかったので。気になっちゃって」

「ありがとうございます。私ならそんな心配もかけませんがねぇ、人間ドックはどれも基準値なので」



 意味不明な自己申告に、ぽかんとした鈴穂は慌てて100点満点の愛想笑いで応える。真面目に情報提供した上にそんなことを返された日には、「は?」と返しそうなものである。だがそんな負の感情を一ミリたりとも見せない彼女は、とても素敵な奥さんになることだろう。キーコは感動すら覚え、目を閉じた。

 蒼はこの先小鳥遊が何を言わんとするかわかったのか、彼の言葉を遮るように続けた。



「この後のプログラムは?」

「乾杯がまだなんです。その後は私と彼の親族代表スピーチと友人が作成したビデオ鑑賞があります」

「ありがとうございます。また何かあったらお声がけしますね」



 早々にそう切り上げると、蒼は小鳥遊をぐいっと引っ張ってその場を後にした。小鳥遊は抵抗しながらにこやかに去っていった。


 少し離れた先で蒼に雑に掴まれた手をタップし、小鳥遊は解放された。



「何するんだよ」

「今にも花嫁をアバンチュールに誘いかねない勢いだったので、仕方なく」

「彼女がこの結婚を望んでいないなのは、見ればわかるだろう。先ほどからため息ばかりついている」

「だからってねぇ……」



 ため息混じりに頭を抱えて蒼は気づいた。先程まで騒がしかったもう一つの気配がないのだ。

 ――もしかして、消えた?



「あれ……」

「なんだ」

「い、いえ……」



 今までにないほど心臓が早く脈打っているのが、蒼にははっきりわかった。息が荒くなる。それと比例して頭の中を霧が包むような感覚に陥る。

 あぁ、馬鹿馬鹿しい。だって彼女は――。

 そこまで考えたところで、蒼は目的の背中を捉えた。それは、行き交う人々を気にせず、ひたすらに前を向いて走って行くキーコだった。





 ✴︎

 ✴︎

 ✴︎




「この後のプログラムは?」

「乾杯がまだなんです。その後は私と彼の親族代表スピーチと友人が作成した――」



 そんな会話を耳に入れながら、キーコは妙な視線を感じていた。


(もしかして、まだ私がわかる人がいるの……?)


 イベント発生。話せる相手が増えというのは手掛かりも増えるのと同じだ。少し安堵を覚えつつ、キーコはそちらを向いた。黒いローブを身にまとい、フードを目ぶかに被った誰かがこちらを向いている。


(えっ……)


 いかにも怪しい風貌、背は低いが肩幅から男に思える。赤い首輪がわずかなフードの隙間から覗いており、口角は上がっていない。目は隠れているが、こちらを見ていることがはっきりわかった。そこまでいってようやくわかった。彼はキーコを見ているわけではない。後ろだ。背後ではまだ蒼や小鳥遊、花嫁が談笑しているはずである。


 ――もしかして、殺人予告を出したのは!


 急展開。まさに今黒幕と繋がる、あるいは話しかければミッションが始まるキーマンが目の前にいるのだ。キーコが思い至ったのと、男が立ち去るのは同時だった。


「待って!」


 慌ててその背中を追いかける。自分の体はぶつかりもしないのに、すれ違う人間をご丁寧にかわしてしまう。やはりこの体は慣れない。誰かとぶつかる恐怖を無駄に抱えながら、それでも速さを求めてキーコはまっすぐ走り出した。行き交う人々をすり抜けていき、フードの男を再び視界に捉えた。

 そして見た。彼は自分と同じように、人混みの中を気にせず歩いて行く。その身体もまた、自分と同じように人や物に干渉せずすり抜けて行くのを。

 そこまできてキーコは理解した。誰も自分とフードの男を見ていないことに、ようやく気付いたのだ。息を呑んで、ゆっくりと彼だけに声を上げようとしたその時だった。



「キーコさん!」



 背後からの刺すような声に足が急ブレーキをかけた。心臓が一段と高鳴る。振り返ることをなぜか躊躇い、冷や汗が体を伝うのを感じた。

 別にまずいことはしていない。怪しい人間を追いかけていただけだ。ただ、今、身体がこのような反応を引き起こしたことにキーコはぐるぐると困惑を覚えていたのだ。そして、これは何か大切な手掛かりのはずであると、必死に脳裏で自身の記憶を手繰り寄せようとした。



「どこ行ってたんですか!心配かけさせないでくださいよ!」

「……ちがう」

「え?」

「違うの、なんか、なんか、覚えがあるの」

「……なにに、ですか」

「これに、このことに!この状況に!」

「誰かを、追いかけていたことですか」

「ちがうっ!そうじゃなくて!……あれ、なんだろ、なんだったんだろ…………」



 やり続けていたらなんかクリアした難関マップの攻略方法のように、なんとなくの感覚というものはすぐに失ってしまうものである。手繰り寄せた先を見る前に、キーコの手にあった手掛かりとも呼べる懐かしい感覚は消え失せていた。



「懐かしかったの、なにかが」

「……」

「なんだったのかは、わからないけど」

「……」

「……ごめんね、変なこと言って。怪しい人がいたから追いかけてただけなの。私みたいに身体が透過する人だった」

「……異能力者、ってことですかね」

「そうかも」



 深いため息をついたキーコは、少し長い前髪を掻き上げて頭を抑えた。二人の心臓はもう落ち着いていた。



「戻りましょう」

「うん、そうだね」






タイトル模索中。

次回も来週までには上がります。

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