前世:悪役令嬢~せっかく転生したのに元婚約者からは逃げられないようですわ!?~
花山院レイカには前世の記憶がある。
自分の婚約者に近づく不埒な女をいじめぬき、断罪され処刑されたという記憶が——。
前世、とある国の公爵令嬢だったわたくしは、婚約者である王太子殿下に横恋慕してきた平民女に怒り狂い、あらゆる手を使っていじめつくした。
ところがその女が聖女として選ばれたことでいじめが問題視され、殿下から婚約破棄されてしまう。
高い身分を笠に着て高慢な態度をとっていたわたくしに味方はなく、そのまま処刑され短い人生に幕を下ろした——
——の、だが。
気づいたらわたくしは、まったく別の世界に生まれ変わっていた!
そして、新しく生まれたこの日本という国で、わたくしは気づいたのだ。
(わたくしの前世って、乙女ゲームに出てくる『悪役令嬢』そのものではなくて!?)
『悪役令嬢』——
それは、世界の主人公たる『ヒロイン』のライバルとして登場し、恋を盛り上げる役割を担うキャラクターのことだ。
そのほとんどは身分の低い『ヒロイン』をいじめぬき、最後には見下していた『ヒロイン』から逆に『ざまあ』されてしまうという役柄なのだが——
(……うん。考えれば考えるほど、前世のわたくしそのものですわ……)
魔法や魔物があふれる前世の世界も、身分の高い複数人の男性たちがひとりの女性に群がるという構図も、よく考えれば乙女ゲームにありがちな設定だ。
それにはじめて気づいたとき、わたくしは思った。
(もしかしてわたくしの前世って、どこかの乙女ゲームの悪役令嬢だったのでは……!?)
だってそうでしょう!?
いくら聖女として崇められていようが、平民は平民よ!? それをちょーっといじめたくらいで公爵令嬢を処刑までするなんて、どう考えてもおかしいじゃない!?
あの子があの世界の主人公で、それに歯向かったわたくしが悪役として断罪されたと考えたほうが、まだ納得できるってもんだわ!
そりゃあわたくしだって、ちょーっとやりすぎちゃったかもと、思うところもないではないのよ?
階段から突き落としたり、ならず者に襲わせてその身を害そうとしたのは、さすがにやりすぎだったかもしれないわ。
でも、でもですわよ!?
もとはといえば他人の婚約者に手を出してきた、あの女が悪いのではなくて!?
もっと言うなら、それを許し「友人として仲良くしているだけだ」とかとぼけたことぬかしていた殿下が悪いのではなくて!?!?
それなのにいきなり婚約破棄されるわ、そのあとは公爵家の悪事が明るみに出たとかで一家全員処刑されるわ——うっ、前世の最期を思い出したら気持ち悪くなってきた……。
……まあ、とにかく。
そんなわたくしの運命も、「そういう物語のそういうポジションにいたのならしかたない」と、そう思ったんですの。
前世は前世。終わってしまった命を嘆くより、生まれ変わった新しい世界を謳歌しようと。
それに、この日本という国は前世と比べものにならないくらい豊かで平和な国なのです。
魔法はないけれど魔法より便利なモノがたくさんあるし、食べ物はおいしいし街はきれい。身分差もないこの国では、断罪だの処刑だのもきっと無縁でしょう。
せっかくこんな世界に転生できたのだから、楽しまなくちゃ損というものよ!
そう開き直ったわたくしは、この世界を堪能しまくりましたわ。
前世ほどではないけれどそこそこ裕福な家に生まれたこともあって、前世ほどではないにしろ多少のわがままも言いました。
10歳になった今、共学の学校に編入したいと言いだしたのもそのわがままのひとつですわ。
だって、わたくしだって乙女ゲームのようなときめく学園生活を送ってみたかったんですもの!
わたくしってば、前世では卒業を待たずに退学になってしまったし、なによりいじめに時間を費やしすぎて学生らしい思い出がひとつもないの。
両親は大学部まで女子校に通わせたかったみたいだけれど、わたくしだって年ごろの女の子……学生のうちに恋のひとつもしてみたいわ!
編入先だってそこそこの名門校なのだから、もしかしたら将来の伴侶になるような相手が見つかるかもしれないし……
(そうよ、今世は悪役令嬢じゃなくて『ヒロイン』みたいに生きるのよ!)
