2話~このキノコは珍しい~
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昨日は色々と衝撃的な話題も多く、病み上がりもあってか気を失うように眠りについた。
前回と同様に看守が食事を配膳する前に、マッシュが起こしてくれたので、無事に食事にありつく。
なんでも、マッシュが治療した剣奴から聞いた話によると看守が配膳する時に寝ていたり座っていたら食事抜きの罰則ならまだいい方で、酷い時は私刑か闘技場で公開拷問されるそうだ。
改めて、自分がどんな場所にいるか再認識して身震いする。
異世界では命の価値は平等ではなく、弱肉強食の世界。人権や尊厳なんてものは財や力、地位の前では塵芥より軽い。
そんな異世界で俺は一人きり。
頼れる相手がいないなら自分自身のみで生き抜いていくしかない───不思議だった。
こんなよく分からない異世界に転移して、理不尽な目にあってるのに、日本にいた頃より活力が漲っている気がする。
俺自身、以外だった。
向こうでの日常は命の危険はなく、衣食住も揃っていたのに不満ばかり募らせていたのに。
何故か、俺はこの世界で生き抜く算段をたてようとしていた事に内心驚く。
まぁ、自己保身にすぐ走る俺らしい、と言えばそれまでなのだが。
そんな俺が赤の他人である母子を、自分の身を顧みずに咄嗟に助ける一面がある事を思い出す。
「二十九年生きてきたけど、まだ知らない自分が知れるとは··········。人生なにが起きるか本当に分からないなぁ」
「おうおう、新入り!まだ二十九年しか生きてねぇーのか!オレっちは、とうに百年は越えてるぜ!」
「え?マッシュさん、そんなに生きてるんですか?てか、マッシュさんって寿命とかあるんですか?」
「おうよ!まぁ、中つ世界に来たのは割と最近だけどな。実はオレっちにも寿命はよく分からないんだ。こっちの言葉だとオレっちみたいなのは異精人と呼ぶらしいぜ。寿命は種族によるけど、オレっちの種族は数百年とか千年とか言われてるな」
「おお!さすが異世界クオリティーだ。中つ世界に異精人ですか·····。マッシュさんって、どんな種族なんですか?」
「オレっちは腐灰界出身の菌聖族だな!この世界でも珍しいみたいだぜ!新入りは見た所、普通の人族ぽいけど。どうやら、中つ世界出身じゃなさそうだな」
「知らない単語ばかりだ。こうなるとメモ帳が欲しいなぁ。おっと!すみません。マッシュさんの推察通り、きっと俺はこの世界とは別の世界から転移したみたいで、一般常識含めて知らないことばかりなんです。だから、もしマッシュさんさえ良ければ───」
「いいぜ、新入り!」
「え?」
「色々と教えてくれってことだよな!昨日も言ったが、オレっちが答えられる事ならなんでも聞いてくれよ」
「··········マッシュさん!本当に、本当にありがとうこざいますっ!俺、知らない世界に来て、初めて会った人がマッシュさんで本当に良かったです!」
「な、なんだよ、新入り。礼なんかいらないぜ、だってオレっち達は、もう、そのなんだ───」
「共生関係!でしょ?」
マッシュは短い手足をバタ付かせたと思ったら、急に傘に手を伸ばして顔を隠す。
陶磁器のような真っ白なマッシュの傘がほんのり赤くなってる。
歳上の可愛らしい同居人の照れている姿に、思わず殺伐した異世界でも自然と笑みが零れる。
きっと俺一人だったらパニックになって、訳も分からず初日で終わっていただろう。
俺は改めてマッシュと出会えたことに、そしてマッシュの人柄に感謝した。
「ところで、マッシュさん。俺の事を新入りって呼んでたけど、前の方は·····やっぱり剣奴──じゃなくて、お祭りに参加して帰ってきてないんですか?」
「ん?ああ、新入りの前の奴はお祭りには参加してないぜ?」
「え?じゃあ、前の人はいまどこに?」
「··········ここには文字通りいないぜ。前の奴はオレっちが殺したんだ」
は?
「え?あ、ちょっと、すみません。ハハッ。マッシュさん、よく聞こえなかったみたいで、もう一度言ってください!!」
「前の奴はもういない。オレっちが·····喰って殺したんだ!!」
おいおい。
おいおいおいおいッ!!!!
