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君がいた  作者: 南十字輝
2/8

夜明けなんかのはるか前

「パパ、どんなに見つめても髪の毛は生えてこないよ。」

洗面台の鏡越しから、娘は私に淡々と言った。

いつからそこにいたんだろう。全く気が付かなかった。

「ごめん、使う?」

「今は大丈夫。あのさ、もしかして意識してる?」

「え、何を?」

「モテとか」

「も???」


娘は私に時折刺激をくれる。成長するたび、外で何かを吸収するたび、思いがけない言動で私を喜ばせ、悩ませてくれる。で、今日のはなんだ。わからない。わからないぞ。


「四月だし。新入社員とかからモテたいみたいな?」

その発想はなかった。

「いや、パパのところには新入社員とか来ないから。接する機会もないから。」

「へえー、でも新しい職場に行くんでしょ、今日から。」

「そうだけど」

「今までみたいな男所帯じゃなくてかわいい女子社員がいるかも~。」

「いるからってなんでモテ・・・」


妻はカウンターキッチンの向こうからクスクス笑っている。

よかった睨まれていない。そこは重要だ。


「そっかちがうんだ。髪の毛気にしてるからもしかしてって思っちゃった。」

「今更中年サラリーマンがモテたいとかないよ、ないない」


髪の毛を気にして見つめていたのは今に始まったことじゃない。

自分の意志に反してはらり、はらりと落ちて行った大切な体の一部。全体的に前面から退行するならいい。いっそぜんぶごっそりまとめてでもよかった。なんで頭頂部からじわじわ広がってきたんだ。

カツラ?植毛?できたら避けたい。

バーコード?そんなに必死さをアピールしなくても。

自然にそっと、ゆっくり抜けてくれたなら気持ちも落ち着いていられただろうに。周囲の同年代と比べるとシュールなハゲ具合なんじゃないかと時々しみじみと見つめてしまうのだ。


新しい職場での初対面、相対する人達の目線は顔の次に頭頂部だ。注がれる視線に色々思いが交錯する。

ああ、今日の私はそれに耐えられるだろうか。

そんなことを思いながら洗面台の前で私は佇んでいたのだ。


まあ、娘の言う通りだ。

どんなに見つめても毛髪は生えてこない。むしろ急に芝生のように一斉蜂起されても死期が近づいたのかとか余計な心配が増えるだけだ。今目の前にあるものが、安定してそこにあるのだからそれでいいじゃないか。たまたまそのリストの中に毛髪は含まれていなかっただけだ。


「朝からちょっと、ドキッとしたわね。」

家を出る直前に妻に声を掛けられた。

「何を見聞きしてあんなこと思ったのかしらね。」

「そうだね。」

私は今日予定している帰宅時刻を妻に告げていつも通りに家を出た。


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