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君がいた  作者: 南十字輝
9/9

狙わなくても狙われる

話し合いが終わり、それぞれ業務に戻った後も私たちの部屋の空気はすぐには戻らなかった。

明らかに次長は挙動不審のままで、それが空気に乗って伝わってきているような状態だった。

ここで次長の事を気遣い過ぎて変な声掛けをするのもどうかと思った。

何しろ私と次長は上司と部下ではあるけれども、同い年なのだ。

50を少し過ぎたオッサンがオッサンに君大丈夫かい顔色悪いよ今日はもう帰っていいからとか言ってもいいものなのかどうなのか・・・・・・・


言ってもいいか別に。


「次長、もし体調悪いようだったら・・・」

私が話しかけるのと同時に次長も私に話しかけてきた。

「部長飲みませんか。」


「あ・・・すみません。」

「いやいいよ、ていうか飲み、オッケーですよ行きましょう!いつがいいですか?」

「今日でもいいくらいです。」

「あ、今日。うん、じゃあ行きましょう。駅前でいいですかね?」

次長ははいお願いしますと言った後、静かになった。

キーボードの音が聞こえてきたので、私はそれ以上声を掛けるのをやめた。

続きは飲みの席で聞けばいい。そう思った。



「ここでいいですか?刺身がうまいんです。」

駅前で落ち合ってすぐ、次長は居酒屋を指さした。

店をこちらで決めた方がいいのかと思っていくつか候補を絞っていたのだけど、手間が省けた。

「よく来るんですか?」

「たまにですけど。マンション近くなんですよ。」

「あ、タワマン。」

「タワマンではないですって。」

次長は少し笑った。

それを見て私は大分安堵した。笑っている顔をあまり私は知らなかったかもしれない。

「でもまあ、そこそこ高いので見えますよ。」

「何が?」

「花火が。」

そんな話をしながら私たちは暖簾をくぐっていた。


「まずはおつかれさまです。乾杯」

グラスをかち合わせた。

「誰もいないし、同い年だし、肩ひじ張らずに話しましょう」

「了解です」

次長は大分穏やかな顔になっていた。

「今日は聞きたいこと聞いちゃっていいかな。」

「いい機会ですからどうぞ?」

「よーし、覚悟してよ?」



主に話題としては次長の「恋愛相談」に関する話を大分突っ込んで聞いた。

私からするとかなりの非日常できらきらして見えたからだ。

でも話が深くなるにつれ、そういう楽しいものではないということがわかってきた。


「一方的に好きですって告白されて、断っても理解しないんですよ。

それで丸二年。今年度で三年目ですよ。大分きついです。」

「それさあ、ほんとうに思わせぶりなことしてない?

君この部署で一番かわいいねとか期待させるようなこと言っちゃったんじゃないの?」

「いや、会社の人間にかわいいねとか個人的な好意を見せたことは一度もないですよ。」

「え、そうなの?小早川さんには?」

「小早川さんは面白いとか頼りになるとかが当てはまる感じです。それなら本人に伝えたことはありますけど。」

「なるほどなるほどぉ~?」

私も大分酔いが回ってきたようだ。語尾がびよんびよんになっているのが自分でもわかった。


「てかもうさ、一回つきあっちゃって短期間でさくっと別れちゃうとかはダメかな?

一回付き合えば気が済むんじゃないのその子も。」

・・・酔いも手伝って我ながらとんでもない提案をしているな。

次長はうつむき加減になり、苦笑しながら淡々と見解を述べてくれた。

「いい人ぶるつもりはない、というかざっくばらんにいうならば、

好きでもないのに付き合うのは確実にやめておきたいです。

その人の人生を背負えないし、寄り道させるだけ無駄だから。

・・・その割には二年も膠着状態を作っているのもダメですよね。」

「うんうん。」


「困ったなと思っているのは、最近は座席が大部屋から移動して話しかけてくることが無くなった代わりになんていうか、じっとりした物を置かれていることが増えたんですよ。それがちょっと憂鬱です。」

「・・・じっとりって?」

「車のワイパーに手紙が挟まれていたり」

「手紙。」

「残業がちょっと立て込んだ日、バックミラーにコンビニ袋が下がっていたり。」

「食料の供給。」

「こないだは誕生日に手作りのクッキーみたいなものを持って私が会社の駐車場に出てくるまで待ち伏せされていて。さすがにそれで限界だと思って小早川さんに話を聞いて貰ったんです。」

「へえええええええ。アピール凄いねえ。」

私は両肘をテーブルにつけて、次長の顔をまじまじと眺めながら話を聞いた。


さらさらの髪の毛、もちろんはげてはいない。

細身で高い身長に、憂いのある表情。

まつ毛は思ったよりも長くて、瞼もきれいなつくりだ。

独身で、このパーツで、穏やかな物腰で、役職者つまりそこそこ高給取り。

食らいつきたい気持ちになるのもわからないでもない。



「とりあえず私も気を付けて様子を見てみるよ。

度がすぎているように思うから、対策を考えていきましょう」

「ありがとうございます。申し訳ないです。」

「いやいや。私が同じような目に遭ったときには次長に相談しますからお願いしますよ!」

次長の背中を軽く叩きながら、夜の駅前を連れ立って歩いた。

解決策がまったく見つからないけれど、無策なりにできることをしなければ。そう思った。




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