原因不明
三題噺もどき―ななひゃくよんじゅうなな。
レースカーテンがふわりと舞う。
ほんの10センチほど開けた窓から、風が舞い込んできたらしい。
まだまだ暑さの残る時期なのに、その風はどこか春風のような柔さを持っていた。
温かで、和やかで、穏やかな、さもすれば梅の香りでもするのではと錯覚するほど。
「……」
風が吹き込んできた。
それだけの事なのに。
なぜだか少し、何かが軽くなるような感覚がした。
「……」
カーテン越しに外を見れば、暗闇に包まれた空が広がる。
また少しずつ満ち始めた月が、静かに見守っているのだろう。
今日の天気予報は曇りだったから、星は見えないかもしれない。
それでも雨の予報はなかったから、散歩には行けるだろう。
「……、」
とりあえずは、目の前のやることをしなくてはいけないのだけど。
煌々と光るパソコンの画面と、広げた紙を見ながらキーボードを叩いていく。
カタカタと叩く音に混じって、時折、カチ―と金属の当たる音がする。
「……」
というのも、まぁ。ちょっとした気休め程度のものではあるのだが。
魔除けとして右手に指輪をはめていて、それがキーボードにあたるのだ。
気になるようなことでもないのだが、普段混じることのない音がするから耳がよく拾うのだろう。
「……」
それで集中が途切れることもないし、何も問題はないのだが。
いかんせん、普段からしているわけではないから、指が動かしづらい感覚が多少なりともあるにはあるのだ。そんな太いものでもないから気にしないようには出来るのだけど。
「……」
あれもこれも、ここ数日の不調のせいなのだけど。
一応、ある程度の回復はしたつもりなのだが……心配性なヤツが居るものだから。
こんな気休めでもしていないと、仕事すらさせてくれない。
今朝だって、仕事するんですか……みたいな目で見られた。仕事しないと生きていけないから仕事するんだが。
「……」
ただの健康上の問題ならそれはそれでいいのだけど。
そういうわけではなさそうだから、こうして魔除けなんてあまり意味もなさそうなものをしている。というか、吸血鬼が魔除けってなんだろうな。魔除けの対象になる側だろう。
「……」
健康上の不調の場合は、アイツが真っ先に気づくし、その場合は分かりやすく現れるのだ。厄介なことに。熱とか、喉が痛むとか。動けなくなるとか。
ただその兆候がないから、何かしらの厄介ごとに絡まれている可能性があって……。
まぁ、とにかく面倒なのだ、色々と。
「……」
これが何か心当たりでもあればいいのだけど。
残念ながらそれらしいものがないから、尚更困っている。
さっさとどうにか片付けてしまいたいし、このままでは仕事に支障が出るし。
あまりアイツに心労をかけたくないのだ。
「……ふぅ」
とはいっても、本当に検討もつかないのだ。
今日は今のところ、少し調子もいいが、時間が経てばどうなるかわからない。
昼食の時間にはもう本調子とはいかなくなっているかもしれない。
そうなればその後の散歩はなくなるし、仕事もできなくなる可能性がある。
「……」
事の原因を探りたい気持ちもあるが、それはそれでさらに厄介ごとに巻き込まれそうで面倒だし。何もかもが面倒だ……。勘弁してほしい。
面倒事が一番嫌いなのに。
「……ぁ」
あれやこれやと考え事をしていたせいで。
このタイミングで気づいたから大事には至らなかったものの。
―ズレていることに気づいた。
「……」
面倒だ……。ほんとに。
「……ご主人」
「ん……」
「昼食にしましょう」
「……ん」
「大丈夫ですか」
「ん……まぁ、」
「……」
「まだ、大丈夫だよ」
お題:春風・梅・指輪




