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どこにでもある世界を君に。  作者: 緋村魔王
第一章 追憶の苦を私と。
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第2話 ご苦労様です、若人!

 どうやらここが家だったのかもしれない。だが、肝心の失った記憶はぴくりとも反応せず、キーコは数秒固まったのちに目の前の老人に慌てて声をかけた。



「か、顔を上げてください!私実は、その……何も覚えてなくて、ごめんなさい……」

「いえ、構いません。そんなところだろうと思っていましたから」

「え……というか、その、見えるんですか?私が」

「ええ。私には、見えております」

「そっか……」



 異能力が通用しない相手がいるということだろうか。属性的に不利とか?ということはこのおじいさんも異能力者?

 浮かんでは消えていく推論を落ち着かせ、キーコは老人に向き直った。



「私の名前、呼びましたよね?」

「はい」

「私起きたらその、交差点の真ん中で寝てたみたいで……へへ、何があったかなんにも覚えてないので、よかったら、その――」

「できません」

「……え?」

「あなた様の過去を教えることは、私からは致しかねます」

「……え、なんでですか」

「その前に、異能力の説明から始めましょう」



 なんというか、状況の飲み込みが素晴らしく早くて助かる反面、どこか言い知れない不安が残る。そんなキーコをよそに老人は話し続けた。



「人間の脳は実に10%も働いていないという説があります。異能力は脳の働きを爆発的に活性化させることにより、あらゆる常軌を逸したパフォーマンスができる……というものです。一時的であれ、異能力の使用には脳にそれだけの負荷が多分にかかります」



 脳みその稼働率がウンタラカンタラというのは、キーコも耳にしたことがあった。異能力と人間の身体、特に脳みそは直結しているということなのだろう。無闇矢鱈に異能力を使ってはいられない。



「つまり、異能力を使用するのも簡単じゃないってことですか?」

「左様でございます。負荷を無視してしまえば、命を擲って異能力を最大限発揮することもできるのでしょうが……」

「命を賭けて、ですか」

「はい。それに加えて、異能力には"契"というものがございます」

「契?」

「異能力を使える代わりに、その者に与えられた禁止行為のことです。例えば『左手を使ってはいけない』『歌を歌ってはいけない』などがありますね」

「……つまり、どういうことですか」

「キーコ様の過去を私からお伝えすることそのものが、キーコ様の契に触れかねないのです」




 思わず眉間に皺を寄せる。そんな状況で記憶を取り戻せるだろうか。

 目の前の老人は俯いて一つ息をついた。眉を下げて申し訳なさそうな顔を浮かべてから、キーコを安心させるかのようにぎこちなく笑いかけた。



「……と、いうことにしていただけませんか」

「え……?」

「今話したことは、半分本当で半分は嘘です。一つ確かなのは、キーコ様にキーコ様自身の過去を伝えることは、今どうしても出来ない状況にあるということです」

「……はぁ」

「何もわからないことはとても不安でしょう。苦しいでしょう。ですが、何もいたずら心でこのようなことをしているわけではないのです。どうか、お許しくださいませ」



 そう言って目の前の老人は深く深く頭を下げた。よくわからないが、今の話に嘘が混ざっていたらしい。結局自分のことが分からずじまいになるのは変わらないようで、キーコはぎこちなく頷く他なかった。



「なんだか、すぐ説明してもらえて助かったんですけど、その……なんで私が記憶喪失だってわかったんですか?」



 そうキーコが聞けば、目の前の老人は少し眉を下げて笑った。どうにも話せないことが多いらしい。面倒なものである。



「ごめんなさい、いろいろ聞いちゃって……」

「いえ、こちらから何も話せないのですから。キーコ様が謝ることなんて何もございません」

「……あなたのことは、なんて呼べば?」

「椎名肇と申します。なんとでもお呼びください」



 恭しく頭を下げた彼に、キーコもぺこりとお辞儀をする。ひとまず大体のことを理解してくれている彼にお世話になれば、異能力や食事について解決策が見つかりやすくなるかもしれない。しばらく椎名の元でお世話になりたいとキーコが告げれば、彼は少し間を置いて頷いた。

 椎名の案内で屋内へ移動する。先ほどまで庭らしき場所で話していたこともあって、想像していたのは二階建ての広いお屋敷であった。実際、その期待を裏切られることはなく、扉を潜れば目の前に階段。一階は仕事スペースなのか、書斎机がいくつかと資料棚が見える。テーブルを挟むようにソファが置かれており、それらが普通の家では見られない代物だということは、キーコにですら直感的にわかった。



「誰か雇ってるんですか?お仕事スペースって感じですけど」

「ここは探偵事務所でございまして、助手の方がこちらで仕事を」

「へー。……探偵ってどんな仕事するんですか?猫探し?」

「稀にそんなこともありますね。ボディガードや事件解決を任されることもあります」

「すごいですね椎名さん、なんでもできちゃうんだ!」



 キーコがそう言えば、椎名はジッと彼女を見た後イタズラっぽく笑った。



「ここは、私のお屋敷ではございませんよ」

「え?……じゃあ、なに?」

「ここは"坊ちゃん"のお屋敷ですから」

「坊ちゃん?」

「私はその方のお手伝いをしているだけ。ただの使用人でございます」

「ただいま戻りました」



 聞こえたのは若い男の声だ。玄関の方に振り向けば、メガネをかけた男がこちらに向かってきていた。黒いマッシュの落ち着いた印象だ。地味と言われてしまえばそうかもしれない。レンズの奥の仄暗い瞳はこちらをまっすぐに捉えて離さない。



