第3話 人間、すべて内面で決まってほしい
車はやがて街中を外れ、大きな道路と工場らしき建物がいくつかあるだけの静かな場所に出た。うたた寝をしていたキーコは時折油断して頭を窓の外に透過していったが、そもそも透明人間なので標識にぶち当たる心配はない。心配するのもアホらしくなって蒼が目を離せば、その隙をついたかのようにキーコは声を上げた。
「――んぁあっだれっっ!!」
「びっくりした」
「ほぁ?」
「寝ぼけてるんですか。急に大きな声出さないでください」
「おあーごめんよぉ……」
「……寝るんですね、あなたも」
「ふぁーあ……そりゃそうでしょ。透明なだけでお腹も空くし……」
「食事はどうするんですか」
「……考えたくない」
「3日以内には解決しないとですね。脱水で死ぬなら1日かもしれないけど」
「なんてこと言うのよぉ、不謹慎よ〜」
「あなた人間なんでしょ。それなら事実ですけど」
――なんて可愛くない男っ!!
ぶすくれたキーコはふいっと顔を背けて窓の外を見た。それから一つ息を吸って今度は明確な意識を持って声を上げた。
「なにこれぇ!!!」
「うるさいなぁ」
「いや、だって、え?」
「覚えてないんですか、防壁」
「いや知らんよ!?漫画でしか見たことないわっ!」
「古い方ですね」
「女の人に"古い"とか言っちゃ嫌われるよ?」
「余計なお世話です」
「キーコ様はお忘れかもしれませんが、この防壁は2年前に完成しております」
「へぇ?」
キーコの視線の先、道を塞ぐように立ちはだかる門は高さ2.5メートルほどだろうか。それに連なるようにして高さ30メートル、横は視界が許す限り分厚い壁が続いていた。
帯只市を縦断する巨大な壁が完成したのは2031年。防壁とシンプルに名付けられたこれは市内に2つ聳え立っているらしい。
「ここはそのうちの一つで、中枢西防壁です」
「門はここだけ?」
「もうひとつありますよ、遠いですけど」
「なんでこんな壁立ってんの?巨人化できる異能力者でもいるの?」
「いるかもしれませんけど、巨人だろうが小人だろうが異能力者は無能力者と隔離されるんです」
「隔離?なにそれ」
「異能力って便利だと思いませんか。その気になったら人なんて簡単に殺せます」
「それを便利というのはどうかと思うけど……」
「それくらい強い力、人を簡単に傷つけてしまいかねない力ってことです。無能力者が異能力者に歯向かうなんて出来ないようなものじゃないですか」
「たしかに?」
「それに、今の化学は追いつけていない。異能力はどこからやってきて、どうして人間が使えるようになったかが、まだ明らかになっていないんです」
「住む区域を防壁で隔て異能力犯罪を抑制してしまおうというのが、この街の政策だったのですよ」
「たしかに、異能力持ってたら簡単に事件が起きちゃいそうだもんね……。警察パンクしちゃいそう」
「それを見越して、異能力者は異能力者だけが住む地域に集められています」
「ここがその場所?」
「もっと東です。壁を越えた向こう側の特異区ってところです」
「へぇ、なんか、嫌な名前」
「なんでですか」
「その人が特異ってわけじゃないもの。たまたま異能力を持ってただけかもしれないのに、異常者みたいだなぁって」
「……そうですか」
車が門の前で止まれば、椎名が運転席から降りて歩いていく。胸ポケットから黄色い手帳のようなものを取り出すのが見えた。
「ここは帯只市の真ん中に位置する中枢区です。許可を得られた異能力者と一般市民がどちらも暮らせる街です」
「あの手帳は?」
「パスゲートです。通行手形みたいなものです」
「みんな持ってるの?」
「はい」
「私持ってないな……」
「そりゃそうでしょう。携帯も持ってないのに」
「あ、そっか。……え!盗られた!?」