……なーんて、のんきに考えていたというのに。
「きみが花山院財閥のレイカ嬢か? ぼくは四王天家のスバルだ。世間ではぼくたちが婚約するのではないかと噂されているようだが、ぼくはきみと結婚するつもりは——」
「ぎゃああああああああ! 王太子殿下ああああああああああああ!?!?」
「えっ!? か、花山院!? 花山院――!!!?」
わたくしは編入先の学園で、元婚約者——の、生まれ変わりに出会い、
絶叫し、倒れたのだった。
*
「まじか……」
学園の医務室で目覚めたわたくしは、倒れる直前のことを思い出しそうつぶやいた。
「……どう見ても、どう考えても、王太子殿下でしたわ……」
正直、見た目は全然ちがう。ちがうのだけれども、顔を見たらなぜか『わかる』のだ。前世で知り合いだった人間は。
あの方は間違いなく、わたくしの元婚約者である、王太子殿下の生まれ変わりだ。
……というか、ちらっとしか見えなかったけれど、教室のなかに前世でわたくしを陥れた男たちがほかにもいませんでした!?
殿下のうしろにいたのは(元)騎士団長の息子、窓際に座っていたのは(元)宰相の息子、我関せずと読書をしていたのは天才魔術師と言われていた(元)平民の男……。
みんなみんな、あの平民女を取り囲み、わたくしの断罪現場に居合わせた者たちですわ!
と、いうことは……
「せっかく転生したっていうのに、また(元)攻略対象たちに囲まれて暮らさなきゃいけないんですの!?!?!?」
う、うそでしょう。学園生活を楽しむために編入してきたのに、わたくしの心の安寧を脅かす男たちがこんなに集まっているなんて……!
「王太子殿下……じゃなくて、四王天とか言ってましたっけ? 四王天といったら我が花山院と並ぶほどの大財閥じゃない。そういえば、お母様が昔四王天家の息子との縁談をほのめかしてきたことがあったような……」
そこまで考えて、わたくしはさあっと血の気が引くのを感じた。
財閥や政治家など名家の子女が通う名門校、そこに特待生として入学した平凡なヒロイン——乙女ゲームには、そんな設定もありがちではなかった!?
そしてここが乙女ゲームの世界なら、四王天家の御曹司が攻略対象じゃないわけがなく……そんな彼の家と同等の財力を持つ花山院家に生まれ、婚約の噂までたっているわたくしって——
「まさかわたくしってば、今世でも悪役令嬢ポジションなんですの!?!?」
思わず頭を抱える。
また悪役令嬢として生きるだなんて、そんなのぜったいイヤですわ!
処刑……はさすがにないとしても、また公衆の面前で断罪されたり、家が没落したりするなんて……冗談じゃない!
なんとしてでも回避しなくては……!
(そうだわ、お父様に頼んでまた編入を……いや、さすがに許してもらえないかしら。せ、せめて王太子殿下や、その他攻略対象たちには近づかないようにしないと……!)
わたくしは「四王天様たちとは極力距離を置こう」と心に決める。
彼らに近づきさえしなければ、断罪も何もないはずだ。わたくしたちは前世とちがって、婚約だってしていないのだし……。
それから、たとえ『ヒロイン』が現れてもいじめなんて絶対しないように気をつけなくては……!
「花山院……?」
「ひゃいっ!?」
そんなことを考えていたら、突然声がかかり思わず声を上げた。
振り返れば、王太子殿下……の生まれ変わりである、四王天スバル様が医務室の扉の前に立っていた。
(ひぃい~~ッ!? なんで近づかないようにしようとした途端に現れるのよ~!?)
わたくしはパニクりながらも、どうにか笑顔を作って言った。
「し、四王天様。どうされたのです?」
「ああ、その……具合はどうだ? 突然倒れたものだから、心配で見舞いにきたんだが……」
「(あ、そういえば彼の前で倒れたんでしたっけ……)大丈夫ですわ。それより、申し訳ありません。目の前で倒れるなんてはしたないところをお見せして」
「いや……ぼくのほうこそすまなかった。初対面の女性相手に暴言を吐くなんて、それがショックで倒れてしまったのではないかと……」
「暴言?」
どこかきまり悪そうな四王天様に、わたくしは首をかしげる。
そういえばあのとき、わたくしと婚約する気がないとかなんとか言っていたような……?
