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大陸魔道具連盟

 英雄の死を悼む暇もないまま、時は進む。

 戦況は更に良くない方に進んでいた。 ライトハウスの事実上の機能停止……おそらくこれが最も大きい。

 聖樹の枝木の付け替え部隊が襲撃されたのだ。枯族の身体に影響を及ぼさない範囲からの狙撃だったと報告されている。無論、枝木を再度付け替えれば良いだけの話だが、襲撃があった以上それ相応の戦力を用意せねばならない。

 常に戦力不足の戦場で、新たな戦力を捻出するには時間がかかる。あれやこれやと、付け替え部隊の再編に手間取り、付け替えが行われなかった領域を入り口として、枯族の侵入を許してしまった。

 そこからは、衣服の虫食いと同じだ。一度綻びをが生じれば、すぐに大きな穴となり、その機能を失う。建物自体は無事だが、非戦闘員が入れない総指揮等など、その意味を成さない。

 前線が、大陸内部に押し込まれているのを肌身で感じる。

 それでも、私は諦めるわけにはいかない。

 枝木の付け替え部隊の襲撃の際の唯一の生き残り。その戦果報告に居合わせた時の記憶が焼き付いて離れない。


「我々を襲ったのは人型の枯族です。刃部が射出する小型剣や鎖鎌など、何やら奇怪な武器を用いていました」


 報告者の泣き腫らした後であろう瞼と光を失くした死んだ目も印象的だったが、私が忘れられないのはその内容だった。

 ギガルトル大佐が今際の際で放った一刃。あれは、グラン・バディの小型試作品のモービル・グランだった。加工が容易な高炭素素材であるカルボステン鉱を用いた小型の射出ナイフだ。硬さはともかく、脆さが実践投入ラインに満たなかったので、そのまま廃棄になる筈だったが、英雄はギガルトル大佐は引き取ったのだ。その時は用途や使う場面すら想像も付かなかった……もしかしたら、英雄自身にすら解っていなかったのかもしれない。

 だが、高炭素素材であるが故の火花の散らしやすさと、グラン・バディ火気への脆弱性とを瞬時で見抜き、枯人を屠ったことだけは事実として残っている。 本来なら、そのナイフもグラン・バディと同様に煤と傷だらけの状態で私の手元に戻る筈だったのだが、私の手元にモービル・グランは無い。

 調査隊は、モービル・グランを見つけることが出来なかったのだが、これは可笑しい。爆風に飛ばされた刃の方ならいざ知らず、射出口側の持ち手の方は、最後まで英雄の手に握られていた筈なのだ。一片たりとも戦場から目を離さなかった私が保証できる。

 詰まるところ、調査隊が駆けつけるよりも前にモービル・グランを持ち去った輩がいたのだ。そして、今回の報告にあった刃部が射出する小型剣……繋げて考えない方が不自然だ。


 だが私は技術士官。敵陣に乗り込む権利も、前線に加わる勇気も、敵を倒す術も持ち合わせていない。確認すべきことが手の届かぬ場所にある以上、私は自分のできる範囲のことに注力することにした。


 大陸魔道具連盟……通称、『魔道連』のフィーシャ支部。


「──以上、我々ハイド・アウトの説明になります。自分で言うのも何ですが、契約金やその他の条件面に関しても、かなりの好条件になっていると思いますが……」


 やり終えたのは、二ヶ月に渡り資料作成に心血を注いだプレゼンテーションだ。ハイド・アウトの現状と未来のことを鑑みても、失敗は許されない。だが──


「やはり、帰ってはくれんか」


 ──現実はそんな状況を考えてはくれず、ただ冷たい事実を突き付けてくる。


「何故でしょう。もし、まだ金額が不足というのなら……」

「そうではない。君の説明が悪かったわけでも、ハイド・アウトが信用に足らないと考えたわけでもない……これは、儂自身の問題なんじゃよ」


 そう告げるのは、魔道連フィーシャ支部の技術者であるソルドラムだ。数少ない侏儒族の生き残りで、私よりも小さい身体に見合わぬほどの筋肉を有し、口元には白いひげが生い茂っている。

 侏儒族の特徴を色濃く残したその見た目に、出会った当初はかなり戸惑ってしまった。


「ソルドラムさん自身の問題……そんなの、納得できません!」


 言い放ってしまった。今から重要な契約を行おうという相手に、遠慮なく。だが、一度発してしまった言葉は取り消すことは出来ず、この流れのまま、言いたいことが紡ぎだされてしまう。


「魔道連全体との方針の違いや、私の力不足と言われるのであれば、まだ納得できます。しかし、ソルドラムさん個人での問題で、この契約が破断になるというのなら、私は抗議を申し出ます」