「良かったですね、手掛かりゲットです」
「いやだから手掛かり盗られてるのよ!良くないっ!」
「携帯を盗まれたというのも立派な手掛かりでしょ」
「む、そうか……」
通りすがりの悪い奴が取って行った場合を覗くと、無論キーコの携帯には何か重要な情報が入っていてそれが狙われた、という可能性もある。
「単なる事故でこうなってないかもしれないってわけね……」
「…………」
目の前の門扉が音を立てて開いた。ギギギと重厚なそれが立てる音からさながら異世界への扉である。キーコは「おぉ〜」と感嘆の声を漏らした。
「この先は?普通の人たちが住んでるの?」
「はい。筒河名区ってところです」
「……さっきから変な名前だね。つつがなくとか。おびただしとか」
「防壁があるんだからお似合いですよ、本当に変な街です」
先ほどまでいた中枢区もそうだったが、異能力者がいるからといってハイテクなロボットとか空飛ぶ車とかがあるわけではない。門の先には普通の街並みが続いていた。蒼が言うには、市の5割を占める西側の領域らしい。
「ほとんどが住宅街です。スーパー、娯楽施設、コンビニ、歓楽街、テレビ局、一般企業の本社と分社とか。まぁ基本なんでもありますけど」
「逆に特異区には何があるの?」
「住宅街とスーパーとコンビニと……異能力を調べる研究所もあるらしいですね」
「行ったことないの?」
「一般市民は特異区に立ち入れないんです。危ないですから」
「ふーん」
「逆もそうです。厚釜区に異能力者が入ることもできません」
依頼者は一般市民の富豪ということなのだろう。ボディガードと言っていた理由も今ならなんとなくわかるが、あの門が厳重なセキュリティを誇るのであれば異能力者襲撃の心配はなさそうなものである。
「異能力者がいようがいまいが、殺人事件は起こりますから」
「ほんと、嫌な世界だね」
「人間が嫌な生き物なだけですよ」
「……蒼くんってさ、スカしてるの?」
「は」
後部座席からでもキーコにはわかった。蒼が明らかに動揺している。少しそわそわしてちらちらとこちらを伺いはじめた。
「はっ、は、はは、はっ倒しますよ」
「だってさっきから、なんか、ネガティブなことしか言わないから」
「じゃあネガティブって言ってくださいよスカしてるだなんて人聞きの悪い反抗期の中学生じゃないんですから」
「大人のこと嫌い?」
「だから反抗期の中学生じゃないですって何回もしつこいな車から下ろしますよ」
「助手席の人が言う〜それぇ?」
「別にいいじゃないですか大体あなたをこうやって面倒見てるだけでもありがたく思ってくださいよまぁ面倒見てるのは椎名さんかもしれませんけど許容してるんですからね僕だって」
「はいはい、わかったよ〜あおくん」
頬杖をついてにやっとキーコは笑って見せた。少し拗ねたような表情をこちらに向けた後、蒼は深くため息をついて頭をくしゃりと掻いて、それからしばらく何も話さなくなった。キーコは愉悦に浸った。
しばらく進んだところで大きな西洋風のお屋敷が見えた。白い壁が日光を反射して眩しい。そこに向かう坂道の途中で車を降りた蒼とキーコに、椎名はまた迎えにくることを告げて去って行った。
「なんだっけ、ボディガードだっけ」
「えぇ。今日は依頼者の結婚パーティーですから」
「ボディガードなら雇えそうなくらい大きなお屋敷だけど」
「守るのは依頼者じゃないんですよ、そのお父様です」
「え?どゆこと?」
キーコの質問に答える前に、蒼はお屋敷の入り口までたどり着いた。表にいるガタイのいい男に蒼は鞄から取り出した白いカードを見せる。招待状の文字だけキーコには見えた。それを見ると門番の男は笑顔で扉を開いた。
「いってらっしゃいませ」
「ありがとうございます」
