決戦の昼前
梅雨に入ったのだろうか、今週に入ってから空の色が白いことが多い気がする。
私の心もまんま同じだ。正直ほんとにそうだ。
私だけが焦っている。多分そうだと思う。
朝普通に挨拶して、普通に席について、会議だの諸々の定例事項があって、今お昼前のひと時だ。
一区切りしたからコーヒーを淹れに行こうかな。
でももし台所に小早川さんがいたらどうする。
そこに次長もやって来たら更にどうする。
私は平常心を保つ自信がない。二人の交わす視線を観察してしまう。
そして、あ、笑った、あ、よそよそしいけどわざとだよねとか詮索してしまうだろう。
そんなのあまりにも挙動不審過ぎるというか、人として何かが終わってる気がして自分が嫌だ。
二人の事を目撃してから今日で何日経つだろう。
ええとあの日は土曜日で今日は水曜日だから・・・4日経つのか。
あの日は自分たちが食事をし終わるまでとにかく真正面を向いてひたすら食べることに集中した。
最後にコーヒーを飲みほしたときにちらっと見たけど、その時には二人はいなかった。
私に気が付いてそそくさと退散したのか、どうなのか、それもわからない。
さらっと月曜日の朝のうちに声を掛ければよかったと水曜日の今は思う。
あの時店にいたんだよ!とか言ってしまった方が楽になれた気がする。
そしたら次長もどういう事情で小早川さんと一緒だったのか言いやすかったかもしれない。
あーでもこれはたらればの話で、今はもうどうにも軌道修正できない事項だ。
そしてコーヒー一杯作ることすら躊躇するような事態に突入している。
そこまで気になるのか私は。何に。誰に。全然わからないけど。
「コーヒー好きですか、部長は」
不意に曇りガラスの向こうから声が聞こえた。
「うわあああああ?えっあっ、はいいいいい!」
「え、部長・・・・・」
次長は私の叫び声のような返答に驚いて曇りガラスの脇から顔をのぞかせた。
「どうされました、大丈夫ですか?」
「あ、だいじょうぶ・・・ごめんね。」
私は笑顔で返答した。多分大分ひきつってはいるだろうけれど。
「ちょっといい豆を購入したんですよ。今淹れてくるのでおすそ分けしますね。」
「え、あ、ありがとうございます・・・。」
次長は微笑みを浮かべながら部屋から出て行った。
えー・・・人の心が読めるのか次長は。
不覚にも挙動不審な返答をしてしまったことを恥じつつ、私は窓の外を見た。
今台所に出向くのも変だよな、大人しく待っていよう。
二人はプロジェクトの進行会議でも普段通りでおかしな態度はとっていなかった。
個別の対応も全然おかしくなところはなかった。
やっぱりあの店に私がいたことに気が付いてなかったのかな。
気が付いたとしてもプライベートだから声を掛けないことにしたのかもしれないし。
でもみずくさいよなあ、私は全然妻を紹介するのに。
・・・紹介・・・し難い状況だったってことなのかやっぱり。やっぱり!?
一度落ち着こうと思ったにもかかわらず、私は自分の思考が単一の答えしか出せないことに動転し始めていた。
やばい、だめだ、私の方から偏見で二人を見てしまっている。
独身男女が仲良くするのは別にいいんじゃないのか?そうだよ。
あれ?待って小早川さんって・・・既婚だよな・・・っていうか新婚だよな・・・、更に旦那さんは単身赴任中じゃなかったっけ・・・?
すっかり忘れていたけど確かそうだ。あれっ、そしたら独身男女じゃないよ・・・・ええええええええええええ
これありがちな不倫のシチュエーションそのままじゃないか?
それはいいのか管理職として放置というか見て見ぬふりはいいのかその前にそれは事実なのか?
どっちにしてもこのままにしておくわけにはいかないことだけは確定だ。
私はこの考えにたどり着くのに4日を要した自分に悪態をつきたくなった。
ただびっくりして焦って考えないようにして時が経過していた。
全く持って管理職としての自覚が足りなすぎる。猛省しなければならない。
そしていよいよ次長と正面切って向き合わなければならないのだと自覚した。
狼狽えている場合ではない。全く持って。
私は覚悟を決めて次長が戻るのを待った。