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〔ライト〕な短編シリーズ

パンドラの箱、宇宙へ。

作者: ウナム立早

2022/02/13 少し内容を修正しました。


 春が訪れ、草木が徐々に芽吹きだしたころ、ある国立大学教授がこの世を去ったことが、世界中で大々的に報道された。


 教授は物性物理学の権威だった。書いた論文は、あらゆる分野で引用されていることは言うまでもなく、数々の特許を持つ発明家としても、有名な存在であった。


 しかし一方で、教授には狂気マッド天才科学者サイエンティストとしての側面があった。特に、特殊な合金や防御機構を製造する技術には異常なこだわりを見せていた。ときおり、自作で特殊な構造を持つ金庫を開発し、それを助手に開けさせようとして、怪我をさせてしまったという逸話もある。


 そして今、教授が生前に遺言としてのこしていた、一つの動画が世間を騒がせている。


『お元気かな、諸君。この動画をご覧になっているということは、私はもうこの世にはいないのだろう。誰が何をやってもビクともしない頑丈さを持ち、中の物の安全を永久に保証できるような、そんな素晴らしい物質を製造すること、それが私の人生の、最大の目標でした』


 教授がそこまで話し終わると、画面が切り替わり、巨大な金庫ほどの大きさのある物質が映し出された。物質は鈍い灰色の光を放ち、いかにも頑丈そうな、たたずまいをしている。


『そこで、私が死んだ後の世界を生きる諸君らに、ちょっとした挑戦状を叩きつけたいと思います。今ご覧になっているのは、私が生涯にわたって培ってきた知識と技術、そして、各方面のあらゆる人脈を駆使して製造した、セキュリティ・ボックスです。私の見積もりでは、今の地球上のいかなる技術を用いても、この箱を開封することは不可能と考えております』


 動画では、またも画面が切り替わり、笑みを浮かべた、しわだらけの教授の顔が現れた。


『ですが、いつか、誰かに、このセキュリティ・ボックスが破られ、開封される時がくると信じています。その時こそが、地球の技術が私の理想を超え、新たな未来への切符を勝ち取った証明になるのです。それを夢見て、私は永遠の眠りにつくことにしましょう、ふっふっふ』


 動画はここで終わっていた。


 この内容は、一般的な動画投稿サイトで公開されていたのもあって、すぐさまネット上で拡散した。


 教授の自宅や、勤め先の大学まで、そのセキュリティ・ボックスを見てみたいという訪問客があふれ出す始末だった。


 政府もこの状況をいち早く察知し、彼の研究室へ問い合わせたところ、大学近隣にて教授が保有していた工場の一室に、保管されているとのことだった。


 とりあえず事態を鎮静化させるため、セキュリティ・ボックスは大学の私有地のど真ん中に、でん、と、一般公開という形で置かれることとなった。


 訪問客は、ほとんどがセキュリティ・ボックスを近くで観察し、触って質感を確かめるだけであったが、中には、教授の言葉を受けて立ち、様々な道具を使って開封しようとする者も現れた。


 しかし、そのセキュリティ・ボックスは想像以上に手ごわく、一般人の手に負えるような代物ではなかった。


 様々な刃物や、キリ、ノミなどの工具を用いても、傷一つ付かず、ハンマーによる打撃でも、全くへこまない。ある者はどこからか、超合金でコーティングされたカッターや、高出力のバーナー、凍結スプレーなどを持ち出して挑戦したが、歯が立たない。


 挙句の果てに、手製の爆発物を製造して投げつけるものや、工事用の掘削ドリルを拝借して使うものまで参戦し、もはやセキュリティ・ボックスの周りは、混沌とした戦場のような様相になっていた。


 事態を重く見た政府は、一般公開を取りやめ、セキュリティ・ボックスは政府直轄の科学研究部門が回収し、調査を行うとの声明を発表した。


 もちろん、政府にとってもこのセキュリティ・ボックスは興味深いものであったし、もし開封することができたのなら、我が国の科学力を世界に知らしめるまたとない機会となるのだ。セキュリティ・ボックスは回収されて間もなく、科学研究部門による、国力をあげた開封作業が行われることとなった。


 しかし、数か月を過ぎても、セキュリティ・ボックスはいっこうに破られる様子をみせなかった。表面の何層かは、研究によって超音波の振動による破砕が有効なのがわかり、地道に剥がす作業が行われていたのだが、ほんの薄皮のような金属層を剥がし取るだけにすぎず、開封にはほど遠かった。


 科学研究部門の主任を務める、この男性研究員も、苛立ちを隠せないようすだった。


「くそ、何たることだ。国力を総動員した技術をもってしても、この体たらくとは。あの教授め、まったくなんて物を作りだしたんだ。数々の特許を持っているのに、あんな質素な暮らしを続けていたのは、裏でこんなことに金を費やしていたからなのか?」


