個人的な神
スティーブン・キングってこういうネタ好きだよね
「個人的な神」
荒い運転でバスが高速に入った。ここから三時間程は代わり映えのしない光景しか広がらない。いい加減飽きたので窓から目を離し前に目をやる。甲高い嬌声を上げて女達が喋り続けていた。自分の顔ほどもあろうかという巨大な髪を頭にのせて一様な化粧で固められた顔、顔、顔、まるで水商売の女達だ。俺は連中の名前を知らない。この時間から騒いでいるのは一年連中で殆どが暫くすると顔を出さなくなる奴らだ、名前なんて覚えてどうなる。車一杯に乗った四十人程の集団、群れやがって。
前方で一際大きな歓声があがった。どうやら会話の中心にいる剛田が面白いことを言ったらしい。剛田は俺と同じ幹事学年で豪快な反面人当たりが良いため幹事長を務めている。実際のところ俺も剛田がいなければとっくにサークルなど辞めていただろう。ここは柑橘系の名前の付いたいわゆるテニサーらしいテニサーで、小中高とそれなりに真面目なテニスに取り組んできた俺はいま一つノリに付いていけなかった。そのまま済し崩し的に役職を押し付けられ辞めるに辞められない状況に陥っていたのだ。ただ剛田とだけは妙に気が合ったためどうにか仕事を投げ出すことも無かった。
「少し静かにしてくんねーかな」
運転手のだみ声がマイクを通し車内に響き渡った
虚を突かれたのか全員一斉に黙り込む。やがてヒソヒソと運転手に対する不満の声が聞こえてきた。車中に嫌な空気が蔓延する。その空気を吹き飛ばすように明るい声が飛んだ
「これはさーせん、運転手殿」
剛田だった。おどけた様子で言うその様子に車内が笑いにつつまれた。これ見よがしに舌打ちすると運転手は再び運転に専念し始めた。
ごんごんと車体を大きく揺らしながらバスは走り続けた。目的地のスキー場まではまだまだあるのでこの酷い運転にも無愛想な運転手にも暫く付き合わいといけないらしい。この冬期の練習とうそぶいた遊び合宿に参加するのも今年で三回目だけに期待も何もあったもんじゃない。さっさと寝ちまおう。音楽プレーヤーに繋がったイヤホンを耳に押し込むと俺は目を閉じた。流れる曲はDepeche ModeのPesonal Jesus、ボーカルが語りかけてくる「お前自身の神…手を伸ばしてその顔に触れろ…」
一際大きな揺れで目をさました。窓を覗くといつの間にか高速を降りたようだ。辺りはすっかり暗くなって綺麗な月が昇っている。バスは三叉路で左にハンドルをきった。
何か違和を感じる。その違和感はあぜ道を進むに連れ益々深まっていく。小一時間ほど経ってからその正体に思い至った。ほのかな明かりの中、先程から目にする光景は全て見覚えが無いものばかりだ。恐らく今までとは違った道を通っているのだろう。車内を見渡すと寝顔ばかりで起きているのはポツポツとしかいない。そのまま運転席の窓外に目を向けぼんやり思索する。気付けばここは雪国だった。ヘッドライトが闇を切り裂いて白銀の雪原を照らし出す。黒と白の世界だけが眼前に広がり―
どんっ
異物が視界に入った瞬間それを車は撥ね飛ばした。
衝撃が車体を伝わる。全員が叩き起こされた。誰も状況を理解出来ていないのだろう喧騒が巻き起こる。俺一人だけが何が起こったか把握していた。
あの馬鹿野郎はねやがった。前方を睨みつける。下手糞が。俺の視線を背中に受けながら運転手は悪態をついている。俺はイヤホンを外すと中程にある自分の席を立ち前方の剛田の席まで進んだ。
「何かはねたぞ」
周囲に聞こえないように耳打ちする。車内照明の薄明かりでも判るほどに剛田の顔が固く強張る。
前方のドアを開けると運転手が外に降り立った。撥ねてしまったソレにゆっくりと近付いて行く。隣では剛田が携帯を操作している。
「駄目だ」
外部と連絡が付かないらしく剛田が空いている脇の席に携帯を放る。更に運転席近くまで移動した時、ソレの姿がはっきりと見えた。
折れ曲がった三本の手足
そう三本
あれは何だ
