襲撃(1)
ハイド・アウト本部、第一班事務室。
「セクレト・バイス少尉、只今戻りました……ってあれ?」
ドアを開いての挨拶は不発に終わる。何せ、部屋に誰もいない。
「セクレト! やっと帰ってきたんだね!」
訂正。一人だけ残っていた。特段、デカいのが。
タロン・ハイエス。私の2つ上の同期の一人。この班で最も高身長で、顔立ちがよく、頭も良い。だが、要領が悪くて度胸がない。斬新で且つ確実性のある考え方や、クリティカルな着眼点を持ち合わせているのに、それを人に上手く伝えられない。なんとも、もどかしい奴なのだ。
「あぁ、タロンか。ちょうど良かった……って何なに?」
手を引かれ、体制を崩す。驚いて流されるままに、付いていく。
私の手に触れたことすらない意気地なしな彼がそうするのだ。呆気に取られるのも無理はない。
何処へ向かうとも知らず、歩きながら口を開く。
「告白なら、無理よ。何も無かった体でこの関係を続けるから」
「な、なんで僕が君のことを好きな前提の話なのさ! それに、そんな斬新な振り方も無いよ!」
タロンのツッコミなんて初めて聞いた。そういえばコイツ、私と一対一なら結構喋るわよね。
「だったら、そろそろ教えなさいよ。私を何処に連れていく気なのか」
「……ブリー技術大尉には、君が帰り次第、会議室に連れてくるように言われているよ」
タロンは振り向かず、顔を落として答える。
「あぁ、またなんかの臨時会議でしょう? 今朝の地震から考えて、今度は防災系かしら? どちらにせよ億劫ね」
「……だ、だったら逃げようよ! 僕も今日は色々と億劫な気分だしさ」
「ハハッ。タロンにしては、面白い冗談言うじゃない。ま、そんなことしたらあの鬼にドヤされるんだろうけど」
「そ、そのときはさ——」
空気が変わる。いや、違うか。
「——一緒に怒られようよ。謝る時も、罰を受けるときも、隣に居るからさ」
「どうしたのよ。真面目なアンタらしくもない」
とっくに変わっていた空気に、気づかないフリをしていただけだ。
「そりゃあ、真面目でなんて居られないさ! 君をあんな場所に連れて行くなんて」
初めから、『いつものタロン』なんてのは、居なかったじゃないか。
「……嫌なんだよ。これ以上、知っている誰かを失うのは」
逃げようとしていたのは彼じゃない。
「だから、僕と一緒に——」
私の方だ。
「——ダメよ。それじゃあ、奴らを殺せない」
タロンの顔を見る。目尻には涙が溜まっている。私はコイツのこういうところは嫌いじゃない。泣くほど嫌で、普段はしないことでも、本当に必要な時にはちゃんと話してくれる。
「そうよね、普段は前に出ないアンタが前を歩くなんて可笑しいものね。ありがとう、私の為に無理してくれたんでしょ?」
「ち、違う。嫌なんかじゃ……」
「でも、会議室はこっちの方角じゃないよね。ねぇ、今ハイド・アウトで何が起きてるの? ちゃんと答えて」
彼は私の目を見て逸らす。私は逸らした方に顔を回して目を合わす。
観念するように、彼は口を開いた。
「数時間前、此処には三人の——」
ドォォンッ!
瞬間、地響きと轟音がその場を襲う。音がする方向は……
「やっぱり、会議室か。タロン、まさか止めないわよね?」
「……うん、その眼になった君は止められないのは知ってるよ。やっぱり、僕じゃ力不足だったみたいだね」
気まずさを感じる沈黙の間が流れる。
私は頬を掻きながら、「あー、でも」と繋げる。
「さっきの、逃げるって選択肢、正直悪くなかったわ。また、人の命が掛からない生活に戻れたら、そのときはまた誘ってよ」
「も、勿論さ!」
「アンタはどうするの?」
「まだ、施設に残っている非戦闘員の人がいないかを見て回るのと、戦闘員の人が居ればそっちに向かわせるつもり……っとそうだった」
タロンは、ポケットに入っていた小包を私に手渡す。手触りでは、硬い球体であることしかわからない。
「これは?」
ボゥゥン!