 陰口めいた独り言をつぶやいていると、主任室のドアを開け、助手の一人が部屋に入ってきた。


「主任! セキュリティ・ボックスをスキャン解析した結果が出ました!」


 開封に予想以上の時間がかかるので、この主任は、今後の作業を円滑にするために、セキュリティ・ボックス内部をあらかじめ調べておくことにしたのだ。身もフタもない言い方をすれば、ネタバレを試みたのである。


「おお、ご苦労だった。それで、解析結果はどうだったのかね?」

「それが……」


 助手は少しためらう素振りを見せた後、解析結果データの一部を指さした。それはあのセキュリティ・ボックスの断面図とも言えるもので、指さす部分はボックスの中間層、その層には、いくらかの空間があった。


「なんだ? この空間は、中に金属以外の、何かが詰まっているというのか?」

「それなんです、解析を進めた結果、この層にあるのは……どうやら爆発物のようなんです」

「バクハツブツ!?」

「はい、しかも核融合を用いたすさまじい威力のもので、この層の近くに起爆装置の存在も……」

「待て、待て! 核融合を用いた爆発物など、事実上の核爆弾ではないか、そんなものがこの箱の中にあるのか!?」

「はい……」


 主任室に、沈黙が広がった。しばらくして、助手はおそるおそる口を開いた。


「問題はこれだけではないのです。このセキュリティ・ボックスには、他にも様々なギミック……、いえ、トラップといった方がよろしいでしょうか、とにかくタダでは開けさせないような仕掛けが、何層も存在しているのです。爆発物のほか、圧力に反応して高圧電流が流れるもの、特定の配線を切ると強酸が噴射されるもの、さらには……」

「主任!」


 報告の途中で、別の助手が血相を変えて、主任室に飛び込んで来た。先んじて報告していた助手が、振り返って尋ねる。


「お前、どうしたんだ。まだ二回目の解析が終わるには、時間がかかるはずだが……」

「そ、それが、途中で大変なことがわかったんです! 今我々が剥がしている金属層の、数層先にあたる部分なんですが、どうもここには、とてつもない感染力を持つ細菌兵器が――」

「もういい! もうたくさんだ!」


 報告を遮って、主任が怒声をあげた。そして、うんざりした顔で、助手の二人に命じた。


「全員に、セキュリティ・ボックスの開封作業を中止することを伝えてくれ。こんな恐ろしい、災厄まみれの箱なんて、開封する前に国が一つ滅んでしまう」


 こうして、国をあげたセキュリティ・ボックスの開封作業は頓挫した。


 数日のち、国家代表から、異例の声明が出された。


『――数か月前、世間を騒がせておりました、あのセキュリティ・ボックスですが、我が国の科学研究部門が調査をした結果、とてつもない危険性を持つ物体であることが、明らかになりました。この箱の中身については、国際的な問題もあって、あまり公にすることはできませんが、一つ言えるのは、箱を開けようとしない限り、我々に害を及ぼすことは無いということです。さしずめ、現代のパンドラの箱とも言うべきものでしょうか。そのため、このセキュリティ・ボックスは当面の間、国が管理を行うこととします――』


 声明のあと、このセキュリティ・ボックスは『現代のパンドラの箱』と呼ばれるようになり、まるで国宝のような扱いで、政府に厳重管理されることとなった。


********


 しかし、話はこれで終わりではなかった。


 『現代のパンドラの箱』騒動から数年が経過した、ある日のこと、突然に、宇宙からの来訪者が現れたのだ。


 国内の某所に出現したその宇宙船は、銀色でつるつるとした、特殊なコーティングが施されており、意思の疎通を行うひまもなく、船体のあらゆる場所から白色の熱線を放ち、瞬く間に一都市と、その防衛機構を、壊滅状態にしてしまった。


 その後、宇宙船は別の都市の上空に鎮座するようになり、およそ一時間ごとに宇宙船のほうから、地球の言葉でこのような声明が読み上げられるようになった。


『地球の皆さん。我々は、あなた方と戦争をしに来たわけではありません。この宇宙のあらゆる文化を補完するために、宇宙のかなたから派遣されたものです。ぜひ、この地球の文化的に価値のある品々を、我々に引き取らせてもらえませんでしょうか。期限は一週間後です。お待ちしております』


 要するに、この国の貴重なものを俺たちによこせと言っているのである。先に一都市を壊滅させておいて、この言い草、慇懃無礼もはなはだしい。宇宙のかなたから派遣されたとかいうのも、いまいち信用できなかった。