 ソルドラムは、バツが悪そうにその特徴的な長い耳をクリクリと弄った。


「君の言っていることは正しい。儂の言葉は横暴だ。そんな事は解りきっている。それでもなお、ハイド・アウトとの契約を許すわけにはいかんのだ」


 ソルドラムは本気だ。だけど、私だって本気だ。遊び半分でやってるわけじゃない。

 私の二ヶ月が、ハイド・アウトの未来が、この大陸の行く末が。多くの物が掛かった契約を、こんな簡単なことで手放すわけにはいかない。


「斯くなる上は、ソルドラムさんの上の人とも掛け合ってでも——」

「——この大陸の魔道連関係者で、最も権力があるのが儂じゃ。上の者は実戦訓練で命を散らし、更に上の者はハーフィリア大陸に亡命した」

「そ、そんな……」


 ソルドラムは、魔導連の技術班長だと伺っている。詰まるところ、魔道具製作の最前線に立ち、現場を指揮する現場監督だ。魔導連の基本理念や、方針、外交などの決定に関しては門外漢のはず。そんな人が今や、魔導連のこの国での代表……? 

 この大陸の終焉が目の前に近づく感覚が身体を蝕み、崩れそうになる膝を抑える。


「優秀なお前さんなら解るじゃろ? 終わり行く国の、滅ぶべき組織じゃ。どれだけ手を取り合ったとしても、向かう先が変わるわけでもない……」


 顔を落とすソルドラムに、またも口が開いてしまう。


「だったら……」


 口にしたくない言葉が次々と発される。私の理性は、肝心な時に機能しないみたいだ。


「あの人の死は——」


 やめろ。


「これまでに命を散らした同胞の想いは——」


 止まってくれ。


「家族を奪われた私の心は——」


 こんなことを言ったって。


「貴方の魔道具を信じて戦った者達の気持ちは——」


 何が変わるというわけでもないのに。


「どうなるって言うんですかッ!」


 ソルドラムは、長い耳を二度ヒクヒクと動かす。その後、私の目を見て驚いた顔を見せたかと思えば、すぐに柔らかな笑顔を見せた。いや、或いは諦観の表情だったのかもしれないが、それは私の知るところではなかった。


「お前さんは泣か……泣けないのじゃな。儂も泣けなかった。彼らの死の責任は全て儂にあった筈なのにな」


 ソルドラムは苦々しく笑ってみせる。


「やはり、魔鎧は作るべきでは無かった。あれはこの先も苦しみしか産まない。儂にとっても使用者にとってもな」


 彼の悲痛な叫びは留まることをしらない。空気を伝い、私の肺にまで届こうとしていた。


「だから、悪いが帰ってくれ。儂は、部下と他の者が遺した技術をハーフィリアに届ける準備で忙しい」


 気圧される中、疑問が一つ湧いて出た。


「それで全てを終えた後、貴方はどうするんですか?」

「全てを火に焚べるだけじゃよ。あんな呪われた道具を作ってしまったこの工房と、儂という存在を一緒にな」


 やっぱりだ。この人の目からは、苦痛を押し殺す為の見せかけの強さしか感じない。生気や目の輝きなど、命を感じさせるものが凡そ欠落している。


「無駄ですよ。一度得られた技術は、簡単には消えない……貴方が、この工房が、この大陸が、滅んだところで、魔鎧は使い続けられる。そうでなくても、いずれ墓場を掘り起こす愚者も現れるでしょう」

「技術者であれば、お前さんとて解る筈じゃろ! 自身が作った兵器が自分の誰かの命を乗せる泥船となる恐怖が! 予期せぬ結果を産む無念がッ!」


 ソルドラムは怒鳴り、間合いを詰める。剛腕が胸に掛かりそうになる紙一重で、それは勢いを失くして宙にぶら下がった。


「貴方がどれほど足を竦ませていても、その無念と恐怖に向き合うしかないんですよ。兵器を作るということは、そういうことです」

「じゃったら儂はどうすればこの鬱屈から脱せるというんじゃ!」

「私達は兵器を作る技術屋です。産み出した道具で憎むべき敵を討ってもらうことでしか、思いを晴らすことはできないんですよ」


 ソルドラムさんは、私と同じだ。人種も歳も違うが、歩んできた道は似通っている。大切な人を失った技術者という意味では解り合えたはずだ。

 昔の自分に足りなかった事も、今の自分が出来る事も、すべき事も、本当はお互いに解っているのに、その理解を傷つけあうことにしか使えない。

 何かを取り溢したその手で何かを作るという行為には、そういう不器用さが含まれているのかもしれない。


「……どれほど突き詰められても、考えを改めるつもりはない」


 言い返す言葉も気力も無かった。

 失態だ。あの人の最期の戦いに加え、今日も負け続き。軍事学校時代の『影の才女』の肩書きは返却しなければならないらしい。

 取り敢えず、帰ってブリー技術大尉に喝でも入れてもらうとしようか。


「本日は失礼な言動等、誠に申し訳ございませんでした。こんな音だけの言葉に意味は無いとお思いでしょうが、一先ず謝罪だけ」


 踵を返し、玄関に向き直ろうとした時だった。


「お前さん、名は何という?」

「セクレト・バイス。階級は少尉であります」

「歳は?」

「十八歳ですが、子供扱いは辞めていただきたい。私は、軍事学校を卒業した一端の技術者です」

「じゃろうな。それは当時の儂には出来ぬ眼じゃ」


 ソルドラムは、何かを手渡し、直視せぬまま受け取った。それは、私がハイド・アウトの説明に際し、差し出した契約書であった。署名欄にはきちんとソルドラムの名前が記されている。