「ああ、あのことですか。あれくらい、気にしていませんわ」
思い至り、わたくしはふっと笑って答える。
暴言どころかむしろ朗報ですからね、それ。婚約どころか、今しがた「近づかない」と決めた相手ですのに……。
「そ、そうか。……よかった」
すると、四王天様は少し息をのんで、だけどすぐにほっとしたように笑って言った。前世から含めて十数年見たことのない、とてもやさしい笑顔だった。
が。
こっちはそれどころではない。相手は前世のわたくしを死に追いやった張本人だ。
正直、めちゃくちゃ、こわい。
前世のトラウマがよみがえってきて、いまにも倒れそうだ。手足は震えるし、顔色もきっと真っ青だろう。ドクドクと動悸がおさまらないし、気を抜いたら涙も出そうだ。
正直、めちゃくちゃ、逃げ出したい。
「花山院? なんだか顔色が悪いぞ。やっぱり具合がよくないんじゃ——」
「ひぃうッ!?」
「えっ!?」
心配してくれたのだろう、顔をのぞきこんできた四王天様に対し、わたくしはおおげさに驚き身をすくませてしまった。
ビクリと震えたわたくしに、四王天様はとまどった顔を見せる。
(やだ、わたくしったら……! こんなあからさまにおびえて、四王天様の不興を買ってしまったらどうするの……!)
前世で断罪されたのも、いじめ云々の前に彼に嫌われ続けた結果だ。同じ轍を踏むわけにはいかない。
そうは思うものの、からだの震えは止められない。まさか前世のトラウマがここまで大きいなんて、思っていなかった。
緊張と、天敵に弱点を見せてしまったという恥ずかしさに、今度はだんだん顔が赤く染まっていく。
震える指先できゅっとシーツを握りこみ、涙の浮かんだ目で四王天様を見上げた。
「か、花山院……?」
そんなわたくしの様子を訝しんだのだろう、四王天様はごくりと唾を飲み込んで、わたくしを食い入るように見つめた。
(ひいぃいッ、もの言いたげに見つめられてるぅ!? ま、まだ何もしていないのにこんな目を向けられるなんて、やっぱりわたくしは『悪役令嬢』なんだわ。これ以上嫌われる前に、「今世ではあなたに近づくつもりはありません」ときちんと伝えなくては……!)
恐怖と緊張でくちゃぐちゃの頭でそう考える。
「やはりまだ具合が悪いのか?」真っ青になったわたくしに、四王天様はそう問いかけた。「それともやっぱり、倒れたのはぼくのせいで——」
「ち、ちがいますわ! ただ、その、わたくし……っ!」
顔を曇らせる四王天様に、わたくしは反射的に否定した。そこで言いよどむ。
(ど、どうしましょう。さすがに直球に「近づかないで!」なんて言えないわよね。穏便に距離を置けるよう、言い方に気をつけなければ……えーと、えーと……っ!)
「ただ、わたくし……っ四王天様を見ていると、ドキドキが止まらなくなるのですわ!」
わたくしは叫んだ。
「……へ?」
四王天様がまぬけな声を出す。
し、しまった! 婉曲に言おうとしすぎて、これでは何も伝えられてないわ……!
もっと詳しく、だけど四王天様を不快にしないように、思いを伝えないと……!
「で、ですから! ドキドキして、まともに顔も見られなくて……そ、そんなに近くに来られると、緊張で倒れてしまいそうになるのです!」
「な……っ!? で、ではさっき倒れたのは……」
「そうですわ! いきなり(前世のトラウマである)四王天様が目の前にいたものだから、(前世の最期を思い出して)くらくらしてしまったのです……!」
「く、くらくら!?」
「ええ! 今だって、(前世でされた所業を思い出して)また倒れてしまいそうなほどですわ!」
「そ、そんなに……!?」
四王天様は、わたくしの言葉に衝撃を受けたように固まってしまった。
よしよし、ちゃんと伝わっているみたいね……! それじゃあ最後にきちんと、「必要以上に近づかないで」と伝えなければ……!
「だ、だからつまり……あまり近くに、寄らないでくださいまし……」
「……っ!」
い、言えたー……っ!!