 幸いにも猶予期間はむこうから設けてくれたため、さっそく国の緊急対策本部が開かれたが、怒り心頭の国家代表とは裏腹に、他の出席者達の表情は沈んでいた。


「なぜだ、なぜ攻撃許可がおりない? 我々の核兵器なら、あの無礼者どもに一撃を加えてやる事だってできるだろう」


 息を荒げながら主張する国家代表に、科学研究部門の主任が返答した。


「確かに、解析結果では、核兵器による爆発ならば、あの宇宙船にダメージを与え、撃墜させることは可能だとのデータが出ています。しかしあの宇宙船は、宇宙空間ではなく、都市の上空にいるのですよ、そんな所で核の光を炸裂させたら、その下にいる都市まで甚大な被害が及ぶでしょう。やつらはそれも見越して、あのような態度をとっているのだと思います」


 その話を聞き、国家代表はしゅんと肩を落とした。軽く咳払いをして、外務大臣が言葉を続けた。


「それに、彼らの要求はそんなに無茶なものでもありません。本当に重要な文化遺産や、歴史的遺物は隠しておいて、適当な宝物ほうもつきらびやかな金や銀の装飾品などを差し上げれば、満足するでしょう。いざとなれば諸外国にも協力を要請して、とにかく価値のありそうなものを渡しておくのです。胡散臭いやつらですが、背後に、なんらかの組織が控えている可能性もありますし……」


 結局、国の対応としては、宇宙人の要求をのまざるを得なかった。


 選出された物品は見た目が豪華なものばかりで、遠くから見てもキラキラと目立っていた。宇宙からの来訪者は、物品が集められた広場の上に宇宙船を停めると、空いたハッチから、次々と物品を吸い上げていく。


『地球の皆様、ありがとうございます。それでは、ごきげんよう』


 全ての物品を吸い上げると、あまりにも単調な感謝の言葉を述べながら、一目散に宇宙の彼方へと飛び去ってしまった。


 その様子は、モニターを通じて国家の首脳陣にも伝わっていた。


「ぐぬう、くやしい。都市を一つ壊滅させられたうえ、まるで手出しもできぬまま、要求をのむことしかできんとは」

「いや、そうとも限りませんよ」


 悔しがる国家代表を遮るようにして、科学研究部門の主任が発言した。


「あいつらは、価値のある品々を引き取らせてもらえないか、って言ってましたよね。ですから、今回集めた品物と一緒に、『価値はあるけどちょっと厄介な代物』も、引き取らせてもらうことにしたのですよ」


 ニヤリと笑う主任を、国家代表はわけが分からないと言った様子で、見つめ返すのだった。


********


 ところ変わって、ここは地球にやってきた宇宙船の内部。宇宙船は太陽系を離れ、ほとんどを暗黒が支配する宇宙空間を、優雅に航行していた。その倉庫には、地球人たちからまんまとせしめた物品が、保管されていた。


 倉庫の明かりがつき、緑色の肌を持った大柄な男が、中に入ってきた。そばには、青い肌を持った小柄な男もいた。


「船長、やりましたね。太陽系の辺境にある惑星だったから、あんまり期待はしていませんでしたが、なかなか面白い品々を持っていました」


 船長と呼ばれた緑色の肌の男は、こくりとうなずく。


「うむ、これでわが商会のコレクションにも、より一層ハクがつくというものだ」


 船長はしばらく物品を眺めたあと、ふと思い出したように言った。


「そういえば、あの、やたら地味な色合いの巨大な箱は、どこにあるのだ?」

「あ、あれですか、今のところ、研究室で保管しております。なんでも、現地の電子媒体を調査して記録が見つかったんですが、あの箱は、地球人の手によって作られながら、未だ開けることができていない、金庫のようなものらしいのです」

「自らの一族が造ったものを開封できないとは、間抜けなやつらだ。では、引き取った我々が、その箱を、開封してやろうじゃないか」


 それを聞いて、青い肌の男はにやりと笑った。


「そう言われると思って、すでに準備を整えております。表面の金属を解析したところ、我が宇宙船の超高周波分子熱線を使えば、たやすく中心まで開封することができるとの結果が出ています」

「よろしい、ならばさっそく実行するとしよう」

「開封の様子は、こちらの映写機でご覧になることができますよ」


 青い肌の男は、ポケットから小型の映写機を取り出し、倉庫の壁に向かって照射した。そこには、研究員とみられる宇宙人たちと、『現代のパンドラの箱』が写っていた。


「よし、研究員たち、開封作業を開始せよ」


 合図とともに、研究室の天井から、白く細い光が注がれた。その光が通った箇所にそって、箱に深い溝が彫られていく。


「ご覧ください、間もなく熱線が、箱の中心部まで到達し――」




 かくして、パンドラの箱に詰め込まれた災厄は、地球から離れた宇宙空間にて炸裂した。


-END-


 箱の底に残っていたのは希望なのか、それは誰にも……。


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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