枯人
駆る、斬る、狩る。
狼型を中心に、亀型や蟹型が数体ずつ蠢く恐ろしく速い戦場で刃は踊る。パートナーは枯族の首。空中を舞う大きな刃は、次々と的確に駆族の首を跳ねていく。
「そう! これだ! これこそが私が追い求めた最強の武器だ!」
ギガルトルは、グラン・バディのホルダーの引き金を引く。すると、大刃は、目にも止まらぬ速度で射ち出され、やはり枯族の首を切り落とした。
これこそが、英雄の剣の再来……グラン・バディの真価であった。
特殊両剣と冠されたこの武器の真名は『射出機構付き大両剣グラン・バディ』。この剣は、統一戦争時のグランとは、もはや別物だった。
ホルダー部分に新設された引き金を引くことで、その大きな刃は火薬の力で以て射出される。射出された刃は、ホルダーと刃とを繋ぐ丈夫なワイヤーによって巻き取られ、再びホルダーへと接続される。そして、この機構は上下両方の刃に用意されており、一方の刃が手元を離れた状況でも、残された方の刃で敵を斬ることが出来るのだ。中近のどちらの間合いにも対応出来るこの武器は文字通り、セクレトの最高傑作であった。
大刃グランの刃の交換機能を「刃と柄が分離する」機能として捉え、そこから着想を得た。そして、依頼人であるギガルトルの「中距離にも対応できる武器」という希望を叶える為、多くの思考と試行の繰り返しの集大成がグラン・バディなのだ。大きな刃を主体とし、それを装備するという目的の為だけにホルダーを取り付けたグランとは根本的に違い、ホルダーに複数の機能を持たせグラン・バディだからこそ、『剣』の名を付けるに至ったのだ。
「雑兵がどれだけ増えようと無意味! この剣、止められるものなら止めて見せよ!」
ギガルトルは、力いっぱいにホルダーを振り回した。射出された刃は、限界射程範囲である十歩長まで飛んだ後、ワイヤー長を半径とした円を描く。刃の軌道上に居た枯族は示し合わされたように急所を的確に切り取られ、それより内側に居た枯族はワイヤーに巻き込まれる形で一か所に集められた。
ギガルトルはすかさず、再度引き金を引く。今度は射出でなく、ワイヤーリールを巻き取る為だ。ワイヤー部分は勢いよく収納され、巻き込まれた狼達の身体を締め上げる。さながら、旅人が背負うベッドロールのようだ。
身動きの取れなくなった大量の狼たちに、冷徹なる一撃が振り下ろされる。グラン・バディの片割れは、即座に嘶く狼達の首を飛ばした。
「あとは、硬い奴らをチマチマ潰せば終わりか。これ程の武器を作ったあの娘にはお礼を言わんとな」
ギガルトルは息を吐く間もなく、残された亀型と蟹型の枯族に剣を向けた。その時だった。
シャァン。
ギガルトルの背後。背筋を這うような嫌な空気が場を支配すると同時に、瓦礫が崩れる音がした。常人には捉えられない反応速度で振り向く彼を見つめていたのは──
「──兎型の枯族……?」
ギガルトルは猛烈な違和感と不気味さに襲われた。目の前に立つのは唯の小動物の筈だ。しかし、彼の足と手は微々たるものではあるが、確かに震えていた。
この兎がそれほどまでの威圧感を放っているのだろうか──
──否。
「そこだ!!」
ギガルトルは引き金を引いた。方向は自分の視界の端の廃屋の影。身体と目を向ければもう少し命中率は上げられたろうが、先手を取ることの方が今は重要だった。
射出された刃は、的確に廃屋の柱に突き刺さる。そして、その衝撃により、弱っていた支柱達は悲鳴を上げ、傾く形で倒壊した。英雄の目に映る『何か』を下敷きにして。
「……っと。こんなに荒れた戦場では観戦に興じることも出来ませんね」
ギガルトルが感じていた違和感と不気味と一縷の恐怖は、彼の焦点と共にそこに交差する。
瓦礫と土埃に映し出された影は、まさしく『人型』のものだった。
英雄は油断をしない。刃の射出と同時に駆け出した二の太刀は、今まさに標的の前にあった。
「おや、危ない。中身を弄ってもこれ程とは、中々に無茶な武器をお持ちのようで。折角集めた枯種でしたが、これを見る為の犠牲と考えれば安いものかもしれませんね」
