30. 俺にチャンスをくれないか
本日も長めですが会話多めとなっているため切りません。ゆっくりお時間ある際の暇つぶしにお願い致します。
ダイニングテーブルに座り、4人は顔を見合わせて沈黙した。
その重々しい空気の中、最初に口を開いたのはウィリアムだった。
「まず、ノア君、君は現バルモント公爵であっているかい?僕はウィリアム。エレインの夫だよ」
ノアは驚きと共に、納得の表情を浮かべる。
彼が、継母エレインの現在の夫なのか、と。
エレインは父公爵と死別した後、何も受け取らずに公爵家を出ていった。だから、なんとなく、祖国に帰ったのではと、薄々感じてはいたのだ。
「ああ。ウィリアム殿······昨日は貴殿に助けられたのだろうか?記憶がなくて······申し訳ないのだが······助かった。本当にありがとう」
申し訳なさそうに頭を下げるノアに、ウィルは横に首を振った。
「うん、間髪間に合ってよかった。あと、ウィルでいいよ。僕たちは城下町で知り合った友人なんだし。それに一応伯爵家ではあるんだけど、ほら、僕とエレインはあんまりそういう貴族っぽいのは好きではなくてね。ね、エレイン?」
「ええ······それにしても、二人は城下町で出会ったの?」
「······」
ウィルが黙って下を向いたのを視界に捉え、ノアは直ぐにエレインに答えを返した。
「はい、今、仕事でこのギプロスに滞在しておりまして。偶々行った酒場でウィルに会いました」
「そうなのね~······」
エレインがじっとウィルを見つめ、彼は焦った様子で両手を上げた。
「いや、本当に何にもないって!エレイン一筋だから!困るよ、本当に!」
ノアはそんな二人の様子を見ながら、エレインに向かって言葉を続ける。
「で、継母上。フィリスがここにいる理由をお伺いしても?」
「それはもうレオンから聞いているのではなくて?それに、理由なら分かるのでしょう?」
「まあ······。では、フィリスは私が帰るタイミングで一緒に公爵家へ帰りたいと思います」
「えっ?!」
フィリスは思わず零れた言葉を隠すように、咄嗟に口をおさえた。
「······え?フィリス······貴女はもう公爵家には帰らないつもりなのか······?」
驚いたような表情を見せたノアを見て、フィリスは手を握りしめ、言葉を絞りだす。
「私は······その······まだ帰りたくない······です」
「フィリス······でも貴女には公爵家の女主人として、邸にいて欲しいのだが······」
沈黙した二人の間にウィリアムの心配するような声が響く。
「······ノア君。フィリスちゃんと、ノア君の気持ちはお互いに拗れているように見えるよ?あまり焦らない方がいい。こういうのはじっくりと時間をかけないと」
「そうね、ウィルの言う通りだわ。それにフィリスちゃんの気持ちもちゃんと聞いてあげないと、ね?」
ウィリアムとエレインはノアにそう言った後、二人を見つめた。
「いくら契約結婚とはいえ、君達は今は夫婦なのだから。しっかり話あってみない事には先に進めないだろう?二人はやっぱり会話不足な気がするな」
確かに、親友のテッドにも同じ事を言われたな、とノアは頷いた。
そして隣に座るフィリスを見る。
「フィリス、話をしたいのだが······いいだろうか?」
「······」
無言で俯いたフィリスに、エレインは優しく彼女の手を握りしめた。
「フィリスちゃん、貴女がノア君にどんなに良い印象がないとしても、一度彼の話も聞いてあげて?それから、自分の気持ちを考え直しても遅くはないと思うのよ。それでも、どうしてもノア君とは一緒に居たくないっていうのなら、私が匿ってあげるから言いなさい?」
その、ノアへのあまりの言い様にフィリスは少し頬を緩める。
「ふふっ······はいっ······」
「でも、まずはしっかり、お互いの本音をぶつけた方がいいわ?でも喧嘩してはだめ。お互いの意見も尊重して、できるだけ歩み寄る努力は必要でしょう?」
「はい。そうですね」
「ノア君、ノア君の仕事は終わったの?此処を宿代わりにしても良いから、”離れ”は貴方の好きなようにしなさい?」
「お気遣いありがとうございます。そうですね。フィリスがここにいるなら、俺もここに······」
エレインの辛辣な言葉を聞きながら、グサグサと刺さるその言葉の刃に苦悶の表情を浮かべていたノアだったが、直ぐに椅子から立ち上がるとフィリスを連れて母屋を出た。
◆
ノアとフィリスは”離れ”のダイニングに腰掛けた。
彼は目の前に座るフィリスをじっと見つめて、口を開く。
「フィリス······その、今までの事、本当に申し訳無かった。あれから貴女に言われた事も考えたんだ。確かに今のままじゃ、良い父親になんてなれないだろう······」
そしてノアは振り絞るように自分の伝えたかった気持ちを言葉に紡いでいった。