ちょ、ちょっと待ってくれよ。神様。
やっぱりアンタは史上最悪の最低だァアア!
人語を話す人喰いバケモノと同室って。
そりゃ、ねぇーだろ!?
このバケモノのこと信じかけてたのに。
これまで、気遣うような素振りや真摯に質問に答えてくれたのは───なんだったんだよ。
メインディッシュの前の余興かよ。
「··········新入りはやっぱり、オレっちが怖いか?」
当たり前だろ、バケモノ!っと喉まで出かかった言葉を必死にのみこんだ。
マッシュ・ポッドの姿を。
マッシュ・ポッドの瞳を見てしまったからだ。
さっきまでの軽快で不遜な口調が嘘のように。
俺よりも恐れてるいる姿に。プルプルと小さい身体をより縮め込ませて震えていたからだ。
宝石の如く鮮烈に煌めくマッシュの瞳はとても、綺麗で澄んでいたのに───いまは、百年以上生きたマッシュ・ポッドの瞳は俺に拒絶される事を一番に畏れていたからだ。
「·····マッシュさん。聞きたい事があります。正直に答えてください。お願いします───」
落ち着け、俺。
冷静にだ。ステイクールだ。
ここは正念場だ。ここを外したら俺は死ぬ。
誰よりも俯瞰してこの場を視るんだ。
「───最初、ここに連れてこられた時、俺は大怪我を負っていた、と聞きました。なぜ、知りもしない俺を治療したんですか?」
「··········え?なぜって?怪我してたら痛いだろ?知ってる奴とか、知らない奴とか関係ないぜ。ソコに怪我してる奴がいて、オレっちが治せるなら見過ごせるかよ」
「そうですか。それは大怪我を負った俺ではなく、治った俺を食べたいって事ですか?」
焦るな、焦るなよ、俺。
ここはもう日本じゃない。俺の知ってる価値観や常識が通用しない異世界だ。
疑え、全てが敵だと思え。
「ち、ちがう。オレっちは、オレっちはただ··········本当に」
この人喰いバケモノの動きを一つ残らず見逃すな。
───もう、強情だなぁ。フフっ、もっと素直になりなさい。心に、感情に素直になって楽しむことを覚えなさい。決して傷つく事を恐れないで───
なんで、こんな時に思い出すんだよ。
こんなクソみたいな記憶·····。
それよりも、集中しろ。こっちは命が掛かってんだぞ。
「信じて貰えないと思うが、オレっちは新入りを喰いたくて治したわけじゃないんだ。信じられないとおも───」
「信じます」
「───うけど。·····うにゃ!?な、なんて?」
「だから、マッシュさん。あなたを信じます。短い時間ですけど、マッシュさんと過ごして、感じた俺の感想です。俺を食べるつもりなら、いつでもできたはずです」
「そ、それは。あれだよ、ほら。ゆ、油断させるためかも知れないぜ?」
「それなら、それで俺の見る目が無かっただけなんで。その時は一思いに食べてください。
それにね、マッシュさん。俺を気遣ってくれたマッシュさんの優しさに本当に救われたんです。だから、マッシュさん。前の方に何があったか、教えてください。お願いしますっ」
「··········新入り、変わってるな。まるでアレクのようだ。そうか、コレがアレクが言ってたことなのか。··········新入り、分かったぜ。前の奴がどうなったか正直に話す。先ずはオレっちがここにいる理由からだ。オレっちは───」
マッシュが静かに話してくれた事を要約すると。
いま俺がいる、この中つ世界は、様々な異界と繋がる事が出来る世界で。
異界門と呼ばれる次元の歪みが発生すると、中つ世界に一定期間は確実に固定されたまま繋がる。
そして、繋がった異界には様々な資源や貴重な原生生物を求めて、探索や討伐を生業とする異界渡りと呼ばれる専門家達が遠征するらしい。
マッシュが暮らしてた腐灰界が異界門によって中つ世界と繋がり、専門家である異界渡りが遠征にきた、と。
そこで、異界に住む理性がない原生生物。
通称異獣に襲われていたマッシュが遠征に来ていた異界渡りに助けられた。
その時に助けて貰った異界渡りがアレクで、そのアレクと仲良くなって中つ世界へ一緒に渡った、と。
