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君がいた  作者: 南十字輝
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垣間見る世界

「あ、そうだ、昨日話したあれ、どうなりました?」

返事がない。

「次長・・・?」

いると思って声を掛けたのだけど、どうやらいないみたいだった。顔を上げてよく見てみると、曇りガラスの向こうに人影が見えなかった。


二人部屋になっておよそ二ケ月になろうとしていた。五月の日差しのまぶしさに慣れ、快適なのだけど、次にやってくる不快な湿気の季節を思うとうんざりする、そんな短い季節だ。

次長は時折、いや結構頻繁にいない。結構長時間戻ってこないときもある。さぼったりしているとは思わない。そんな人間が役職について仕事をこなせるはずがないと思うからだ。実際次長は仕事に関しては言うことがない。実直且つスピーディーだ。むしろ私の方が押され気味の部分がある。


まあいないなら後でいいか。ちょうど一息いれたかったので私はコーヒーを淹れることにした。

時代は進んだのでかつてのように時間になったら自動的に給仕されるなんてことはない。その分気楽に好きなものを好きなだけ飲むことができる。それによって知った快適さの方が私は好きだ。


給湯室に入ろうとすると、先客がいることに気が付いた。しかも複数人いる。そして・・・なんだかちょっと騒がしい。

「えー、そうなんですかあー!」

黄色い声が複数。なんだかそんなの、数年ぶりに聞くような気がする。ずっと野郎ばかりの部署にいたからなあ・・・と思いつつ足を踏み入れようとして一瞬目を見張った。

キャーキャー言われている中心にいたのは次長だった。


「いつもおしゃれなもの持ってますよねー、こないだのあれはどこで買ったんですかー?」

「駅ビルの中にある店だよ」

「えー絶対嘘ー、この辺に売ってるものじゃなさそうだったもん」

「そんな嘘なんかついてないよ・・・」

次長は笑いながら首を私の方へ向けた。

「あ・・・おつかれさまです。」

笑みをたたえたままおだやかに挨拶をしてきた。周囲の黄色い声数人も挨拶をしてきた。そしてよそよそしい態度をとられた。ふう、ごめんよ。お楽しみのところをぶち壊して。


「・・・なんか人気だね」

部屋に戻ってしばらくたったころ次長に話しかけてみた。

曇りガラスの向こうから次長は返事をした。

「人気とかじゃないですよ。たまたまコーヒーを作りに行ったら彼女たちが盛り上がってるところに遭遇したんです。」

いやいやいやいや、盛り上がってたじゃん、次長の話で。

あまり追及すると気にしているように見えると思ったのでそこはあまり深堀しないでおこうと思った。

でもまあ、彼女たちの気持ちもわからないでもないような気がした。


初対面のときも思ったことだけど、線が細くて、背が高くて、着ている服はおそらくこだわったものだ。そしておだやかに話す。絶対声を荒げない。下品な態度なぞひとつも取らない。そして何よりもはげていない。人気が出ないわけがない。

自分と対照的な次長に私はないものねだりな気持ちを少し持った。


「多分ですけど」

次長が話をつないだ。

「彼女たち、役職者と話す機会がないんですよ。だから珍しがられてるんだと思います。なんかとんでもなく高給取りでタワマンに住んでると勘違いされていたんですよ。」

「え、タワマン?そうなの?」

「いやいや、住んでません。そもそもここらへんにタワマンなんか無いじゃないですか。どこまでも平地ですよ。」

「いやだから遠距離通勤・・・」

「そこまでしてタワマンだの都会住みとかに興味ないですよ、非効率ですし。もしかして部長はそういうのこだわったりしますか?」

「いやしない。近い方がいいですよ。」

近い方がギリギリまで寝てられる・・・前の部署ではそれ以外考えたこともなかった。誰もタワマンだの都会だのって話はしていなかった。

「ですよね。その土地のいいものに触れる良い機会じゃないか、って転勤する度に思っています。」

わ、なんて優等生で眩しい意見なんだ。やはりまるで違う。


なんだか今の現実を見せつけられたような気分になった日だった。髪の毛が無いとかそんなこと以前に、心構えから違うことに気が付かされたのだ。

視野の狭い中では髪の毛しか気にならなかった。でも、そうじゃない。髪の毛なんて気にするべきことの中のほんの一部なのかもしれない。顔を上げてみたら見慣れはじめた風景に風が吹いていることに気が付いた。そんな気分だ。

それに気づかせてくれた次長のことを私は観察するようになった。




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