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君がいた  作者: 南十字輝
3/9

ささやかな願い

四月も半ばを過ぎた。


桜は散って枝には葉がついている。要するに新しい気持ちが若干薄れたような、そんな日々だ。

毎日通う職場の場所には違和感はなくなってきた。メンバーの顔と名前も一致してきた。話しかけるのに誰だっけ、と一瞬言葉が詰まることもなくなった。

が、それでもまだ慣れないものがひとつある。


それは初日にさかのぼる。

私はちょっと、いやかなりうきうきしていた。何に、それは居室にだ。

昇進して私は部長になった。部長といえばわが社では一人部屋があてがわれる。私は一人部屋に憧れていた。とにかく集中して働ける。他人が来るときにはドアがノックされる。大概の人が恭しく、緊張しながら入ってくるだろう。私はそんな緊張している相手にそこまでかしこまらなくていいんだよ、と言葉と態度でやんわり伝えながら用件を聞いたり尋ねたりするのだ。今までも十分管理職として接してもらっていたとは思うけど、更にもう一段階段を登ったことが象徴的にわかるもの、それが私にとっては一人部屋だった。


辞令式が終わり、私は自分の居室に向かった。建屋の位置と窓の向きから察するに窓の外の景色も悪くないはずだ。日当たりもよさそうだ。これからの日々を想像しながら私はドアをノックすることなく、勢いよくドアノブを捻って一気に開けた。

開けた直後私は息をのんだ。


「すみませんでした、部屋を間違えました。」

派手にやってしまった、まさか部屋を間違えるなんて。ここは誰の部屋なんだろう。誰の部屋というのも変か。今この部屋の中にいる目の前の人物の部屋だろう。物腰の柔らかそうな線の細い、私よりも若そうなその人物も驚いているようだった。

「あの、えーと・・・」

「ほんとにすみません、こちらの建屋に勤務するのが初めてで勝手がわからず・・・」

「いえ、あの・・・」

困っているのか曖昧に笑いながら応対してくれている。なんてことだ、初日からこれでは先が思いやられる。とにかく自分の部屋を探さなければ。

私は一礼してドアを閉めようとした。


「あの、待ってください。」

部屋の中の人物はドアに近づきながら声をかけてきた。私は勢いよく閉めようとしていたドアを閉じるのをやめた。そして隙間からその人物に話しかけた。

「はい、待ちます。」

柔らかい物腰のまま、笑顔のまま、その人物は言った。

「部屋、間違ってないです。」

なんだって?

「部長、ですよね。私は次長です。」

「・・・・・・はい、私は部長です。」

どういうことだ?わけがわからない。

「はじめまして。よろしくお願いします。」

頭を下げられた。

「あ、はじめまして。こちらこそよろしくお願いします。」

細いドアの隙間から互いに挨拶をした。どういうわけか私の部屋の前で私は廊下から挨拶をしている。なにこれ。威厳、余裕、ステータス、満足感、どこいった。


あらためて説明します、と言いながら次長はドアを開けて私を招き入れた。

「部長は一人部屋だと思われたんですよね。」

「そ、そう。そうなんだよね。」

あれ、自分の動悸が気になる。

「もし一人部屋を楽しみにされていたようでしたら大変申し訳ないのですが・・・」

え。あ、あれ?部長の机って大概、窓を背景にドアのほうを向いてるよね?なんでかな、横向いてない?もっと言うと机二つあるよね?なんでかな、なんでかなー・・・

「うちの部署は部長と次長の二人部屋になります。」

私の頭の中はわーだのあーだの、叫ぶ声で一杯だったけど平静な態度を装った。その場ではそうなんだね、と言いながら机を軽く叩き、こっちが私の席かな?なんておどけて聞いてみたりした。とにかく陽気な態度に努めた。初日で多少浮ついた気持ちだったところに更に上滑りした気持ちが加わって、気が気ではなくなった。


そんな出だしから二週間が経過した今。

私の左側には大きな窓があり、外の風景が広がっている。日差しも程よく入ってくる。目の前には曇りガラスのパーテーションがあり、その向こう側には次長が座っている。

最初の衝撃が尾を引いているのか、未だ私はこの部屋の環境に慣れていない。今まで大所帯でわいわいやっていたのでみんなの顔が見える状態で働いていた。今は部屋に二人、しかもその姿が見えない状態だ。小さなキーを叩く音と椅子がきしむ音でようやく人がいるのがわかる程度だ。

私はキーを叩きながらぼんやり思う。なかなか思い通りにはならないものだな。まあ、なんでも思い通りになるっていうなら頭頂部の毛髪をまずどうにかしたいもんだな。

しょうもないことを思いながら、葉桜の季節の中、新しいプロジェクトを始動させようと私はせっせと準備をしていた。




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