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英雄と呼ばれる男

 総指揮塔群ライトハウス直下、エヌス前線基地。


「君か。この武器を作ったのは」


 第三班の猛者どもすら遥かに凌ぐ巨体が眼前に立つ。これでブリー技術大尉の十以上も上だいうのは世界の正気を疑う。 

 しかし、残念ながら事実だ。武器開発時から常に配備予定者のデータを読み取って作られるのが、『専用武器』の常。あの巨大な武器を振るうには、あの巨体に隆起する見るからに強固な筋肉と、それらが接続する剛腕が必須条件となる。


「はい! ハイドアウト第一班所属、セクレト・バイス少尉であります! 何か不備がありましたでしょうか!」


 元気よく、ハッキリと。怖い相手や、力量を測れぬ相手には、まずコレだ。


「これは、グランと全く同じ素材で出来ているというのは、本当なのだな?」

「はい! そうするように指示を受けましたので」

「そうか……」


 私の製作した武器を吟味する刺すような鋭い視線と、堀深い強面、そしてやはりこの巨体と巨腕と、それらに隆起する筋骨。その視覚情報のどれもが、この人を伝説たらしめているように感じる。


 ──そう。私の目の前に立つこの人こそ、大陸統一戦の大英雄、ギガルトル・ティタン其の人であった。今の階級は確か、大佐だったか。本来であれば私のような一兵卒は話かけることすら憚られる存在だ。


「中の『線』の強度も変わらんのか? あと、『仕掛け』の方も」

「はい! 直径長をできる限り削りたかったのと、曲げやすさを意識し、刃部に用いている金属とは違いますが、強度試験はオールクリアとなっています! 無論、ホルダー内の機能も同様です」

「そうか……」


 何なんだ、この一問一答は。絶対にそんな事はないのに、一言一言に自身の首の皮が掛かっているように感じる。凄まじい圧だ。戦場でこの圧力を感じる事となる枯族には同情すら感じる……いや、枯族に情けなど必要ないが。


「再度聞くが、これは君が作った武器なのだな?」

「はい!」

「それは──」


 英雄の片手がこちらに伸びる。やはり、何か不備でもあったのだろうか。

 聞いたことがある。一度の行き違いとミスが命取りになる前線では、決まりを体に刻み込む為に肉体言語を用いると……。

近づく痛みの恐怖に目を逸らすよう、瞼を閉じた。



「──素晴らしいな」



 頭に感じたのは強烈な痛みではなく、優しい手の感触だけだった。

 皺の入った大きな手は、私の頭の上を二往復した後、二度ポンポンと頭頂部を叩いた。


「この齢でこの完成度の武器を作るか……。それも、私の我儘である机上の空想を実現する険しい道だ。近年の軍事学校が凄いのか、それともブリー君の教育の賜物か」


 褒められた……のか?

 顔は依然として険しいままだが、声だけは弾んでいるように感じた。ブリー技術大尉の言葉通り、この見目の裏には、穏やかな本性が隠されているのかもしれない。


「いいや、これは特別です。飲み込みが良く、イメージを形に出来る力を持っている……優秀さは先天性です」


 頭を撫でる手が増える。後方の声は、ブリー技術大尉のものに違いなかった。


「そうだとしても、受け答えや武器の作り方は君の系譜のものだろう? 三十五年前の君を見ている気分だ」

「ハハッ。当時は何も知らなかった……現状をよく見れている彼女に失礼ですよ」

「そうかね? 私に言わせれば、あの戦場でグランの実戦導入を実現した君こそ、英雄と呼ばれるに相応しいと私は思うが」

「買い被り過ぎです。私は、『戦場での刃の交換ができる武器』というアイデアと、それに適した金属素材を提出しただけ……それを伝説までに押し上げたのは、貴方の武勲に他なりません」

「流石、技術屋だ。お口が上手い。そういって、士官を励まし、武器を持たせて戦地へと送り出す。そうして、持ち帰ったデータを次の兵器開発に活かす。そのようにして戦争は上手く回っていく」

「あの……」


 発言するタイミングを見失いかけ、口を挟み込む。ベテラン技術士官と、前戦争の大英雄。そんな二人の会話に首を突っ込むのは、私の立場では赦されないが、どうしても確認せねばならぬ内容が、会話の中に隠れていた。


