表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どこにでもある世界を君に。  作者: 緋村魔王
第一章 追憶の苦を私と。
2/4

第1話 私は誰でしょう

 2033年。某国、帯只市。

 少し離れた都道府県の皆様に読み方を聞くのであれば、八割方首を傾げるであろうこの市。もちろん正解は「おびただし」である。特段帯の生産が有名なわけでもないから、たぶんこの地の名付け親は眠たい目を擦ってテキトーにつけたんだろう。同じ県内の友達に「今どこ住み?」などと聞かれれば、答えた暁には「あー、あの(笑)」と半笑いで返されることは不可避である。

 そんな街に訪れた朝日が彼女の目を瞬かせた。



「誰っ……!!」



 寝言にしては大きな声と共に彼女、キーコは飛び起きた。身体が痛い。視界が眩しく目を細めながら辺りを見回す。随分と長く眠っていた気がする。大きく伸びをすると、眠気と反比例してゆるやかに思考が動き出す。そうして異変に気がついた。

 キーコが横たわっていた地面はアスファルトだ。アスファルト、だ。残念ながら屋外確定である。酔っ払ってぶっ倒れてそのまま寝たのだろうか。嫁入り前の女がこのザマはいかん。自身の醜態に頭を掻いた。



「二日酔いじゃないだけマシか……」



 肩を落としながらキーコはよろよろと起き上がる。すぐ周りに人の気配はなく、陽が当たって広々とした空間だ。誰かに見られる心配はないらしくホッとする。

 眩しい朝日が水平線から顔を出している。この時間に人がいないのなら今は休日の朝ということだろうか。つまり、仕事に遅れる心配もないというわけだ。



(さっさと帰って二度寝しよう……)



 いまだに覚醒が進まない寝ぼけた頭でふらふらと確かでない帰路に着く。と、少し離れた場所にある人だかりが目に入った。

 その人だかりはひとつではない。少し離れた場所にまたひとつ、またひとつと、いくつかの人の塊が点在していた。それを繋げばキーコを丸く囲めるかのように存在している。一人一人はコチラを向いているがその視線は手元のスマホに落ちている者がほとんどだ。



(人間魔法陣……?)



 訳のわからないシチュエーションすぎるでしょ、と頭を過ったワードにキーコは首を振った。

 だが、キーコがそう思ってしまうのも無理はなかった。その人だかりとキーコを結ぶように白い横線がいくつも引っ張られていたのだ。その並べ方はいくつかは規則的に見えるが、全て同じ長さで途絶えているようだ。その真ん中にキーコがいるのだ。


 ――別に私は変じゃない。今日だってたまたま外で寝こけてしまっただけだ。魔法陣という空想もだ。自分を生贄に何かが召喚されんとしているように思えても致し方ないでしょ?ほら、今にも私の危機を知らせるように上空では赤く光る信号が――。



「……ん!?」



 脳みそが叩き起こされる感覚に体を震わせた。あれ?今信号って言った?と自問自答をする間も無く、彼女の意識はようやく覚醒する。

 アスファルトに引かれたいくつもの白い横線。赤く光る信号。こちらを向くいくつかの人だかり。自分がその真ん中にいる、――当然だ。

 キーコはまさに今、交差点の真ん中にいたのだ。



「わっ!!」



 素っ頓狂な悲鳴を上げてキーコは大急ぎで歩道に走った。そんな彼女のことなど関係なく非情にも車信号は青に変わる。


(このまま人だかりに飛ぼう!車に跳ねられるよりマシだし、後で謝ればいいし!)


 遠くの歩道。そこにいる人々を視界に入れつつ、渾身の脚力で地面を蹴り飛ばす。朝(昨日)ヒールを履いてこなかった自分を、キーコは心の中で褒め称えた。



「すみませーんっ!!死んじゃいまーーすっ!!!」



 大声で叫び散らしながらキーコは人だかりに思いっきり飛びかかった。それはそれは、前方の人々をクッションとしか思っていない挙動である。それでも自分の命がかかっているのだから致し方ない。手を前に伸ばして彼女は、誰かが受け止めてくれるのを待った。

 水を打ったように静かだ。街の騒音が耳に刻まれるこの一瞬。ここで死ぬか、醜態を晒し生きるか――、とそこまで考えてキーコはとある違和感に気づいた。


(あれ……?)


 目の前のクッション、ではなく通行人の方々は誰一人としてコチラを見ていない。最前列にいる物たちも含めてだ。いくら車の走行音や街の騒音があるとしても、目の前で響いたあれだけの大声を聞き逃し、命の危機にある女性を全員が無視するだろうか。スマホ依存が進む時代とはいえ、あまりにも度がすぎる。


 ――まるで私がここにいない人みたいじゃない!


 そんなことをふと考えた彼女の、伸ばした手の指先がようやく最前列にいたクッション(サラリーマン)に届いた。届いたはずだった。


(え……?)


 今からお伝えすることは紛れもなく事実だ。なんの比喩でもない。

 キーコの指先はサラリーマンの体を貫くようにして通り過ぎたのだ。

 ふと力が抜けるような驚きと疑問、パニックが胸中を占める。なに?目の前で今何が起きている?

