32. それは涙か、雨か
「貴女、ノア様のなんなんですの?!そんな体型を隠すような服装で。本当にみっともないですわね。ノア様には全然釣りあってないのですわ!早く消えて下さいませ?」
目の前には黒髪をクルクルと巻き、零れんばかりの胸を強調したデザインのドレスを着たご令嬢。
そして口元の真っ赤なルージュがいやに艶めかしい。
フィリスは彼女を見て、小さく深呼吸をしてから口を開いた。
「ええと······お知り合いでしょうか?」
「はぁ?!身分も見極められないなんて、これだから庶民は!私、この国の伯爵令嬢なのよ?それに、ノア様は隣国の公爵であられる方で、私とは恋仲なの!此処は貴女みたいな庶民が来る店ではないのよ、分かる!?何故ノア様といるのか知らないけど、邪魔よ。分かったら消えなさい?」
「伯爵令嬢······。なるほど。恋仲?という事はお付き合いされているということなのですか?」
なるほど······。
やはり浮気癖があるという事なのだろうか······。
フィリスは熱せられていた頭が急激に冷めていくのを感じた。
僅かでもノアを気になってしまった先程の自分を責めたい。
「そうに決まってるでしょ?ドンくさいわね!私、ノア様とは夜を共にした仲で「オイ、お前、フィリスに何をしている?」
その時、席に戻ってきたらしいノアから低く威圧的な声が響き渡る。
そしてフィリスは席を立った。
「公爵様。彼女はこの国の伯爵令嬢で貴方と恋仲であり、一夜を共にしたと仰っております。私は邪魔で、消えてくれと言われましたので。私、こちらにて失礼させて頂きますわね?」
「······は?ちょ······フィリスっ!ちょっと、······待ってくれっ!!」
フィリスが美しいカーテシーを取って、席を離れて行ったのをノアは彼女を追いかけた。
「ちょっと!ノア様ッ!!私に純潔の!白の”エクラン・ドゥー”を送って下さったじゃないですか!結婚を考えているのではなかったのですか?!どうしてそんな庶民の女の所へ行くのですッ!!」
また、何か意味のある物を贈ったのね······。
結婚を考えている······恋人?
追いかけてくるノアを無視して歩を進めるフィリスには、その伯爵令嬢アメリアの叫び声だけが聞こえていた。
◆
外は雨が降っていた。それが、自分の心を表しているようでフィリスの気分は更に落ち込む。
今日一日で変に意識してしまう事があったからだわ。
本当に最悪ね······契約結婚なのだから別に旦那様がメイドちゃんの他にあんな伯爵令嬢まで唆していようと私には関係のない話なのに。
なのに······何故、こんなに苦しいの······。
「フィリスッ!」
雨除けのない今、雨の中を歩くのは少し肌寒い。
大きな雨粒に打たれ、傷ついた心に染み入って、肌の体温を下げていく様で。
両腕を組んで少しお腹を庇うように歩を進めるフィリスに、ノアは走り寄った。
「フィリスっ、待てっ!待ってくれ」
腕を掴んで引き寄せれば、振り返った彼女の表情に息を呑む。
「ッ!フィリス······どうして泣いて······さっきの女か?!クソっ」
「雨で濡れただけでしょう······離して下さい」
フィリスは、ノアに言われて初めて、自分が泣いていた事に気付いた。
それを肯定したくなくて、フィリスは直ぐにワンピースの袖で目元を拭う。
「そんな筈あるか······!こんなにびしょ濡れでっ!風邪をひいてしまう······すぐどこかの店に入ろう」
「いやっ!本当に、大丈夫ですから離してっ!貴方は早くあのご令嬢の元に行けばいいではないですか!」
「何を言っているんだ!そんな顔の貴女を離してやれるわけがないだろうッ!」
ノアは小さな溜息をつくと「すまない、嫌かも知れないが、少しガマンしてくれ」と呟いてフィリスを横抱きに抱き上げた。
「ひぇっ!な、な、なにをっ······」
「危ないから動かないでくれ?」
ノアは自分の着ていた上着をフィリスの身体にかける。足早に雨の中を歩くと、王都街での滞在場所であった宿に入った。
自分の部屋に着くと、彼女を寝台に座らせる。そして自分は床に膝をつき、フィリスを下から見上げ、宥める様にゆっくり優しく声をかけた。
「······フィリス、すぐに風呂に入って、身体を温めないと······風邪を引いてしまう」
「······さい」
「え?」
「ほっといてください」
フィリスは俯いたままで、その顔には悲痛な感情が溢れ出ていて。