「ま、まさか——」


 先ほどまでの私の悪態で得られるものがあったのか。そう思うのも束の間、契約書の違和感に気付いた。

 契約対象の欄の『ハイド・アウト』という名に二重が引かれ、その上に『セクレト・バイス』という私の名が書かれている。

 つまり……うん? どういうことだ?


「軍に関わる組織の下で何かを作るつもりはない。それは変わらぬが、お前さんとの話し合いの中で思う所があったのも事実。これが最期の会話というのも、少し寂しい気がしてのぅ」


 ソルドラムはそう言いながら、契約書の一点を指で刺す。すると、契約内容の最後に一文が追加されていた。


『なお、以上の契約は互いに真の意味で解り合えた時にのみ、締結される。』


 その一文に頭を捻っていると、ソルドラムは口を開いた。 


「自分と見つめ合う時間を設ける。それでも互いに互いの前に立つ心意気があったならば、そこで改めて話を聞こうじゃないか」


 その言葉を聞いた後、契約書を確認した。再度目を落とした最後の一文に胸が縮み、背筋が伸びる。ここまで言われれば、私でも理解できる、


「……なるほど。子供扱いは辞めてと言いましたが、ここまでやりますか」


 契約者は私自身。契約内容の訂正は、最後の一文の追加に加え、契約金の金額に引かれた二重線のみ。

 詰まるところ、彼は私という個人に対し、この契約の締結を持ち掛けているのだ。ハイド・アウトという組織とは手を結ばないが、私個人には手を貸してもいいかもしれない。彼が言いたいのはこういうことだ。


 クソ。こっちは頓智をしに来てるんじゃないってのに、この爺さんは。

 本来であれば、契約が首の皮一枚で繋がったことを喜ぶべき場面なのだろうが、そんなことは言ってられなくなった。魔道連は、世界最古で最大の魔道具管理組織だ。魔道具の新規開発やその改修、改良には適宜届け出を行う必要がある。

 それは、リバーシア公国の法律で定められていることであるが、公王ストーネの独断により、違法開発に片足を突っ込んでいるハイド・アウトには、今更とも取れる法令順守だ。つまり、それには別の意図が隠れている。

 魔道連に届け出を行う事でしか得られぬ『顧問技術者派遣制度』というものがある。不明な点や留意すべき点の多い『魔気』の扱いに関して、三百年以上という長い時の中で積み重ねられたノウハウを保有する魔道連から、顧問技術者を派遣するという制度だ。この顧問技術者からの助言無しで、魔道具開発を行うこと自体が殆ど不可能なのだ。

 だから、この契約は重要だったのだ。ハイド・アウトが特殊魔動具開発機構で居続ける為のアイデンティティを担保するために。


「ですが、こんな訂正され尽くした契約書に何の意味が有ると言うんです?」


 私は契約云々についてそこまで詳しいわけではない。だが、少なくともこんな乱雑に二重線を引かれ、走り書きを付け加えられた契約書など、ハイド・アウト内では見たことはない。


「そもそも、リバーシアが国としての機能を果たせぬ以上、国の法で定められた契約書など口約束以上の効力を持たん。じゃが、契約を結ぶ二人が納得した上で署名をしたのなら、その二人の間でのみ、この契約は効力を発揮する。法的拘束力でなく、責任感や意志といった『感覚的拘束力』で互いを結ぶことによってな」


 ソルドラムは、この冗談のような契約書に現実味を塗りつけた。

 ハイド・アウトの存続が、この大陸の存続が私の今後の行動に掛かっている。その重苦しい責任感だけで、三度は吐けそうだ。しかし、あれほど兵器開発における責任感について熱弁した手前、受け止める以外の選択肢は用意されていない。


 あぁ。これは、面倒になるな。あの堅物上司から受けるべきものが、叱咤でなく、助言と小言を含んだ激励に代わるのだ。一度、大きく失敗して見せれば、あの堅物も他の手を考えざるを得ないと思っていたのに。

 この先に積み重なる面倒ごとに不気味に震えるのは、声と身体と心臓だ。小刻みに震える手で契約書を取り、重い足を持ち上げ、踵を返す。


「今日はありがとうございました。機会があれば、いずれ」


 震えそうになる声を目一杯抑えながら、部屋を出ることにした。



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