中つ世界に渡ったマッシュは、運悪く人攫いに目を付けられて、マッシュを人質にして異界渡りのアレクを嵌めて、二人ともこの闘技場に連れてこられたらしい。
菌聖族のマッシュは剣奴の治療役に。
異界渡りのアレクは目玉の剣闘士として。
だが、問題が起きた。
異界に住まう原生生物。異形のバケモノである異獣と切った貼ったを生業とする専門家が、素人同然のチンピラに負ける方が難しい。
そこで、人攫いと悪知恵が働く奴隷商が手を組み。マッシュを人質にとって、更に罠に嵌めた。
異獣から捻出された猛毒を使ってアレクを弱らせてから、大勢で囲み私刑。
大怪我を負わせた後にマッシュに治療させて奴隷契約を交わす予定だったが、マッシュは外傷を治療はできても解毒はできなかった。
アレクは結局、毒が原因で死んでしまった。
マッシュは命の恩人であるアレクを、死なせてしまったことに深い後悔と責任を感じてしまっている。
更に、アレクが死ぬ前に菌聖族、固有の異能力。生命吸収でマッシュの手で死なせてくれ、とアレクは懇願した。異界渡りとしての矜恃を持ったまま死にたい、と。
それと、吸い取った生命力で他の怪我人を救ってくれ、とも。
恩人の最後の頼みをマッシュは叶えた。
アレクの頑強な生命力のお陰で、大怪我を負った俺は今を生きる事ができてる。
誰かを救って、誰かに助けてもらう。
命が命を繋いでいくことに、深く俺の心に刺さった。
巡り巡って、アレクは俺にとっても命の恩人であった。
知らない異世界の単語が多く、マッシュが話してくれた出来事をしっかりと咀嚼する。
マッシュを正面に見据えて出来だるだけ誠実に想いが届くように伝える。
「マッシュさん、話して頂きありがとうございます。マッシュさんも知らない世界に渡ってから··········その、色々と大変でしたね。改めて、俺はマッシュさんを信じたいと思います!いや、信じます。アレクさんが信じたマッシュさんを。アレクさんの意志を継いだマッシュさんを俺は尊敬します!」
「··········やっぱり、新入りは変な奴だぜ。こんなオレっちを尊敬するなんて。··········なぁ、新入り」
「はい。マッシュさん」
「最後にアレクがオレっちに言ったんだ。マッシュ辛い役目を押し付けてごめんな。きっと、俺様以外にもマッシュを種族とか関係なく対等に見てくれる奴と出会える。··········だから、強く生きろよ。なんてたって冒険士のダチなんだからって」
「マッシュさんはアレクさんとは·········友達、だったんですね」
「いやちがうぜ、新入り。アレクとオレっちは共生関係だぜ!」
「いや、だからこぇーよ!」
マッシュはどこか自慢げに、でも寂しそうにも見えた。
そうか。マッシュも俺と一緒だったんだ。
知らない異世界でたった一人。頼れる人を亡くして、どんなに心細かっただろうか。
「でも、共生関係ってぴったりかもしれません。共生って異種族の生物が相手の足りない点を補い合いながら一緒に生きていくって事なんです。だから、もしマッシュさんさえ良ければ俺と共生関係になって頂けないですか?」
「··········こんなオレっちなんかと。ああ!いいぜ!やっぱり新入りは変わってるな!ソレにもうオレっち達は共生関係だぜ!」
「ありがとうございます!マッシュさん、せっかく異世界にきたんですから、こんな所から抜け出して、アレクさんが生きたこの世界を見にいきましょうよ!だから、俺と一緒に脱出しませんか?」
「アレクが生きた世界か··········。ああ、そうだな!新入り、オレっちもアレクと同じ異界渡りになりたいぜ!ここから出よう!」
「はい!先ずは、情報を集めましょう」
異世界に転移して、俺は友達··········いや、共生関係の相手が見つかった。
そんなマッシュと、ここから脱出の計画をたてる。
この異世界の地で、俺も強く生きる。
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