今までのノアならここで諦めてフィリスを放置していただろう。
でも、今のノアはフィリスを諦めるわけには行かなかった。
「フィリス······あの女になんと言われた?」
「旦那様、あなた、いい加減にしたらどうですか?国にメイドちゃんがおりながら、隣国にも相手を作るなんてどうかしてます!浮気癖があるにしても、酷すぎますよ。仕事なんて言って、各国に愛人を作るなんて······」
フィリスが声を荒げ、ノアはその内容と事実との相違に慌てる。
「っちょ、ちょっと待て······いや、違う······んだ、全て誤解だ!」
「本当に可哀相です。人の心をなんだと思っているのですか?それに······産まれてくる子供も、そんなに沢山女性がいては、誰が母親か分からなくなってしまいます······」
その言葉に、ノアは声を振り絞る。自分の事はなんと言われても良い。でも、子供の事は······自分達二人の子なのだからと腹に力を入れて。
「フィリス!子供は関係ない。子供の母親は、フィリス、貴女だけだ。他の誰でもない。そうだろう?」
「······」
フィリスが黙って、ノアは誤解が少しでも解けるように言葉を続ける。
「それに、本当にライラとは何もないし、幼馴染だと言ったろう。あと、先ほどの女は俺が昨日薬を盛られて······」
「は、い?······薬?またとんでもない嘘をつくのですね?」
しかし、フィリスはあまりに非現実的な話にノアを信じられなかった。
「う、嘘ではないんだ!恥ずかしい話なのだが······」
ノアは、ウィルと会った日の事から昨日起こった出来事までを包み隠さず、事細かにフィリスに話す。その間も変わらず訝し気な表情でノアをじっと見つめていたフィリスは、溜息まじりに口を開いた。
「貴方の言い分は分かりました。でも、”そうなんですね”なんて言えるわけがないでしょう?彼女が本当に貴方の言った事をしていたら重罪ですよ?」
「まあ······だがそうなんだ。他国の公爵に薬を盛ったんだからきっと制裁を受ける筈だと思うが」
「ですが、それより、浮気性の貴方が嘘を付いていると考える方が妥当では?」
苦笑いを零したフィリスを見て、ノアは彼女の腕を掴む。
「フィリス!俺は浮気性でもないし、嘘もついていないんだ!」
「では、彼女が言っていた一夜を共にしたというのはなんなのです······?」
「あれは妄想で、嘘だ。俺は知り合ったばかりの女と一夜を共にしたりなどしない!」
「······知り合って長ければ、共にするのですね」
フィリスのその小さな呟きにノアは顔を上げた。
「いや!そういう事ではなく。知り合ったばかりの女にそんな事をするはずがないと······だから······」
「まあ、殿方は皆様そういうでしょうね······」
フィリスはジト目でそう言ってから「っ、くしゅんっ!」と、盛大なくしゃみをした。
それを聞くや否や、ノアが直ぐに立ち上がり、浴室に向かう。そして、走って戻ってくるとフィリスを再び抱き上げた。
「っちょっと、歩けますからっ!下ろして!触らないで、やめて!」
「風邪をひいてしまう!妊娠している貴女に風邪をひかせるわけにはいかないんだ!俺を信じられないのは······良くないが······今は一旦置いておいて、お願いだから温まってくれ······」
浴室でフィリスをおろし、入浴の介助をしようと、服に手をかけたノアをフィリスは必死で止める。
「ひっ、一人で温まれますから!服も一人で脱げますからっ!大丈夫!ちゃんと、温まりますからっ」
「······本当か?約束してくれるか?」
「本当······ですから!約束します!!」
「······分かった」と渋々頷いて、浴室を出たノアと、
「もぅ······」と溜息をつきながら、浴槽に浸かったフィリス
「また、俺の所為で······フィリスを傷つけて······」
「なんで、こんなに······胸が苦しいのかしら······」
二人は同時にそれぞれの想いを呟いて、お互いに別々の場所で物思いに耽っていた。
皆様いつも応援ありがとうございます!
ノアの印象がよくなってきていると良いのですが・・・!苦笑
かなりニッチな内容ですのでこんなに読んで頂いている事に驚愕しつつ・・・もし続き気になりましたら、いいね!ブクマ、★評価などでの応援頂けますと光栄です。では、また明日皆様に会える事を楽しみにしております!




