白煙中の閑談
「はぁ……もっと頑張らないとな」
口から出た白煙は、天へと上る前に風に吹かれて霧散する。
ハイド・アウト本部屋上、施設唯一の喫煙可能区域。軍事工廠付随の施設なのだから、至る所で硝煙は上がるだろうに、きちんと喫煙区域が設けられている。
「若い頃の喫煙は、後に祟るぞ」
聞き覚えのある渋い声に背筋が伸びる。ブリー技術大尉だった。
「ブリー技術大尉でしたか、これは失礼しました」
手に持ったシガリットを後ろに回し、礼をする。勿論、軍服に火が移らないように最大限配慮して。
「なに、休憩時間だ。部下の自由時間を制限するほど私は指揮官として腐ってはいない」
「そ、そうでありますか。では、遠慮なく……って、あ!?」
口前に持ち直したシガリットは手元を離れ、いつの間にか鬼の手元に渡っていた。
「だが、上司からの貴重な助言を無視する部下を放置するようなぬるい指導も行っていない」
「自分だって、吸いに来たんじゃないんですか!? 自分は良くて私はダメな理屈の説明を要求します」
「……言うようになったじゃないか。一年前に此処にきた新米の分際で」
「それを言うなら、ブリー技術大尉やほかの大尉だって、此処に居た時間は長くても二年じゃないですか。軍事に関わってきた経歴ならいざ知らず、此処に居る年数で歴を測られるのはナンセンスでは?」
「それもそうだな……。この戦争は長いようで、やはり短い。歴史の教本に載るには事が小さ過ぎる。それに、もう直に本当の終わりが来る。終わる、終わると言われたこの大陸の人枯戦争だが、本当の終わりは目前だ」
「その『終わり』の先に立っているのが人族なら、やる気にもなるんですがね……」
寂しくなった口を指でさすりながら、南西の空を見る。赤くて、黒い。昨日より色が濃くなっている。
「貴官はこの戦争、敗色にあると見るのかね?」
「そりゃあ、そうでしょう。枯族の力は人智を超える。人間は神や悪魔には成れません」
「だが、『魔を討つ神槍や神をも穿つ魔刃を生み出すことはできる』」
無尽の羞恥が身体中を襲う。ブリー技術大尉の言葉に聞き覚えがあったからだ。だが、羞恥によって生まれた熱は、頬や耳を染めるには至らず、体内で消息を絶った。
「二年前に此処を訪れた君の言葉だと記憶しているが?」
「あの時は何も知らなかったんですよ、何も。今の軍部の本当の事情や此処のことは、学校では学べませんから」
「実情を知ればこそ見える敗色か……。やりたいことを実現するには知識がいる。知識が増えればやるに至れぬ理由を知る……世知辛いな」
「私からすれば、お偉方が楽観的過ぎるんです。今日の会議だってそうでした。目の前に迫る枯族の脅威に向き合った対策とは思えない」
「それは、居眠りをする正当な理由とは受け入れられんがね」
ブリー技術大尉は、掴んだ私のシガリットを足元に落とし、踏み潰す。そして、火の消えたそれを吸い殻入れに仕舞い込んだ。
「その節は誠に申し訳ございませんでした」
素直に頭を下げる。自分が間違っている時は、きちんと謝罪する。簡単なことだが、これが出来ると出来ぬとでは全く違う。ブリー技術大尉のような堅物相手なら特に、だ。
「貴官の素直さと謝罪の早さには目を見張るものがあるが、今私が言いたいのはそうではない。会議の際の謝罪は、受け止めた。次にすべきは貴官自身の話だ」
「私の話……でありますか」
「セクレト少尉……貴官はまだ十八だ。そして、その若い者の中では、貴官は『出来る方』だ。それは、上司や同僚との関わり方だけでは無い。魔法大学で吸収してばかりの基礎知識を即座に道具開発に応用できている。そして、若者ならではの柔軟さも兼ね備えた、技術士官には貴重な人材だ」
「は、はぁ……」
褒められなれていないので、返事が曖昧になる。いや、文脈だっておかしい。何故、私の失態の話の後に、私を褒めるような発言に繋がるのか。
私は首を傾げて次の言葉を待つ他なかった。
「だからこそ、先ほどのような多くの者に知られるようなミスは勿体ない。それは、上司である私の面子には関係なく、貴官自身の問題だ」
「勿体ない……ですか」