「……」

「…………あの、なにか」

「……あぁ、いえ」

「私のこと、見えてます、か」

「はい」

「透化の異能力をお持ちのようです」

「……あー、そういう感じですか」


 ――そういう"感じ"?なにそれ。


 椎名と青年に共通の認識があるような何かを感じ取りながらも、それは青年の自己紹介によって次第に溶けていった。

 来栖蒼。25歳男性。職業は探偵助手。



「あ、なんだ。助手の方か」

「ご期待に添えずすみませんね」

「探偵助手って稼げるものなの?」

「1番最初の質問がそれですか。女性としてどうなんですかそれ」

「男の人でも1番にお金の話聞かれたら嫌なものでしょ」

「…たしかに」



 やたら早口なそのフレーズを蒼は目を逸らして言った。斜め上だ。思い当たる人でもいるのだろう。大体想像はつくが。



「お金にがめついの?探偵さんは」

「そりゃあもう、前世は貧民ぼっちだったのかと思うくらいには」



 ぼっちがただの嫌味かはわからないが、要はそれだけ今たくさんの人に囲まれてるということだろう。さすが探偵、人望はあるタイプの人らしい。



「街の人との交流も大切だもんね、素敵な上司じゃん」

「そう受け取りますか」

「え?」

「お金がある者に人が集まるのは当然のことですよね。それにあの人が集めてるのは女性です。優しいご年配の方とか可愛い子供たちではありません」

「あっ……」


 ――察した。この探偵助手、とっても苦労人だ!


 ため息を漏らした蒼はメガネを押し上げている。よく見れば目元には隈があった。それでも辞めないのは給料がいいからなのだろうか。



「僕には人生における崇高な目的なんてありませんから。無欲なんです。人は恨みますけど」

「でも無理して嫌な人の下で働かなくても」

「お金が欲しいんです。いけませんか」

「いや、そんなことはないけど心配ですよ?」

「どうして」

「へ?」

「赤の他人に心配するんですか。今会ったばかりなのに」


 ――なぁんか、当たり強いなぁ……。


 キーコ自身の記憶について言及できないのは彼も同じで、先ほどの椎名さんとの会話を鑑みるに彼もそのことを認識しているのだろう。



「あの」

「なんです」

「私のこと、恨んでます?」

「…………」



 蒼は黙った。数秒まっすぐキーコを見つめた後、目を伏せて一息ついてからまた口を開く。



「……いいえ。どうしてそうなるんですか」

「さっきからなんか、当たりが強いから」

「そりゃ急に現れたらこうもなるでしょ」

「やっぱ私なんかしてますよね!?」

「してないんです、本当です」


 それは、怒りというよりは嗜めるような真面目な口調だった。とすると、蒼に怒られるようなことは本当にしていないのかもしれない。


(なのに現れられて当たりが強くなる?どういうこと?)


 考えてもしょうがない気がしてキーコは呆けた。

 少しの間を見計らい、椎名が口を開く。



「これからお屋敷へ?」

「はい。呼び出されたので」

「お送りいたします」

「ありがとうございます。怪しまれるので近くまでで大丈夫です」

「かしこまりました」

「探偵さんの別荘ですか?」

「いいえ、依頼人のお屋敷です。ボディガードを頼まれています」

「そんなことまでするんですね」

「とはいえ、依頼の本質は別にあるんでしょうけど」

「本質?」



 首を傾げながらキーコは車の後部座席に座った。ピカピカに磨かれた車体に気を取られ天井が眼前に迫る。勢いそのまま激突、とはならず身体はやはり天井をすり抜けた。ふかふかの座席に腰掛ける。

 蒼は助手席に座り、シートベルトをつけたのちキーコを見やった。それからThe・二度見をすると、そのままキーコを見つめている。



「……」

「ん?なに?」

「……車、乗れるんですね」

「え?……そりゃあ、ん?」



 身体は透過しているが、車に乗り座席に腰掛けたり車の床を足が貫通することはないらしい。車が発進したのに自分だけ置いてけぼり、ということはなぜか起きそうになかった。



「都合のいい能力ですね」

「まぁ、歩いてても地面を貫通はしないし…あおくんの言う都合の悪い能力なら今頃私地球の核にいるもの」

「異能力を無意識に操れてるってことじゃないですか」

「そんなことあるの?」

「無意識下で行使できてるんですよ。異能力ってそういうもんだって聞きますし」

「へー?」

「どんな異能力を発現するかはひとりひとり違うみたいですから。誰一人として同じ人間はいないそうです。アイデンティティですね」

「生まれながら持ったものだから、教えられなくともわかるってやつ?」

「そんなところです」

「発現してないだけで、みんな異能力者なのかな」

「さぁ。どうやっても使えない無能力者もいるかもしれませんね」

「無能かー、嫌だね」

「……仕事ができないよりはマシですよ。あと言ってくるやつよりかは」

「ん?」



 数秒首を傾げたキーコ。蒼は窓の外遠くを見つめて静かにため息をこぼした。



次週、来週日曜の予定です。

人が死んでます。

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