キーコは見えていないようで、蒼が通り過ぎた直後に扉は無慈悲に閉められた。仕方ないとはいえ無視されたようで頭にくる。鼻息をフン!と鳴らしてからキーコは扉をすり抜けた。
外観からわかっていたことではあるが、キーコが抱いた屋敷内の第一印象は「広い!眩しい!」だった。あちこちに煌びやかなシャンデリアとお祝いの花やケーキ、装飾品が飾られている。入ってすぐの場所がパーティ会場となっているようで、スーツやドレスを着た大勢の人たちが立食と雑談を楽しんでいた。結婚パーティーとだけあって、とにかく人が多い。
「誰が結婚するの?」
「この屋敷の主の娘にして、今回の依頼主です」
「花嫁さんがお父さんのボディガードを頼んだのね」
「北芽屋工房。ハンドメイドの食器とかガラス製品とかを手作りで――」
「北芽屋工房!?」
「……なんですか」
「いや、なんか、あれ、聞いたことあったような気がして……」
「へー、手掛かりですね」
「うーん……」
「いました」
「なにが?」
「僕の上司です」
蒼の視線の先を見れば、中肉中背の男がいた。黒シャツに赤ネクタイとの組み合わせで白いダブルジャケットが映えている。癖のある茶髪はところどころハネており、少し長い前髪が鼻筋の上で揺れている。20代後半か30代前半といったところか。肝心の顔だが良くも悪くも特徴がない。綺麗に整った顔立ちである。どこぞのアイドルに紛れていても疑わないレベルである。
「か、顔がいいな……」
「顔だけね」
キーコにぼそりと呟いて、蒼は歩いていく。今までの話だと『金にがめつくて女をよく集めている探偵』と、あまり印象はよろしくない。顔が綺麗なだけあって残念極まりない。性格だけはと願いたいところだが、金と女が大好きな人間は往々にして性格がいいとは言えない。
「小鳥遊さん、お疲れ様で――」
「おそーーーーーーーーーーーーーい」
「すみません」
「何をしていたんだ」
「前回の依頼の報告書を」
「私は昨日までに済ませろと言わなかったか?」
「昨日の依頼が終わったのが23時30分。それから15000字ほどの報告書を23時50分に提出して、23時59分に訂正をしろと突きつけてきたのはあなたです」
「口答えか。無能はよく鳴く――」
「事実を言ったまでです。訂正したものはデスクに置いてるんで、後で読んでください」
「……上司の話は遮らないものだよ、来栖くん?君もいい歳なんだから覚えておくといい」
「そうでしたか。小鳥遊さんもいい歳なんですから、疲れた助手を置いて夜の街に繰り出していくのは控えてくださいね」
「無脳に割く時間ほど無意味なものはないからねぇ私は君と違って頭も良くて顔も良くて女性からのお誘いが絶えないんだよ〜まぁお子ちゃまな君にはまだ早い話だ家でママの膝枕を借りて歯磨きでもしていてもらうといい」
「……無駄話ばかりせず、現状を話してもらえますか」
明らかに怒りで片眉をひくつかせた蒼を見て満足したのか、小鳥遊と呼ばれた探偵はニヤリと目を細めて笑った。それから手でついてくるようにジェスチャーを送ってその場を去る。黙ってついて行こうとした蒼に、キーコは思わず走り寄って声を上げた。
「きもっっっ!!!!」
「え」
「あーちがうちがう!あおくんじゃなくてアイツ!きしょすぎ!!」
「……いつものことですから」
「だからって許せないけど!?もう違う仕事探そ?ね?」
「大丈夫ですよ。隣で僕の分まであなたが愚痴ってくれるなら、それで落ち着くんで」
それだけ言うと蒼は小鳥遊を追って行った。
こんな不快な思いをしてまで金を稼ぐ蒼のことも、キーコにはなんだかわからなくなった。胸の奥になにかが詰まるような感覚も、きっとそのせいだと彼女は思った。
出てきました〜 探偵小鳥遊!
次回も来週日曜13時予定!