ヘッドライトに照らし出されたソレは酷く醜悪な案山子だった。
明かりを受けて浮かび上がるその顔は巨大な眼窩だけがぽっかりと穴を空けまるで底が知れない。頭部は金属で出来ているのか赤黒く錆付いている。全身を蓑のようなもので覆われておりそこから突き出る両腕はクワ状をしていたが事故の衝撃で折れ曲がっていた。たった一つの足も大きく湾曲してしまっている。
一目で確信した。
あれは何か悪い物だ。
そんな事も解らないのか馬鹿運転手が足で突いている。
不味い、非常に不味い、早く立ち去らないともっと不味くなる気がする。
運転手を呼び戻そうとドアのステップに足をかけた時、周囲で一斉に明かりが灯った。
俺達の乗ったバスは何者かに囲まれていた。軽く見積もって百人はいるだろう。彼らが一人一人手に持ったランプから漏れる明かりがその顔を照らし出す。
一様に例の案山子の顔の面を付けていた。
車中のそこらここらで息を呑む音が聞こえる。もっと詳しく観察すると件の案山子を模しているのかそれぞれクワを持っていた。
何となく理解した。これは連中の祭りの真っ最中だったのだ。それを俺達が滅茶苦茶にしてしまった。
車内の俺らと同じく硬直している運転手の前に彼らの一人が進みでた。運転手が強張った笑みを浮かべる。その代表者は―
自分のクワを大きく振りかぶり―
憤怒に満ちた一撃を愚か者の頭めがけて振り下ろした―
一つ一つの動作は理解できた。ただ何故に崩れ落ちた運転手の体に頭部が付いていないのかが理解できない。何故その一体の雪原が赤く染まっているのかも。
不思議だなあ
脳みそが痺れている。
ひっ、と空気が洩れるような音を後ろの女が立てた。それを契機に嗚咽と悲鳴が広がっていく。それを剛田が慰める声が聞こえる。
あいつは冷静だ
そう考えると思考が戻ってきた。
早く逃げないと
バスを取り囲む異形の群れはじりじりと距離を詰めていた。体を運転席に押し込むとさっきの運転手の見様見真似でレバーを引く。情けない音を立ててドアが閉まった。
今の自分みたいだな
無理をして口元を歪めて笑うと少し気が楽になった。
急ごう、時間が無い。
脳味噌の奥底で黴が生えていた運転知識を引きずり出す。大型車を運転したことは無かったが適当に弄くるとエンジンが唸った。二回、三回と吹かすと微かな振動が伝わって来て車は少しずつ前進し始めた。
バン、バン、バン
騒々しい音を立て無数の手が車体の側面を叩きつけてくる。外を窺うと、数え切れない程の目が面を通して上目遣いにこちらをねめつけている。
狂信者の群れ
畜生
捕まってたまるか
アクセルを力一杯に踏み込むと前に立ち塞がる2、3人を跳ね飛ばした。
もう逃げ切るしかない、ひたすらにアクセルを踏み続ける。
前へ、前へ
気持ちだけが急いていく。
きゅるきゅるきゅる
奇妙な音が耳に入ってきて漸く異変に気が付いた、さっきから車が進んでいない。何度アクセルを踏み込んでもタイヤが空回りするだけだ。時間を置いて頭が状況に追いつく
この車は完全に押さえつけられている
「止まるな」
剛田の怒号が飛んでくる
ぐらり
連中が体を押し付けると車が大きく傾いた
ぐらりぐらり
右へ左へ
ぐらりぐらりぐらり
揺れはどんどん大きくなり
ごろん
世界が回転し暗転した
あちこちで聞こえる騒々しい物音によって意識が戻った。気を失っていたのはほんの僅かの間だったようだ。しかしその数秒間で全てが一変していた。車体の上下が逆になっているので何もかもがぐちゃぐちゃだ。口内に鉄の味が広がっている。確かめると四肢は何とか動いた。目に入る限りではそこまで酷い怪我人はいない。運が良かった、と考えたのも束の間アイツラがやって来た。
先程の衝撃で割れなかった窓ガラスに顔を押し付け中の様子を探っている。その化け物じみた目がこちらを向き目が合った。ソイツは少し離れたかと思うとクワを叩きつけ猛然と窓ガラスを破壊し始めた。俺は泡を食ってその場から這うように移動した。
逃げなきゃ
だが何処へ?