緊張で震えとほてりが残るなか、わたくしはやっとそう言い切って、だけど四王天様の反応を見るのもこわくて、そっと目をそらしてしまう。逸らした瞳が潤んでいるのが自分でもわかった。両手で握りこんでいた真っ白いシーツを口もとにたぐりよせる。
顔をうつむけたわたくしに、四王天様からの反応はない。さすがに不思議に思い、そっと視線だけで見上げてみると、
(……あれ、四王天様、なんだか顔が赤くないかしら?)
四王天様は顔を真っ赤にして、まんまるに開いた口をパクパクと開閉させていた。
その合間合間に「そ、それって」「なんて熱烈な」などと意味のわからない言葉をひとりごとのように発している。
(どうしてこんなに真っ赤になってるのかしら……? ハッ、まさか「近づかないで」と言ったせいでお怒りになっているとか……!?)
それに気づいて、わたくしは真っ青になった。嫌われてしまっては元も子もない。
「ご、ごめんなさい、いきなりこんなこと言い出して……! め、迷惑……でしたよね……?」
「め、迷惑などではない! だが……いきなりそんなことを言われても困るというか……その、お互いの家も関わってくるようなことだろう?」
「家なんて関係ありませんわ! たしかに、家の事情でどうしてもということはあるでしょうけど……それよりも、わたくしたち個人のこととして考えてほしいのです」
「ぼくたち、個人……?」
四王天様ははっとしたように目を瞠ると、「そんなことはじめて言われた」と呟いた。
少しの沈黙のあと、「花山院」とわたくしの名前を呼び、
「きみの言いたいことはわかった……だが、ぼくたちは初対面だし、すぐにきみの気持ちに応えることはできない」
「そうですか……(まあたしかに、初対面でいきなり「近づくな」と言われて簡単には納得できないわよね……)でも、わたくしの気持ちをわかってくださっただけでうれしいですわ」
「……っなんて健気な……! ああ、だから待っていてくれないか? ぼくの気持ちが、きみに追いつくまで」
気持ちが追いつく……? 四王天様のほうからわたくしを避けたくなるまでってことかしら?
うーん、よくわからないけれど、とにかく了承してくれたってことよね!?
「ええ、いつまでも待っていますわ。できるだけ……いいお返事をくださいね」
「……っ!」
わたくしはうれしさのあまり、作り笑顔ではない自然な微笑みを浮かべて言った。
四王天様は、そんなわたくしからぱっと目をそらす。
あら、そんなに見るに堪えない顔だったのかしら? でも、こんな反応を見せるくらいなら、あちらから「ぼくに近づいてこないで」と言ってくるのも時間の問題かもしれませんわね!
よかった、これで今世は平和に生きられますわ!
——と、思っていたのに。
10歳——
「花山院、ぼくといっしょにクラス委員をやらないか?」
「わ、わたくしとですか!? ななななんで……!?」
「きみのことをもっとよく知りたいからさ。お互いのことをよく知らないで、きみの気持ちには応えられないだろう?」
「(そ、そういうものかしら? でもここで断って不興を買いたくもないし……)わ、わかりましたわ……」
「そうか、よかった!」
12歳——
「卒業パーティのダンスの相手? そんなの、花山院に決まっているだろう?」
「はい!? そんなの聞いていませんわよ!?」
「ああすまない、正式に申し込んでいなかったね。ぼくはもう暗黙の了解だと思って、ほかの男たちに牽制までしていたんだけど」
「(どうりでだれからもお誘いがないはずですわ……!)」
「女性にはきちんと言葉にして伝えなくてはいけなかったね……もちろんぼくと踊ってくれるよね、花山院?」
「う……っ!」
13歳——
「四王天様! わたくしが生徒会補佐に選ばれたって、どういうことですの!?」
「ああ、生徒会長に1年で優秀な人材を紹介してほしいと頼まれたから、推薦しておいたんだ。1年で優秀な生徒といったら、ぼく以外ではきみしかいないからね」
「そ、それじゃあ……」
「もちろんぼくもメンバーだよ。生徒会補佐はそのまま生徒会役員になるのが習わしだから、3年間よろしくたのむよ、花山院」
「悪夢だわ……」
15歳——
「花山院」
「(ビクゥッ!)」
「きみがこのまま高等部に上がらず、外部の高校を受験するという噂を聞いたのだが?」
「え、ええと、それはですわね……(だらだらだら)」
「——どこの高校だい?」
「えっ?」
「秘密にするなんて水臭いじゃないか。大丈夫、この世にぼくが入れない学校なんてないし、きみに行きたい学校があるのなら、ぼくもついていくまでだよ(にっこり)」
「ひぃ————ッ!!!!」
——このように。
初等部から中等部まで、四王天様は何かにつけてわたくしに付きまとった。(ちなみに外部受験はあきらめた。彼から逃げられないのなら意味がない)
……なぜ!? どうしてこうなったの!?