「「ん?」」


 二人は図らずとも同じような反応で私に顔を向ける。あまりの威圧感に萎縮してしまわぬよう、姿勢を整えた。


「私の聞き間違いで無ければですが、大刃グランの原案の発案者が、ブリー技術大尉だという風に聞こえたのですが」


 ブリー技術大尉は顔を背け、ギガルトル大佐は首を傾げた。


「なんだ、言っていなかったのかね? 私はてっきり、そういうつもりで担当させたのだと……」

「聞かれていませんでしたので。必要な事と、聞かれた内容以外は話さない。ギガルトル大佐が言うほど、技術屋は器用な人間のいる職ではありません」

「ふっ、そうか。君が話す気がないのであれば、私から伝えておこう。セクレト少尉……だったか?」

「はい!」


 英雄の口から自分の名が出て背筋が伸びる。彼の記憶の片隅にでも自分の存在が刻まれたような実感が身を覆い、自分自身が歴史の一片に遺されるように錯覚する。


「君の指摘通り、グランの発案者はブリー君だ。当時はまだ、二十を超えたばかりの若造が考えた武器と知った時は驚いた。何せ、グランは自分が最も求めていた武器だったのだからな。今回の件だって、ブリー君が居るという理由で、第一班に願い出た」

「そ、そんな大層な案件を私みたいな新米が受け持って良かったのですか?」

「それは、使ってみてからのお楽しみだな。だが、ブリー君が仕事を託したということは、君への期待の裏返しだと私は思うがね」


 ブリー技術大尉は、顔を背けたまま動かない。だが、反論しない所を見ると、少なくとも今の言葉は間違ってはいないようだ。


「私は、ブリー君を信じている。そして、そんな彼が期待する君と、君が作った武器にも期待している」


 期待……か。その希望に満ち溢れた感情も、裏を返せばそれに応じた責任の現れ……英雄の存亡を掛けた武装であるなら尚更だ。だが、ブリー技術大尉からのプラスな評価は珍しい。捻くれがちな私は、英雄からの期待と直属の上司からの珍しい評価を、真正面から受け止めることとした。


「それほど気負うこともない。試行錯誤、それが兵器開発の本質だ。初めから完璧な兵器など作れる筈もない」

「でも、ブリー技術大尉は初めの開発でグランを産み出したわけですよね?」


 諭そうとするブリー技術大尉に異を唱える。


「あれは、運と上層部の采配が良かっただけだ。さっきも同じような事を言ったが、大刃グランを完全な兵器にしたのは、その性能を百パーセント以上引き出したギガルトル大佐だ」

「私の『グラン・バディ』は専用武器です。一度の失敗も──」

「──赦されない、かい? それは違うな」


 不安さに顔を落とした先、声が聞こえた。


「武装を敗北の理由とする戦士は二流以下だ。そして、君の前に立つ男は一騎当万のギガルトルだぞ? 武器の出来など些事に過ぎない」


 顔を上げた先にいたのは、英雄だった。先ほどまで話していたギガルトル大佐ではもはや無く、人の希望を、人の願いを、人の明るさを、人一人の等身大に詰め込んだ、まさしく英雄と呼ばれるに相応しい姿だった。


「にしても、そうだね、ブリー君。武勲というのは立てておくものだね。勝手に付けられた二つ名も、でっちあげられた英雄譚も、人を励ますには役に立つ」

「貴方の場合は、伝わる話よりもっと偉大な戦績を残されているでしょうに」

「全て、三十年以上も前の話だ。今となってはただの老骨の昔話……こういう場面以外で使うこともない。現に、厄介払いを相次ぎ、こんな最前線まで飛ばされてしまった。魔力適正も聖力適正も無い木偶の坊には、お似合いの末路かもしれんがね」

「上層部は、英雄の扱い方というのを解っていない……いいや、あの日の英雄を夢に見て、この厳しい戦況を変えたいのかもしれませんね」

「そんな含蓄のある配属とは到底思えんが……。どちらにせよ戦場での最期を望んだのは他でもない自分自身だ。その為にこんな歳まで軍部に残った。妻との出会いで一度は、戦場を離れようとも思ったが、そんな妻も既にこの世にいない。決めた死に場は此処しかない」


 戦場に生き、戦場に散る。戦士にとっては、最高の人生なのかもしれないが、やはり私には無理だと思う。それでも、そんな苦痛の人生の果てが儚く綺麗な花の散り際のように見えたのはきっと、ギガルトル大佐が一片の後悔もなく、戦場に立っているからなのだろう。