「あぁ。貴官がどれだけ優秀な技術士官であったとしても、広がる噂や付けられる評価は、それに比例しない。人間は、良くない部分を注視する生き物だ……これは非常に悲しいことではあるのだが」
なんとなく、ブリー技術大尉の言いたいことが解った気がする。きっと、そのどれもが私のことを思っての言葉なのだ。この言葉の裏に、どれだけの経験が積層されているのかはわからないが、私に対する評価と認識だけは汲み取ることができた。
「助言、感謝致します。参酌し、邁進致します」
「うむ」
しばらく無言が続く。退室する間合いを取り違え、上司の喫煙を見届けることになろうとは。
そういえば、自身が吸う際に飲み込む煙より、他社の喫煙から取り込む煙の方が身体に害だと聞いたが、この状況は良いのだろうか。まさか、それを直接伝えるのもいかず、私はただ、ブリー技術大尉の口から出た煙が青空に消える様を見続けた。
微妙な空気の中、たった二人の空間で感じる寄る辺の無さ。耐え切れず、退散の打診をする瀬戸際、会議中の一言を思い出した。
「ブリー技術大尉。先ほどはありがとうございました。会議中にフリスク大尉に仰った『家族と会うことの能わぬ我ら』って、私のことも考慮しての言葉ですよね?」
「我ら……か。知らぬ内に貴官を巻き込んでいたようだな。気を悪くしたのであれば、すまなかった」
「いえ、私は嬉しかったです。別に、フリスク大尉の物言いに対して疑念や義憤は憶えませんでしたが、初めてブリー技術大尉に『仲間』と認めてもらえたようで」
「貴官の経歴は、此処への配属が決定した時点から把握している。十八にして経歴と過去……この国の現実を映す鏡のようだな」
「その鏡、貴方だって映ってるんじゃないですか?」
ブリー技術大尉は鼻笑した後、吸っていたシガリットを灰皿に押し付けた。
「私は大人で君は子供だ。馬鹿にしているわけではなく、これは当然で、真っ当な事実として扱わなければならぬ事象だ。子供は、いつの時代であっても可能性の塊でなければならない。十八……生きていれば、私の娘と同じ歳だ。敗色に見えるこの戦場に、何故貴官のような子供が……」
「辞めてください。私は貴方の娘ではありません。それに──」
息を吸い、胸に貯める。いつもの険しい眉根ではなく、緩んだ歳相応の顔を見て、できるだけハッキリと冷たく突き放すよう意識して発声する。
「──貴方がしたいのは、質問ではなく拒絶でしょう? 私のような子供が、戦場にいる事実への」
ブリー技術大尉は灰皿に目線を落とす。そこでは、先ほど押し潰されたシガリットが火を消させまいと最期の踏ん張りを見せていた。
「拒絶……確かにそうかもしれんな。貴官ではなく、この国が強いる理不尽へのな」
吸い殻入れにシガリットを投げ込み、ブリー技術大尉は此方に向き直る。
「らしくもない姿を見せてしまったな。仕事も溜まっているし、持ち場に戻るとしよう」
「そうですね。って、あれ? 私、まだ次の指示受けてませんよね?」
喫煙区域を出ようとする背中が震える。
私の脳内で、波の音が聞こえ始めた。
「魔道連への顧問技術者派遣の打診は、第一班で受け持つ。真っ先に挙がったのが貴官の名だった筈だが……貴様、会議開始から十分も経たぬ場で出された議題ですでに朦朧としていたな?」
「あ、いや、えと、そうでしたっけぇ?」
「睡眠と休暇は充分のようだ。さぞ、成果には期待しても良いのだろうな?」
「も、勿論ですとも! えへへ……」
「そんな愛想笑いをしている暇があるなら、とっとと資料作成に付け!」
「は、はい!」
どれだけ、辛い過去を持っても、暗い話をしていても。湿っぽい話にはならず、同情などという月並みな反応にもならない。最後は必ず説教で終わる。
普通の人なら、嫌な気持ちにもなるだろうが、私はブリー技術大尉とのこの関係を心地よく思ってしまうのはきっと、私の中で何かが歪んでしまっているからなのかもしれない。
そういった心情を覆い隠し、大急ぎで仕事場に戻るのだった。
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