荒廃の街の激戦
エヌス廃墟地帯。かつては他国との交易で栄えた多色の街は、枯族侵攻により、いとも簡単に灰色一色へと塗り替えられた。廃屋が残る中心部はまだマシで、港近く一帯は更地となり、火山島としての機能を取り戻しつつあるらしい。
魚や果実、野菜に加えて他国から取り寄せられたお香や石鹸など、色々なにおいが混じった空気が流れていた街はもはや過ぎたものとなった。今は、木材や火薬が燃焼されたことによる刺すような焦げ臭さと、血肉が燃えた独特の鉄臭さだけが街に流れていた。
風土的には雪の降らぬ街に、今では白い物が常に街を覆っている。
──灰だ。
燃え尽きた物は灰や煤へと姿を変え、街へ入る者を無差別に襲う。そして、それは、多くの偉業を成し遂げた大英雄にとっても同じことだった。
ギガルトル・ティタンは、片手で口元を抑えながら、ゆっくりと廃墟の中を進んでいく。
ガシャン。
静寂の中に音が響く。廃屋の影から現れたのは、見るからに禍々しい紫紺の葉を携えた巨木……それを背に携えた玄甲だった。苔と草木が生い茂る甲羅はギガルトルの巨体を優に覆う程の面積を持ち、巨木は一階建ての小屋一つ分の高さで見る者を威圧する。
型の枯族。ギガルトルは即座にそう判断し、グラン・バディの剣先を相手に向ける。
「ようやくお出ましか。本当はもっと早いことおっ始めたかったんだ」
亀型の枯族は、甲高く不快感のある、錆びた金属同士を勢いよく擦り付けたような声を発する。その後、その巨岩の如き身体を駆け出した。勿論、向かう先はギガルトルだ。
「試し切りには丁度良いデカブツだ! この武器の性能、確かめさせてもらおうか!」
兎の如き飛翔。常人には見えぬ速度で飛び出した。
交差する二つの巨影。飛んでいた方の影が地面に着いた時、初撃の雌雄は決した。
スー、ドォン。
美しいほどに平らな断面図を描きながら、巨木は斬られ、土埃と灰を伴って瓦礫の中に落とされた。
亀型の枯族は、濃い苔色の肌を真っ赤に染めながら、嘶いた。身体に走る激痛を伝えるような悲しい声にも聞こえた。
しかしこの間、英雄が歩みを止める訳ではない。
「ふん。切れ味はあの時のままか……ならば!!」
慈悲無き英雄の二の太刀が甲羅に叩きつけられる。グラン・バディは鈍い音を響かせながら、強固な甲羅に弾き返された。
「耐久値も結構! では仕上げと行こうか!」
弾かれた衝撃を受け流す形で体を捻り、剣の柄を持ち変える。そして、弾かれた方とは逆の刃が振り下ろされた。
「ギャオォォン!」
重苦しい断末魔の束の間、血の雨が周囲を覆う。太くて長い重厚な首は、いとも簡単に切り落とされた。何せグラン・バディは両剣だ。剣が弾かれたエネルギーは、そのまま、もう一方の刃からの攻撃力に変換される。枯族の受けた衝撃は、計り知れない。
顔に降りかかる赤黒い血液を手で拭い、身体に付いた灰を払う。ゲフン、と喉に入りこんだ灰に咳をついた後、ギガルトルは両手を合わせた。
魔力による強化はあれど、長い年月を掛けて成長した巨体は、英雄の前には肉塊に同義だった。しかし、彼は冷酷にもなりきれないのだ。
枯族とは、大気を覆う魔気を伝い、身体に魔樹の種子を植え付けられた人族以外の動物のことだ。身体が種子に蝕まれれば、温厚さは獰猛さに代わり、あらゆる行動原理が、食事にありつく為の攻撃意識へと塗り替えられる。つまり、生まれ育つまではこうして人前に顔を出すことの無かったものすら、人を襲う害獣と化すのだ。そこに、意思や思想は介在しない。
心優しき動物であったことを祈り、合掌する。それは、ギガルトル・ティタンの枯族戦には欠かせぬひと時であった。
