逃亡の末
「……どうして私を助けてくれたのよ?」
ハイド・アウト付近に広がる森林の中、見つけた小屋に背を預けながら呟いた。
「貴様がそう望んだのだろうが。なんだ、『本当は助けてほしくなかったな』なんて言うなよ?」
「そうじゃない。ただ、私は貴方を攻撃した。そんな相手なのに、助けたんでしょ?」
「そりゃあ、貴様などの命令を聞くのは癪だったさ。だが、それは俺は気持ちの問題だ。貴様を守ることがエリアス様からの指示である以上、それに反することは俺自身が許さない」
チラリと燕尾服の上の顔を見るが、その眼差しに一点の曇りもない。
「……凄いな、自分よりも信じられる人がいるなんて」
「これは最早、信じるとか信じないとか、そういうものじゃない。俺は、エリアス様の脚……身体の一部なのだから、あの人が使いたい時に使いたいように使えば良いのだ」
「身体の一部……か。あのお嬢様に弱みとか握られてるわけじゃないのよね?」
「おい。それはエリアス様と私の関係性に対する侮辱と受け取っていいんだよな?」
「いやいや。単純にそういう関係ってのが本当にわからないだけよ。身体の一部になるどころか、自分の命を誰かに預けたこともないのに」
燕尾服の男は、逡巡する様子を見せた後、空を見上げた。
「確かにな。私の命の大半は、あの人に拾われたものだったからな。この想いは何にも代替し難いものなのかもしれないな」
彼の目を追った。曇る空はまだ晴れそうにない。
「……私の名前は、コルヴィアス・ルクスカテナだ」
見上げていた顔を下ろし、彼は名乗った。
「え。何よ、急に」
「貴様、さっきは字名で読んだろ? あれはエリアス様にしか許されぬ呼び方だ。コルヴィアスと呼べ」
どうも、『コルヴィ』呼びは、彼にとって特別な意味を持つものらしい。
「あぁ、それは悪かったわね。私はセクレト・バイス少尉よ。ハイド・アウトでは第一斑に所属しているわ……というか、そもそもアンタらは何者だったわけ?」
名乗りの途中で再び疑問が湧く。
「何者って…… 。俺はエリアス様の脚で、エリアス様はエヌーシャ森林の大魔法使いだ」
「エヌーシャって、まさかあの人が南の魔女だっていうの?」
「……皆が呼ぶ名で言えばな。だが、私はその呼び名は好かん」
「それは、彼女が嫌がってるの?」
「さぁな。私もあの人の全てを理解しているわけではない。嫌がる素振りを見せた事はない……だが、あの人が受け入れているとしても、それを嫌だと言える存在でいたいとは思っている。誰だって、魔女だなんて呼ばれて嬉しい人は居ないんだ」
「それもそうね」
コルヴィアスは訝しんだ目でこちらを見る。
「何よ、その顔は」
「いや、聞かんのか? 何故あの方が魔女と呼ばれてるのか」
「だって、そんなの聞いたところで枯族を殺せるのに役立つわけじゃないでしょ。あ、でもどういう魔法を使えるのかくらいは聞いてても損は無いわね」
彼は、額を抑えて溜息をつく。振った首に、黒い髪が揺れる。
「貴様は……いや。今はその欠落した価値基準に感謝すべきか。使える魔法なら、あの人に直接聞くといい。貴様のような者になら、快く答えてくれるだろう」
「……貴方も詠唱省略の魔法を使えるの?」
「私の魔法技術は、劣化品と思ってもらって差し支えない」
「それは、威力的にってこと? それとも、打てる回数がってこと? それとも使える種類がってこと?」
「全て、直接的な原理じゃないが、間接的に言えば全て当てはまるな」
「それってどういう……」
質問を投げかけようとしたところ、茂みを踏む音が聞こえ、その方向に身体を向ける。コルヴィアスは杖を、私はナイフを構えていた。
「──やっと見つけた。こんなところに逃げていたんだね。無事で良かった」
声が聞こえた途端、不安は安堵に変わった。
茂みから出て来たのは見覚えのある巨体……タロン・ハイエスだった。
「タロン! 無事だったのね、良かったわ」
「それ、全部こっちの台詞なんだけどね。まぁ約束通り、生きての再会が叶って何よりだ。それに、コルヴィアスさんも一緒なら都合も良い」
「なんだ、俺に何か用なのか?」
コルヴィアスは、小屋の壁を軽く蹴り、その跳ね返りでタロンの前に出た。
「僕が、じゃないんだけどね。エリアスさんが君の行方を気にして怒っていたよ。凄いね、あの状況で心配より先に怒りが来るなんて。信頼の証だよね」
「それは、信頼じゃないらしいわよ。ね、『大魔法使いの脚』さん?」
「あぁ。そうだ……って待て。今エリアス様が怒ってるとか言ったか?」
「え、そうだけど」
涼しげだった顔に汗が沸る。この表情の変化には見覚えがあるな。まるで──
「あ、そういえば、セクレトの方もね、ブリー技術大尉が怒ってたよ。『技術士官が戦場に立つとは何事か』ってね」
──ブリー技術大尉に失態がバレた時の顔だった。
「「そういうことは早く言え!」」
二人の焦り顔は同時に叫ぶ。タロンに集合場所を聞く間もなく、走り出した。
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