責任
ギガルトルの二度目の会敵直後。総指揮塔群ライトハウス監視塔、第一監視室。
「私の武器が……あそこまで」
正直、想像以上だった。確かにグラン・バディは自分が設計を行い、開発を監修した武器だ。学校の実習で培った知識や経験、そして自分のセンスとも言うべき直感の全てを注ぎ込んだ自信作ではある。だが、それでも実際に目にすれば、開いた口を塞ぐことすら出来なくなっていた。
射出機能を巧みに使い、目にも留まらぬ速度で枯族の首を跳ねていく。
『武器は使い手次第』なんてのは、軍部ではもはや月並みな言葉だが、それを深く実感する。先ほどまで感じていた不安が、安心感に塗り替わっていくのを感じた。
「貴官だけの力では実現しなかったろうが、あの方の力だけでも不可能だった。あれは、そういう光景だ」
ブリー技術大尉は、いつの間にか私の隣に席を構え、用意した望遠鏡で私と同じ光景を目にしているようだった。
「本当に、他の人の観察に回らなくても良いのですか?」
「これ以上観察すべき戦況があるなら、既にこの部屋に驚声が響き渡っているだろう。貴官はこの異変に気付かぬのか?」
「異変……と言いますと、枯族の数でしょうか。これ程の枯族が同じ場に集まっているのは聊か違和感があります」
ブリー技術大尉の溜息が鼓膜に響く。
「四十五点といったところだな。狼型のように群れを成す枯族であれば、同じ場に留まることはそう可笑しな話ではない。本当に妖しい点は、それらが一斉に姿を現したことだ。いくら、貴官がギガルトル大佐の太刀筋に見惚れていたからといって、あの数の枯族を見逃すとは考えにくい。あの場の殆どが建物の瓦礫や影に隠れていたと思った方が自然だ」
「……とすると、異変は枯族の数でなく、多数の枯族が瓦礫に隠れていたことの方であると」
「そうだ。枯族は人族を害し、殺すことを行動理念とする生き物だ。基本的に頭を使った作戦などを行うようなことはしない。近くの人族に牙を向けるという本能に従う筈だ。枯族が隠れて好機を伺うこと自体、異変と呼べよう」
「確かに、枯族の戦い方にも一体感があるように思えます」
軍事学校で学んだ枯族の知識が、予兆なく繋がっていく感覚。当時は億劫で冗長に思えた講義と実習を通して培った知識は戦場での応用に際し、土台として確かに機能している。
「枯族の数や行動の他にも、大きな瓦礫の下に隠れる際に荷重に潰されないその身体や、蟹型や亀型などの半水生枯族が水辺を離れたエヌスの中心部に姿を現わしていること……考え始めれば異変は尽きん。匂うぞ、今日の戦場は」
ブリー技術大尉の観察力に脱帽する。「自分も早くこうならなければ」という焦燥感と共に、どれだけ経験を積んだところで、「辿り着けるのだろうか」という疑念が湧いてくる。
聴覚に意識を保ちつつ、視覚の方にも手を抜かない。
ギガルトル大佐は、グラン・バディを用いて狼型枯族を一網打尽にしていく。とても、あの重量の武器を扱っているとは思えぬ速度で敵の首を飛ばし行く。その戦いぶりに、統一戦争当時の英雄の姿を見た気がした。
エヌスの街は少しずつ、いつもの静けさを取り戻しつつあった……だが。
次の瞬間、戦場に風が吹いた。
グラン・バディのホルダーから射出された刃が廃屋を直撃し、倒壊する。一瞬、狙いを外したのかと思ったが、どうも違う。英雄の目には何が……。
疑問が浮かぶのも束の間、舞った砂塵の中から、陰が現れた。
「「……人型ッ!?」」
隣のブリー技術大尉と同じ反応……私の目が可笑しい訳ではない。眼前に広がる景色を現実と受け止めようとする。
軍事学校の歴史の講義を思い出す。教官の雑談の一つに『枯人』という存在の話があった。歴史の節目……特に枯族の大規模侵攻等の枯族関連の出来事に限り、姿を現す枯族がいるという話だ。それは、複数の個体が存在し、特殊な魔法を用いるということ以外は謎に包まれているという。
全員で何体いるのか、どんな見た目なのか、何を目的とした存在なのか、全てが不明。目撃情報が非常に限られていることから、戦争で発狂した兵士による狂言とも言われているが、真偽は不明。
だが、私には確信があった。枯人は存在する。昔、家族を殺した枯族の中に人型の枯族を見た記憶が、鮮明に脳裏に焼き付いている。だから、教官の雑談も頭に残っていたのかもしれない。
家族の仇……同じ個体かは解らないが、これまで見たどの枯族よりもアイツに近いことは確かだった。
目測、五千歩長以上。手足も声も届かぬこの場所で、身体と心を震撼させる。震える私の肩を抑える感触があった。その温かな手に少しだけ、冷静さを取り戻した。
「この場は貴官に任せる。少し離れるが、報告は逐次絶やすな」
「承知ッ!」
返事だけは力んでみたが、まだ体の震えは取れない。この後にどれだけの惨劇が待っていようと、対応が取れるよう、息を整える。
重い足音は、少し遠のき、ガチャリという音が聞こえた。状況とブリー技術大尉の反応から、魔道通信機の送話器を取る音であることは想像に容易かった。
「緊急通信ッ! 此方、監視塔、第一監視室。要求のみ通達する。信号弾の使用を要請するッ! 指示は以下の通り。一つ、『エヌス廃墟地帯中央部に展開中の隊は、其方の応援向かえ』。二つ、『その他の隊は索敵及び交戦を極力回避し、ライトハウスの防衛に専念せよ』。以上二点ッ! 繰り返す──」
ブリー技術大尉の淡々とした指示伝達は、三度繰り返される。その無駄のない言葉の羅列には、焦燥感が染み出している。私と同じく、心を揺らしてくれている。
「全責任は私、ハイドアウト第一班長ブリー技術大尉が受け持つッ!」
命と力と責任が絡み合い、重くのしかかる。兵士達が実際に火花を散らす前線から遠く離れた場所それでも歴とした戦場であることを再確認させられ、望遠鏡の先に意識を向けた。
自分の責任が行き着く結末を、心に刻む為に。
面白いとか、続きの読みたいと思った人はブックマーク、高評価、コメントなど何でもお願いします!
どれ? と思った人は取り敢えず1番手軽な高評価をお願いします。
星の色をタップで変えるだけ!
簡単です。よろしくお願いします!
面白くないと思った人でもコメントよろしくお願いします!
Twitterのフォローもよろしくお願いします!
https://twitter.com/Nagomu_Kietsu