「俺は、分からなかったんだ。この気持ちも、妊娠についても······。いや、分かろうともしていなかった。でも、今は、貴女の事をもっと知りたいと思っているんだ······」
「っ······旦那様。ですが、あと9ヵ月もありませんわ」
「だがっ······俺は、産まれてくる子にも、貴女にも誇れる人間になりたい。そのためにも先ずは貴女の事をもっと知って、その······、夫婦としての信頼関係や絆を育みたいんだ!」
「······ですが。先ほども言いましたが、既にお相手がいらっしゃるのに、そんな愛の告白のような言い方をするのは良くないと思います······」
「ライラは······彼女は、そういう関係ではない」
「ライラ、というのですね······」
通常、メイドの事を”メイド”というノアが、彼女に関しては”ライラ”と名前で呼んだ事にフィリスはその親密さを見た気がした。だから、その関係を確信してノアをじっと見つめる。
逆にノアは、フィリスに見つめられ急に恥ずかしくなって視線を逸らした。
「いや······彼女はただの幼馴染なんだ。父の頃からのメイドの子供で······幼い頃からずっと邸で一緒に育ったから、妹のような存在で」
「ヘエ。オサナナジミ。ソウナンデスネ······」
「······本当だ!もし疑うなら、レオンに聞くといい」
「疑うも何も、私にとやかく言う筋合いはありませんし。それに、彼女はレオン様とあの様に親しく話をするのを見たことがありませんから······貴方が特別な存在なのではないですか?」
その言葉に、一瞬考えるような素振りを見せて、ノアは首を横に振った。
「いや、それはないだろう······」
「······」
「本当に、何も無いんだ。信じてほしい!それに、俺も······レオンとの事を疑って悪かったと思っている。あんなこと、冗談でも言うべきではなかった······本当にすまない」
ノアは少しでも誠意が伝わる様に、フィリスに頭を下げる。
「レオン様はエレイン様の妊娠中お手伝いをしていた様ですわ。妊娠に関する知識もあるから、私を気にかけて下さったのかと思います。私もとても助かりましたので、彼を咎めないで下さい」
「そうだったのか。やはり、貴女もレオンの様な優しい男が······好きなのか?もし今後公爵家に残るなら······やはりレオンの妻が良いのだろうか······。
だがっ······あいつの事はまだ許せていないんだ。フィリスをこんな所に隠すなんて姑息な真似を······」
フィリスは顔を上げてノアを見る。美形のノアが眉間を寄せて、心底ショックな表情を浮かべながらブツブツと何かを呟いているのを見て、思わず笑ってしまう。
「っふ、いや、別にレオン様は優しいですが、好きというわけでは······」
「っそ、そうなのか!?では······!フィリス······俺にもう一度チャンスをくれないだろうかっ!」
「······へ?ちゃんす······ですか?」
「ああ。俺の第一印象が最悪だったのは分かっている。だが、心変わりをした俺を、もう一度見てほしい。その為にはまず、俺の事も知って欲しいんだ······。今後、父親としても任せられるというのを貴女に見せたい」
「えぇ······まあ、はい······。分かりました。確かに今後、父親として子供を任せらるか分かれば私も安心できますしね」
フィリスは、この時のノアの言葉を、ただ単に“産まれてくる子供の父親となる為の器があるか見極めて欲しい”という意味だと思っていた。
だから彼女は軽い気持ちで頷いたのだ。
産まれてくる子供は彼と唯一血の繋がった親子として生きることになるわけだから、と。
だが、そうとは思っていない鈍感大型犬は尻尾を振って喜び、顔を輝かせた。
「で、では!共に城下町に散策に行くのはどうだろうか?!いや、もし、君の体調が優れればの話だがっ······」
フィリスは少し考え込んだ後、首を縦にふった。
「はい。最近は大丈夫な日もあるのです。だから、そうですね······馬車だとどうしても嘔吐してしまう事もあるとは思いますが、それでも良いなら······」
「あ、ああ!勿論だ!ちゃんと、知識は蓄えてきたんだ。嘔吐しても大丈夫なように麻袋に吸収性の高い紙を沢山持っていこう。だから任せてほしい!」
ノアが拳を握りしめながら、前のめりでそう叫んだのを見て、フィリスは目を丸くした。
こんなグイグイ来る人だったっけ?そもそもこんなに口数の多い人だっただろうか?と。
そして、その違いが面白くて堪らず吹き出す。
「ッく······ふふふ!あはははっ、旦那様、なんでそんな真剣なのです?!本当に、変な人ですね!」
そして翌日、二人はギプロスの城下町散策という、初めてのデートをすることになった。
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なんとも過ごしにくいジメッとした日々が続いておりますが体調崩されぬ様に願っております…(絶賛風引きより)
 




