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06. お伽話

 十五年前の夏、小国同士の会議のために、避暑を兼ねて、私の住んでいた屋敷で夜会が開かれていた。


 会場を連れまわされてうんざりした私は母の目を盗み、裏庭に逃げ出した。裏庭は漏れ出す灯りに薄明るく、ミコホシの花が無数に揺らめいていた。私は一人で花冠でも作ろうと思ったのだ。


 しかし、どうしたことか、そこには自分と同じか少し上くらいの男の子がいて、花畑の前で座り込んでいた。

 ふわふわとした金の巻き毛は高貴な子どものそれらしく、鮮やかな空色の目は夜会の灯りを反射している。おそらくは夜会の客だろうが、一人でいるのはおかしなことだった。

 私はびっくりして声を上げた。


「そんなところで何をしているの」

「ごめんなさい、ちょっと、人が多くて、目が回って」


 その子はたどたどしくそう答えた。

 とはいうものの、急を要するほどの話ではないらしい。私はゆっくり近づいて尋ねた。


「お水は要る?」

「気にしないで、君はもっと明るいところにいたほうがいいよ。危ないし」

「でも、あなただってそこにいるわ」

「ぼくは大丈夫だよ。誰もぼくに何かしようなんて思わない……何の得にもならないからね」

「ふーん」


 自分の兄弟たちを見るに子どもは賑やかな夜会が好きなものなのだと思っていたが、一方の彼はどこかつまらなさそうだった。ませた女の子だった私は、夜会を開いた屋敷の一員として、客をもてなさなくてはならないと思って、彼に近づき傍に座り込んだ。

 彼は首を傾げた。


「どうして横に座るのさ」

「確かめるのよ。あなたの言うことが本当なのか」


 きょとんとする彼に、私は得意になって教えてあげた。


「この花は、幽霊を呼ぶのよ。おばあさまに教えてもらったの! だから、出てきたお化けが、あなたに何もしないのか、見ててあげる」


 すると、彼はみるみる内に顔を青くして、そろそろと立ち上がった。


「ぼく、もう、中に戻るよ……」

「フフ! じゃあ、お気に入りのジュースを出してあげる」


 それをきっかけに、私はその男の子と仲良くなった。夏が終わるまでの間、初めから兄妹だったかのようにひっついていた。

 その年の秋に祖母が亡くなり、再び集まった王侯貴族たちの中に彼もいて、傷心の私に深く寄り添ってくれた。そのときに私は泣きながら言った。


「私がお嫁さんになるときは、ミコホシの花畑があるところに行きたい」


 そうしたら、家を離れても祖母に会えるはずだ。

 今となっては、それは気休めのような言い伝えに過ぎないと分かっている。

 ただ、死を理解し始めたばかりの子どもにとっては、お伽話は現実だった。

 いずれにしろ、そんな言葉を、彼はじっと黙って聞いていた。


***


 茶の湯気が仄かに立ち上る。

 私は向かいに座る、金髪の男の顔を見た。


「思い、出した。あのときの」

「そう、君のひと夏限りの友だちだった、気弱な巻き毛の男の子さ」


 結局、祖母の葬儀のあとはその男の子に会うことはなく、私は、いつしか名前も、存在さえも忘れていった。


 この家に嫁いできても気づかなかったのも無理はない。少年は立派な大人に育ち、今ではその柔らかい髪と優しげな表情に、微かにあの少年の面影を残すばかりだった。


「あのあと僕は両親に、素敵な友だちのことを話した。そうしたら、君の評判を知って気に入った父が兄さんの許嫁にしたんだよ。ショックだった。そのとき初めて、君に恋をしてたんだなって、気づいた。でも、大好きな二人のことだから、なんていうか、そう、かえって嬉しくもなったんだ」


 クリフォードはカップを両手で包み、眉を下げた。


「兄さんがいなくなって、僕も寂しいよ。この悲しみを乗り越えるのはきっと大変で、ものすごく難しい。だからその分、残された君の……幸せを願いたいんだ」


 私の、幸せ。

 私は心臓の鼓動が大きく、早まっていくのを感じた。

 クリフォードは話を続ける。


「この前は、君が自暴自棄になっているんじゃないかと思って引き留めた。だけど、もし今でも修道院でやりたいことがあるなら、それは君自身が導き出した、立派な答えだと思う」


 どうしても、それを伝えたかったのだと、彼は言った。


「僕は君に恋をしたけど、それ以上に僕らは友だちだ。君が本当にそうしたいと思っているなら、僕は応援するよ」


 彼の言葉は暖かく、しかし確かな芯を持っていた。

 まるで、誰も火傷させることなく温め、道を照らす、魔法の灯火だ。


 私は、彼に隠し事をしてはならないと思った。誠実に扉を開かれたなら、私も同じように開くべきだった。

 そうして、ゆっくりと話し出した。


「クリフ、私────あなたに言わなきゃいけないことがあるわ」



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