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現状

 リバーシア公国。世界最大の大陸ハーフィリアの北部に漂う陸地を治める小国である。

 国民は、この陸地のことを『フィーシャ大陸』と呼ぶが、その実態は島国に近い。数百年前、海底火山の大噴火で形成された広大な島は、その気候と潮の流れの良さから遠洋漁業の中継地として繁栄した。ハーフィリア有数の貴族、リバーシア家の手によって。

 それから短くない時を経て、造船や海洋枯族に対する武器の作成を行う工場地帯が国の中心部に形成されてきた。

 本来であれば、その後数百年もその繁栄は続く筈であった。しかし、その安寧は二年前に突如として、簡単に崩れ去った。

 『枯族侵攻』。各地で勃発した枯族の大型侵攻作戦が始まった。

 枯族の脅威。五百年前、大量の枯族を屠り、人族と枯族との生きる世界を物理的に分断した聖剣伝説を境に、人類はそれを忘れていた。

 長き安寧は、人類の感覚を麻痺させていた。枯族は、現状に決して満足しない。人類の住む領地を侵し、殺戮を繰り返す。たとえそれが、大きな犠牲を孕むコイントスだとしても。其処すら自らの居場所とする為に。まるで、自分だけがこの世界にとっての正解だと言わんばかりの傲慢さでもって。

 人類がそんな簡単な事実を忘れられるに至る平和を築いた五百年間は、枯族にとっての準備期間に過不足なかった。一度、人族に敗北した屈辱は、自らの誇りを大事にする枯族の復讐心を湯煎させてきた。そして、極限まで煮詰められた人族に対する悪意は、一つの出来事をきっかけとし、突沸した。

 枯王の復活。五百年の聖剣伝説によって滅せられた筈の枯族を束ねる王が長き眠りから目覚めたのである。それは、王に相応しき生まれを持たず、王に適した器量もない。ただ、王という種族として生まれ、枯族を率いるその能力により、自然発生的に王となった。五百年、勇者の聖剣によって刻まれた傷は癒え、枯族の溢れる野心に火を付けた。焚き付けられた枯族は、聖剣により分断されたハーフィリア西部の人族領を除き、無差別的に周辺諸国を侵攻。リバーシアもその煽りを受けたに過ぎなかった。

 二年前、フィーシャ大陸南東部に枯族の船が上陸。水性の枯族への攻撃方法しか持たない港町は、いとも簡単に占拠された。魔樹より制限無く放たれる魔力を用いた魔術は人族を最も簡単に凌駕した。

 大陸全土が魔族の手に掛かるのも時間の問題と思われたその時、リバーシアは人族としての足掻きを見せた。

 公王ストーネ・リバーシアは、ハーフィリア西部のオキシズ王国から枯族が苦手とする聖樹の枝木を取り寄せ、侵攻された南西部を囲い、枯族の侵攻から一時的に封鎖した。そこから、リバーシア存続を懸けた国民総統開発が始まった。造船技術、水性枯族に対する攻撃技術、漁具の開発技術……どれを取っても枯族との地上戦技術とは程遠い。

 しかし、泣き言を言っている場合でもない。聖樹の枝木の効力は半年と持たない。それを繰り返し植え続けることにより、与えられた短い時間の間、ストーネはオキシズ王国より技術者と戦略家を派遣し、利用できる生産ラインだけを残して大陸中部の工場地帯を枯族との戦争用に再構築した。軍事学校、防衛関係施設の設立、対陸生枯族用武装開発、魔術のメカニズムの解明等々。非常に多種多様な手法で枯族との対抗策を講じた。

 再構築後、大陸中部は軍事施設に覆われる。その中でもストーネが自らの手で創設したのが、特殊魔動具開発機構『ハイド・アウト』である。その場所では、魔族が魔力を力や武器に変換するメカニズムの解明を待たずして、人族が魔力や聖力を用いる為の道具の開発が開発される。無論、そんな得体の知れない物の開発には、少なくない犠牲が付き纏う。ハイド・アウトの存在はそれ自体が人道から大きく外れる組織なのである。


「……ったく、どうしてそんなヤバい組織に首を突っ込んでしまったのか」


 薄暗く、微かな寝息が聞こえる程度の静けさを張り詰めた部屋の中。資料と一本のペンが転がるデスクの上、セクレト・バイスは呟いた。

 上司からの指示通り、魔道連への資料作りに励んでいたセクレトは、このハイド・アウトという組織を他組織に説明する為、その起源にまで立ち返っていた。多くのことを国家機密として秘匿するこの組織の説明には手間と時間がかかる。そして、それが人道から外れる組織であれば尚更だ。誤解無く伝えるのは難度が高い。


「そもそも私自身が納得出来ていないことを、相手に納得してもらえる訳がないのにね」


 説得の糸口を探っていれば、既に深夜を回っている。三日三晩働き詰めの第一班は、久方ぶりの休暇を得た筈だったのだ。しかし、現実はどうか。休眠室に行ったのは、半数にも満たず、それ以外の多くはデスクに突っ伏し、苦しい作業に耐えかねて、夢に誘われている。

 セクレトの目には、これは健全な社会の光景には見えなかった。他班の現状は詳しく知らないが、恐らく実情は変わらない。ハイド・アウトの人間は、既に逃げられぬ位置にいるのだ。


『一つ業務を持ち越せば、最前線の人間が一人死ぬ。一度、長い休暇を取れば、一小隊が壊滅する』。


 ハイド・アウトの中では常識的な考えであった。

 極秘裏に行われていた魔道具の開発は既に、それがなければ前線を維持できぬ程に必須項目に成り上がり、前線部隊の中ではそれが暗黙の了解とされている。この考えの推移は、ハイド・アウトの規模をさらに拡大し、より自由な活動を赦すと同時に、その場で働く士官達の首を締めるに至った。

 戦争が終わるまで、真に眠れる日は来ない。


「ほんと、この際ハーフィリアの聖剣使いが枯族を一掃でもしてくれたら楽なのに」


 昼間の会議で、上司の楽観を嘆いたとは思えぬ自身の言葉に、セクレトは苦笑した。

 事態を甘く捉えているのか、そうでもしないと心の安寧を保てないのか。真意は本人にもわからないが、この施設内では、現実に向き合う暇すら与えられぬという状況のみが真実だった。

 その後、数十分作業を続けたセクレトは、現実と夢の狭間を彷徨いながら眠りについた。


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