「さて、進むとしよう。ここまでの大型が出たのだ、本丸は近い」
決意の炎を目に宿し、英雄は歩みを進めた。
──
「あの巨躯をたった三撃で……統一戦争の伝説は実話だった?」
ギガルトル大佐の一連の動きに舌を巻く。彼の戦いぶりは、私の想像を遥かに超えていた。
「実際に対面したというのにまだ疑っていたのか?」
独り言だったつもりの言葉に返答があり、背筋が伸びる。言うまでもなく、ブリー技術大尉だ。
まだ居たのかというか、他の人の観察に口を出さなくともよいのかというか。兎も角、この人は人の背後を取るのが上手すぎる。
「あの伝説には脚色が多いのは事実だが、一騎当万の二つ名は伊達ではない。それに……貴官が見た最初の二撃はおそらく試し切りだ。あの方は一撃のもとに獲物を仕留める狩人だ」
「一騎当万……これ程までとは」
まさか。流石に買い被り過ぎだろうと思ったが、その考えは心の中に仕舞い込んだ。何せ、あの人は英雄だ、何をどうしたところで、目に焼き付いた伝説が崩れることはない。
「なっ!?」
意識を望遠鏡の先に向けると同時に声が漏れる。ギガルトル大佐の進む先、先程まで居なかった筈の複数の影が見えた。それも二つや三つじゃない。五十を遥かに超える数……一個魔鎧小隊、もしくは、歴戦の兵士率いる一個中隊に匹敵する戦力だ。街の中心、大量の瓦礫の下に潜んでいたのだ。
気づかなかった。ギガルトル大佐の剣筋に釘付けにされた。いや、もはやそんなことはどうでも良い……今すべきことは──
「敵勢です! 数は五十以上!」
「……索敵を怠ったか。距離は?」
「六十歩長にも届きません! 急ぎ、総指揮塔に連絡を!」
「総指揮塔……信号弾か」
総指揮塔の信号弾。その色により、前線部隊に指示を送る。赤なら「危険、引キ返セ」。黄色なら「危険二備エヨ」。青なら「危険無シ、急ゲ」といった具合だ。そして、弾数によって指示対象を示すのだ。小隊や中隊には、それぞれ隊番号が割り振られ、その番号と照合する形である。
本来であれば、小隊や中隊毎に魔道通信機を携帯させられれば効率的なのだが、それも厳しい。魔道通信機を作るには国が動く程の予算が詰め込まれている。アレはおいそれと配布出来る物ではないのだ。
だから、今出来る一手を、と思い至ったのだ。
だが──
「──無駄だ。魔道通信の時間差を考えれば、間に合わん」
「そ、そんな……」
「だが、我らに残された選択が無くなった訳ではない」
「な、なんでしょうか!」
これは紛れもなく私のミスだ。私だけでは償えない私だけの罪だ。それを取り返す為なら何だってやってやる。そう思っていたというのに……。
「祈れ」
ブリー技術大尉から出た指示は、何の確証もなく、何の解決にもならない気休めだった。
「ただ祈るのだ。貴官の作った武器の出来を。あの方の実力を。それらが生み出す小さな奇跡を」
だが、数字しか信じないこの人から出た言葉と思うと、無駄なこととは思えなかった。
「両掌を組み、見届ける。それが貴官が出来る唯一の責任の取り方だ」
……パンッ。
沈黙の後、勢いよく合掌し、手を組んだ。他の観察員の視線を感じるが、どうだっていい。
逸らしたい現実から目は背けない。視線は常に望遠鏡の先だ。
一歩、また一歩と枯族の群れに近づく英雄の姿は、普段よりも更に大きく見えた。彼が行き先に敵を見るのに、そう時間は掛からなかった。
「……会敵です」
怖く、苦しい戦いの幕はまだ下りない。
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