「さて、もうそろそろ遊撃隊の出撃時刻ですな。我々は監視塔に戻ります」


 ブリー技術大尉が、持ち前の魔道懐中時計を取り出し、時刻を確認していた。


「ライトハウス……大陸最大級の聖樹の枝木を主軸とした総指揮塔群か。あんな樹の枝で守れる平和に命を掛けるというのも、馬鹿馬鹿しく思えてくるな」


 空へと際限なく伸びる総指揮塔を見て、ギガルトル大佐は吐き捨てた。下から見上げる三つの塔は、心なしかいつもよりも高く感じた。


「聖樹の枝木にはその大きさに応じて三、四ヶ月という効力の期限があり、その影響範囲も段々と狭くなります。そして、聖樹を有する国であるハーフィリアでも枯族の侵攻が進み始めた影響で、その枝木すら手に入りづらくなって来ています。ですので……」

「皆まで言わずとも、解っておるよ。戦うことがこの国の為となることは。それに、戦う理由は自分で決めた。戦う場所も、戦う大義も自分では決められない……だが、剣を握る所以だけは自分で決められる。戦況や、そこに至る経緯はそれとは関係しない」


 制止されたことで初めて、自分が口にしようとしてものが『慰め』であったことを理解した。そして、それと同時にギガルトル大佐への申し訳ない気持ちに苛まれた。私は、戦士に戦う理由を説こうとしたのだ。これほどまでに恥ずべき行為は無いだろう。

 それでも、ギガルトル大佐はそんな私の頭をもう一度撫でてくれていた。乾燥と幾層ものチマメの痕によって固められた表面に反し、弾力を失った柔らかな質感。苦労と年季を感じるその手に、仄かな懐かしさを憶える。先ほどまでは気にする暇すらなかったが、感じてみれば、この人の身体が唯の老人のものであることは明白な事実だった。


「出過ぎた真似でした。ギガルトル大佐、ご武運をお祈りします。どうかご無事で」

「あぁ。孫にも等しい齢の娘にそう応援されては、頑張る他ないな」


 私の敬礼に合わせ、ブリー技術大尉も軍帽の庇に指先を添える。ギガルトル大佐は、笑顔でそれに応じた。

 互いに踵を返そうとした矢先、ギガルトル大佐はブリー技術大尉の名前を呼んで問いかけた。


「まだ、フリスク君は元気かね?」


 ブリー技術大尉は、一度顔を落として目を瞑る。そして、暫くした後、朗らかな顔を上げた。


「えぇ。実験の方で少々ヤられてはいますが、健康状態に問題はありません」

「そうか。彼には、私と違って適性があったな。これも、持てる者の義務か……。ブリー君、老骨の最期の願いを聞いてくれるかね?」

「私に出来ることなど限られてはいますが、可能な範囲であれば」


 ブリー技術大尉のこれほどまでに従順な返答は初めて聞いた。そもそも、この人が上の階級の方々と話す事を見ることもあまりない。定例会議だって、ハイド・アウトの班長同士の結果報告会に過ぎない。上からの指示は、班長を通じて私に伝えられる。その機会を減らすよう意識しているようにすら感じる。上の方針か、ブリー技術大尉の独断か……真相は掴めないが、今はただ黙って置くことにしよう。


「なぁに、簡単なことだ。仲間のことをよく見てやってほしい。彼も、この娘も、他の子達も。戦争には、多くの選択肢があり、そのどれもが取り返しの付かぬ失敗を孕んでいる。そして、質の悪いことに、そこに他の選択肢があることに気付けないことが殆どだ。だから、そういった場面をいち早く理解し、他の選択肢の存在を教える先導者がいる。聡く、技術屋として長く経験を積んだ君には適任だろう?」

「選択肢ですか……。この戦火の渦中にどれだけそう取れるものがあるかは、考え物ですがね」

「そうかね? 人間は本来自由な生き物だ。陸を走れ、海を泳ぎ、言葉を話せる。生きてさえいれば、なんとでもなる。一度軍を退いた君の方がそれはよく解っている筈だ」


 ブリー技術大尉は、何かに気付いたようなハッとした顔を見せた後、顔を緩めてギガルトル大佐に向き直った。心なしか、その眼に生気の光を宿したようにも見えた。


「……肝に命じます。仲間を想うこと。そんな簡単で大切な感情すら、戦争という悲劇は薄れさせてしまう……早く終わらせたいものですな」


 ギガルトル大佐はにこやかな笑顔で頷いた。


「では、その為にも互いに全力を尽くそう。技術士官と兵士……立場こそ違えど、向かう道は一つだ」


 英雄の言葉により、会話は締めくくられた。私達は急ぎ、監視塔に戻った。

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