そこいら中で同じ光景が広がっている。やがて砕け散った窓の間から無数の手が進入して来た。遂に最初の犠牲者が出る。悲鳴を上げ続けるソイツを大量の手と手が外へと引きずり出した。
「なんだあこいつはおとこだ」
「ならにえだあ。おとこはかみさまにささげるだあ」
狂人共の得体の知れない会話が聞こえてくる。
会話の間中哀れな男の嘆願と絶え間なく続く甲高い悲鳴がはっきりと届いたが、何かが砕ける鈍い音の後ピタリと止んだ。
その意味する事を理解した順に恐慌状態が伝染していく。誰もが次々に伸びてくる手から逃れようと死に物狂いになっている。だがその抵抗も長くは続かず一人また一人と引き摺り出されていった。
「おんなはむらのよめだ」
「むらおさのとこでかうだよ」
「そうじゃ、そうじゃ」
おぞましい言葉が交わされている。あまりの恐怖に体の震えが止まらない。もう車内には殆ど人が残っておらず自分の番になるのは時間の問題だった。
肩に手が置かれたのを感じ恐怖に身を反らした。顔を回すと何時の間にか隣に剛田が来ていた。これまで見たこともないような険しい目つきで口をへの字にきつく結んでいる。
「このままじゃ俺らも殺される。解るな」
剛田の問いに無言で肯くと彼はとても優しい目をして言った
「いいか、俺の合図で一緒に前の窓から飛び出すんだ。その後はお互い反対方向に向かって走り続ける。絶対に振り返るなよ」
簡潔に語られる自信に満ちた言葉を聞いていると不思議と力が湧いてきた。二人ともきっと生き延びれる。
お互い動き易いに位置に付く。手の群れの波が一旦引いた時、剛田が吼えた
「今だ」
俺は頭を思いっきり下げ弾丸となって飛び出した。
不意を付くことが功を奏しアイツラの動きが暫し止まる。この間に距離を稼がないといけない。ただ無心に足を動かす。
ただ何かが気に掛かった。奇妙に頭は冴え渡りその原因を探し出す。命取りになると解っていながら後ろを振り返る。自分を追いかけ始めた連中が見える一方で剛田の姿は無かった。
疑問が頭一杯に膨れ上がった時、完全に注意が逸れたバスから剛田が這い出し走り出すのが見えた。
やられた
ありとあらゆる負の感情が自分を満たすのを感じる。これ程までに手酷い裏切りは初めてだった。あいつは俺に注意を引き付けさせ自分だけ生き延びる道を選んだのだ。感情が決壊し涙が溢れ出す。そんな状態でも体はするべきことを理解しており全速力で走り続けた。後ろには数人の追っ手が迫ってきており一度立ち止まれば命はない。数百メートル先に森が見える、あそこまで辿り着きさえすれば。
後方で歓声が上がった。思わず首を少し回して覗く。目の端には足を取られたのか転がった剛田とその上に振り下ろされていく鈍器の姿が小さく映った。もうどうでもいい事だ、結果など知る意味が無い。後はただ前だけを見据えて駆け抜けた。
森の中に入るとひたすら入り組んだ道を選び分け入った。雪に足跡が残らないよう途中で見つけた渓流の中を進む。両足の感覚がなくなるまで歩き続けた後、偶々見つけた小さな洞穴に飛び込んだ。屈んで入るのがやっとの高さの小ささだ。一気に疲れが押し寄せ地面に体を投げ出す。もう動けない。胎児の様に丸まりそのまま待った。夜明けを。
数時間が経過し捜索する声が徐々に離れていった頃
ざんっ
土を抉り洞穴の入り口に杖が突き立てられた。
驚きで心臓が口から飛び出しそうになる。この体勢では杖の持ち主が誰かまでは見えない。もう逃げ道もないのだ、俺はおそるおそる這い出してその正体を窺った。
下から順に見ていく。湾曲した杖、蓑で覆われた胴体、折れ曲がった両腕、赤黒い頭部、全ての始まりになった案山子だけがそこには立っていた。
狂気は自分にまで及んだのか?
自己の正気を確かめる為にマジマジと案山子を眺める。辺りには誰の気配もしない。ただソレが存在している。その時、待望していた朝日が昇りその顔を明らかにした。
俺は見た、巨大な眼窩から深淵がこちらを見返すのを。完全に理解する、コレが連中の神だったのだ。俺は裁かれる。折れ曲がった腕がゆっくりと持ち上がっていく、先は斧の様になっている。
口も無いのに確かにそれは笑い―
俺の頭を目掛けてふりおろされ―
―――…
[完]
地方不信と偏見と適度なルサンチマン。いや、改めて読むと色々と酷いですな。