 彼女の内心を置いてけぼりに、目の前の不可思議な現象は止まることを知らない。そのままの勢いでキーコは人だかりをその身でどんどん貫いた。指から肘、肩、頭、背中から足先まで人々の体をキーコの体はすり抜けていった。そうしてついに、彼女が歩道に頭からスライディングを決め込むまで、誰の身体にも触ることはなかった。


「…………え?」


 困惑する彼女を一人取り残して、通行者用の信号が青に変わる。キーコは目をパチリと瞬かせて、状況整理を急いだ。










『帯只市中枢区にて、住宅一棟が全焼する火災があり、焼け跡から一人の遺体が見つかりました。警察は、犯人が異能力者である可能性を視野に詳しく捜査を進めています』

『少しずつ異能力者と共存できる未来を。厚釜建設』

『異能力がなくたってチャーハンは美味しくなるんだぜぇ!!?ブラボーハニィィー!!!レッツパラパラァァァ!!!』


 数刻後、どうにか現状を把握した彼女は、街の大型ビジョンで流れるニュースやCMを凝視していた。

 あれから近くの電柱に触れたり、鏡の前に立ってみたり、見知らぬ人に話しかけてみたり…とキーコはいろんなことを試した。そうして10分過ごしただけでもわかったことはたくさんあった。

 まず、あらゆる物や人に触ることができないのだ。壁に手をつこうとするなら、その先に指先が埋もれて見えなくなってしまう。人はある程度の分厚さしかない(?)から、誰かのお腹に手を突っ込めば背中までたどり着く。


(何にも触れないって不便だな)


 だが、不便なのはこれだけではなかった。この事象を誰かに相談しようと声をかけてみたのだが、誰も反応してくれないのだ。別に「不審者か?」と無視されているわけでもないようで、視認されていないと形容した方が正しい。これでは、自力で諸々のことをなんとかするしかないというわけだ。

 頭を抱えた矢先、彼女はまた一つの災難に気づいた。


(私、なんでここで寝たんだっけ?)


 正直いろいろ現実離れした問題が多すぎて、かえってこれが1番の謎になっている。何がどうなったら交差点の真ん中で寝る羽目になるのだ。昨日の自分の行動を辿ろうにも、なぜかぼんやりとしてて上手くいかない。そもそも自分はどこに住んでいただろうか。


(え、待って……)


 ――まずい。これはまずいことになった。


 キーコ。それはわかる。自分の名前だ。だが、どうやっても苗字が思い出せないのだ。それだけでない。自分は何の仕事に就いていただろうか。そもそも仕事に就いていたのだろうか。歳は。学歴は。出身は。


 キーコは、あらゆる自分に関する記憶を失っていた。








 気づけばキーコはどこかの商店街を歩いていた。どうにもならない現状にとてつもないショックを覚え、あてもない道をフラフラと歩いていたらしい。ようやく立ち止まってもすることはため息だけだ。



「どうしたらいいんだろう……」



 記憶があるうち、つまり今朝交差点の真ん中で目覚めてから今までを信じたくなくて、何度も脳内で繰り返す。起きて。信号見て気づいて。走って。身体が透けて。頭から歩道に突っ込んで。



「そういや、あの時痛くなかった……」



 なるほど、と彼女は思った。自力で道を切り開くことはできなくもないかもしれない。まだ現状把握が足りないだけなのだ。


 ――もう少し考えてみよう。痛覚はなくて、怪我もしてなかった。身体は何の怪我もなくて。それから電柱に触ったり、話しかけたりして……。犬にも吠えられなかった。ニュースが流れてるのを見て。



「異能力…?」



 漫画やらなんやらで聞いたことはある。自身の精神力とか体力とかを引き換えに発揮する特殊な力だ。記憶をなくしている以上どんなレベルの力かキーコにはわからないが、粗方空を飛ぶとか、力持ちになるとか、そういったところだろう。

 そこまで考えて、キーコは閃いた。



「……む、透明人間か!」



 我ながら天才的なひらめきである。立ち止まり、自身の手のひらを見る。つまりは――。



「私は異能力者で、透明人間になれる力を持ってる……ってこと!?」



 なんらかの事件で記憶がなくなり、異能力の制御の仕方を忘れてしまっている。そんなところだろう。証拠不十分、あくまで推論に過ぎないが割と筋は通っている気がする。



「なら、尚更記憶をどうにかしないと……」

「キーコ様……?」



 名前を呼ばれ、キーコは身体を固めた。錆びついたおもちゃよろしくぎこちない様子で振り返る。その先にいたのは男だ。白髪を綺麗にオールバックで整え、その身を白シャツと水色のベスト、黒のスラックス、白い手袋が包んでいる。

 彼は目を見開いていた。それは間違いなくこちらを射抜いている。彼は先ほどキーコの名前を呼んだはずだ。



「私のことが、見えるんですか……?」



 キーコが口を開いたと同時に、男は眉を下げ笑った。目を伏せ、キーコの元にゆっくりと歩み寄る。次に立ち止まり顔を上げた時、彼の目は潤みを帯びていた。それから何度か口を開き、パクパクと何かを言いかけようとして迷った後、自身の左胸に右手を当て男は恭しくお辞儀をした。



「おかえりなさいませ、キーコ様」




記憶ないほど酔っ払ったのにちゃんと家に着く現象ありますよね。


次回は来週日曜の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