『人型』の首筋を狙って叩きこまれた一撃は直撃する刹那、勢いを失って不発に終わる。首を通過する筈だった大きな刃は、いとも簡単に止められてしまった。親指と人差し指……たった二本の指に挟まれて。
「……噂には聞いていた。人型で人語を解し、枯族を率いる枯族がいると。そして、それは例外なく特殊な魔法を用いるとッ」
「おや、そんなところ迄知られているとは、完璧な仕事を熟せぬならず者も居たものですね」
土煙が無くなり全体像が現れた。
漆黒のロングコートを羽織り、絹帽子から鬱蒼たる緑色の髪を垂らした男は、重厚で気品のあるコートは肩から袖まで流れるようなシルエットを描いている。中に着ている深紅のウエストコートには金糸の刺繍が施され、胸元には白のフリルが揺れている。一目見ただけでも高貴さと威厳を感じさせる。
「軍部では、人語を使うことから『枯人』と呼ばれていたか。伝承や迷信の類かと思っていたが、実在したか」
その言葉を聞いた途端、『枯人』と称された者の顔は豹変した。しかし、それを悟られぬように即座に顰めた眉を緩ませた。
「傲慢だ。まるで、自分たちが世界の中心に居るような物言い……貴様らが使うその言語だって、自分たちだけの言語だと思い込んでいる」
柔和な笑みから漏れ出た小さな呟きは、必死に三の太刀の行方を考える英雄のもとには届かない。
ギガルトルは、剣を掴む手を振り払おうと引っ張るが、刃は枯人の指を離れない。あたかも、刃が指にピッタリと張り付いてしまったかのようだ。
しかし、そんなことよりもギガルトルは、全く別の違和感に身体を苛まれていた。そして、動かずに、ただ剣の勢いを抑え続ける敵を前に流れる悠長な時間は、彼を真相まで導いてくれた。
「貴様、コイツの重さを操作しているな?」
そう。ギガルトルの感じた違和感の正体は重さだった。振り被った際には、はっきりと感じられていた筈の剣の重さは、枯族に当たる直前、あるいは当たった瞬間にそれを手放した。手応えの有無や、力の入れ方の問題ですらなく、グラン・バディ自身がその重量を失ったのだ。
「おやおや……まぁ、なんと品の無いことでしょうか。手品師がタネを明かすまで、トリックの内容は禁句でしょうに」
枯人は、口角を上げて妖しい笑みを漂わせる。怖気の走る目は弧を描きながら、それでも英雄の身体から目を背けなかった。
「ま、獣にマナーを求めるというのもナンセンスな話です。ここは、躾が必要でしょうか」
刹那、世界が傾く──
──否。
傾いたのはギガルトルの巨体だ。彼は、何の前触れもなく、あまりにも自然な姿勢で前方に倒れ込んだ。無論、その先には枯人の身体が存在した筈だが、奴は既にバックステップでその場を後にしていた。
ギガルトルは何が起こったのか解らなかった。だが、それを理解するよりも先に、彼の瞳は絶望の景色を映し出していた。
「これ、良い武器ですね。でも、武器を選ばぬ私ですが、一つだけ意見を」
ギガルトルの右腕に握られている筈の特殊両剣は、何故か枯人の手に握られていた。そして、品定めをするようにその刃を眺め、ゆっくりとその剣先をギガルトルの方に向けた。
英雄は思考を止めない。頭の回転を止めない。瞳の動きを止めない。今この苦境であったとしても、逆転の一手を打つために必要な情報を捉えようとする。凄まじき執念だ。
しかし、相手が悪かった。英雄の眼前に立ちはだかるのは、執念すら飲み込む巨悪であったのだ。
「もう少し軽い方が持ちやすいと思いませんか。特に、こうやって使うときは」
枯族は躊躇無くグラン・バディの引き金を引く。
射出された大きな刃は真っすぐに飛び立った。自分の持ち主を標的にして。
「ほら……やっぱりね。武器は軽くするに限る。勿論、敵に当たる瞬間にだけ質量を元に戻して、という注意書きは要りますが」
枯族が跋扈する戦場。二つの人影の間に残されたのは、冷たい一言だけだった。
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