続けて爆音。ここは前線じゃ無いんだぞ。
「説明している時間はないみたいだ。もし危ない場面になったら、それを敵に投げつけるんだ。倒せるほどの威力は無いとしても、時間稼ぎにはなる筈だよ」
「わかったわ」
言いながら、踵を返す。向かう先は勿論、爆発音の方向だ。
「死なないでね」
「それは、お互い様でしょ!」
同期からの、この時代には難しい願い事に背筋を伸ばす。
息を切らさぬ程度に、ハイド・アウトの本部を掛ける。いつも歩いている通路だというのに、暗くて恐ろしく感じる。硝煙の匂いと、偶に聞こえる銃声の所為だろうか。
「施設内での発砲か。一体どんな化け物が忍び込んだのやら」
不安を募らせていると、通路の曲がり角から走り寄せる人の姿が見えた。その後ろから軍服を着た者が追従している。前を走るのは、怪しげな男。年齢は、二十代後半から三十。服装は、軍事工廠付随の施設には似合わぬ燕尾服。着崩されてはいるが、高級なものだと一目でわかる。
明らかに異物、侵入者だ。コイツが秘密基地を襲った脅威に違いない。
「貴様、そこを退け!」
鋭い目尻が首を刺す。伝う冷や汗を拭いながら男の行く手を阻む。
「そう言われて退くようなら、こんな場所で働いてないわよ!」
ベルトに仕込んだナイフを構える。軍事学校では、技術部にも拘わらず、実戦訓練をさせられたものだ。
しかも、このナイフの素材はグラン・バディと同じ……耐久性と剛性はお墨付きだ。
「何なのだ、貴様は。邪魔をするというなら力ずくで通らせてもらう!」
男は手に持った木製の杖の持ち方を変え、先端を此方に向ける。そして、次の瞬間、その先端部が抜け落ち、中から刀が姿を見せた。
「仕込み刀ね……洒落たもの使ってるじゃない」
その刀身は、横にぶれない。ただ、真っ直ぐと私の身体を目掛けて近づいてくる。驚くべきは、その速度だ。加速に加速を重ね、今も尚加速を続けている。
一撃目の駆け引きをする気がないのが伝わる。私がその加速に対応できないか、横に避けるかの二択から、次の攻撃への駆け引きを持ちかけようという算段なのだろう。
だが、人生はそう上手く行かぬように出来ている。
「なにッ!?」
「何者かは知らないけど、技術士官と甘く見ないことね」
剣先が当たらぬギリギリのタイミングでしゃがみ込み、お留守な足元に回し蹴りを決める。
英雄の死戦を見届けた私は、ひとつ気づいたことがある。首、肘、膝、手首、足首……どんな関節も、動ける範囲にしか動けない。当たり前のことだが、これに気付かないか気づくかで、戦闘中の蛮勇も勇気に変わる。
男は崩しかけた体勢を堅持する為に二、三歩足踏みをして留まった。
本当はここで転かしてしまいたかったが、勢いが足りなかった。
「貴様、私を止めたな? それもまさか、脚を攻撃するなど……エリアス様に捧げた私の脚を!」
男は声を張り、杖の持ち手側を私に向ける。そして、向けられた杖に空気中の何かが集まっているのが見えた。そこでようやく気づいた。
仕込み刀の印象が強くて失念していた。そうだ。歩く為以外の杖の使い方なんて一つじゃないか。
魔法だ。それも、詠唱省略の。
回避行動を取ろうとするが、間に合わない。
詠唱省略の魔法は威力が低いが、準備から発射までのロックタイムを大幅に削れる。使える人も少ないと聞いていたが、敵が人間でないのだとすれば?
英雄を死に追いやった枯人も高級そうな服を着ていた。まさか、こいつも──
恐怖に目を瞑った瞬間だった。
「辞めろ、コルヴィ! 討つべき敵を見誤るな!」
来ると思っていた衝撃は来ず、声の方向に首を向け、目を開けた。そこに居たのは、車椅子に座った少女だった。
助かった……のか?
「エ、エリアス様!」
艶のある長い黒髪から覗く白くきめ細かな肌と紅い眼。漆黒のドレスに身を包み、頭には邪魔にならない黒色の花意匠が施されたカチューシャを身に着けている。
さっき脚を捧げたとか何とか言ってたのはこの人のことだったのか。ということは、枯人が二人……?
「すまないね。私以外への敬意の払い方を知らん子なんだよ。悪く思わないでくれるかい?」
落ち着いた口調と声色。そして、私への謝罪……何かおかしい。
「君は此処の技術士官とお見受けするが、怪しい小柄の男を見なかったかい?」
「い、いえ……」
勝手に口が動く。無理矢理に動くのではなく、流されるような雰囲気だ。この人とは敵対出来ない。そんな風にすら思わされる。
だが、この人が枯人ではないという直感だけは、信じられる気がした。
「その小柄な男ってもしかして──」
燕尾服の男を追いかけてきた軍服の男が口を開く。
四班の制服だ。だが、前線調査を主戦場を主とする四班にこんな小さな子なんていたか?
服も帽子もぶかぶかだ。これじゃあ、まるで少年のようじゃないか。
「──こんな背格好で、こんな声色で、こんな顔の男だったんじゃないの?」
そう告げると同時に、少年は軍帽を取る。刹那、燕尾服の男とエリアスと呼ばれていた少女の目つきが変わった。
「離れろ! そいつは人間じゃない!」
「エリアス様ッ!」
私に伝える為に声を張る少女と、それと同時に車椅子を引いて距離を取る男。
一歩遅れた私は逃げようとするが、座り込んでいたせいで反応が遅れ、背を向けた瞬間に手を取られた。
無論、私の手を握ったのは、不気味に笑う少年の手だった。
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