たしかにあの日医務室で、わたくしは「必要以上に近づかないでほしい」とお願いしたし、四王天様だってそれに応じてくれたはずだ。
それなのに彼の行動はまったく逆で、「きみのことを知りたい」とか「ぼくらはいっしょに行動するべきだろう」とか言いながらことあるごとにわたくしを巻き込んで……。
そんなこんなを何年も続けたものだから、学園ではわたくしたちが公認カップルのような扱いまでされるようになってしまった。
心底不本意な上に、噂だけでも『婚約』なんてワードを出されると前世のトラウマがよみがえってしまうのよ!
そして気づけば中等部を卒業し、高等部の入学式——
前世ではちょうどあの平民女——『ヒロイン』と出会ったくらいの時期だ。
まさかこんな時期になるまで、四王天様と距離を置けないままとは……。
そんなことを考えていると、
「あ、あの! 入学式の会場ってどこかわかりますか!? 私、外部生なんですけど、この学園広すぎて迷っちゃって……!」
「ぎゃああああああああ! 平民女ああああああああああああ!」
「へっ?」
わたくしは、入学式前に『ヒロイン』の生まれ変わりに出会い——
絶叫し、倒れたのだった。
*
「まじか……」
医務室で目覚めたわたくしは、倒れる直前のことを思い出しそう呟いた。
デジャヴである。
「やべーですわやべーですわ……! もしかしたらなんて思ってはいましたけれど、まさか『ヒロイン』まで現れるなんて……。このままではまた『悪役令嬢』として断罪されてしまうのでは……!?」
おおお落ち着くのですわわたくし……!
前世とちがって、この平和な日本で断罪だの処刑だのがあるわけないのです。
それに、わたくしと四王天様は婚約だってしていない赤の他人……いくら学園でカップルだなんだと噂されていようと、そんな事実はないのです。
そう、この世界では王子でもわたくしの婚約者でもないあの方に、わたくしを断罪する権利なんてないはずですわ!
……たぶん!
「そ、それに最終的にはいじめさえしなければ、断罪のきっかけは生まれないはずだわ。これからは四王天様にくわえて、あの平民女にも近寄らないようにしなければ……!」
またトラウマを抉られて倒れてしまったけれど、よく考えたら不安になることなんてひとつもないのだ。
それに、『ヒロイン』が現れたのなら、四王天様を含む『攻略対象』たちはすぐに彼女に夢中になるはずだわ!
そうなったら、四王天様だって今までのようにわたくしに付きまとうのをやめて、彼女のほうへ行くわよね……?
よかった、数年前の「近づかないで」というわたくしからのお願いに、やっと応えてもらえるんだわ……!
「——花山院!」
「ひゃいっ!?」
そんなことを考えていると、ガラッと大きな音を立て、医務室の扉が開いた。
そこから飛び出してきた四王天様の姿に、わたくしは驚き声を上げる。
「四王天様。どうされたのです、そんなにあわてて」
「どうって、きみが倒れたと聞いたからに決まっているだろう。もう起き上がって大丈夫なのか?」
「え? ええ」
「そうか、それならよかった……けど、こっちは大騒ぎだったんだぞ。倒れたきみを支えてくれた女子生徒は外部生だったらしく、医務室の場所もわからないと焦って泣きわめいて……まあそのおかげで教員がきみたちふたりを見つけられたんだが」
「外部生……って、四王天様、あの女生徒に会ったのですか!?」
「え? あ、ああ。といってもきみの容態について少し会話をしたくらいだが……それがどうかしたのか?」
「……っ!」
もう『ヒロイン』と顔を合わせているのね……!
それなら話ははやいわ。前世での出会い(悪役令嬢が出会い頭に嫌味をたたきつけていたところを王太子殿下が助けに入った)よりはいくぶんドラマチックさに欠けるけど、これでふたりは遠からず恋に落ちるはずだ。
いや、むしろ前世と同じように、初めて会った瞬間から運命を感じていてもおかしくないわ!
「それで四王天様! 彼女に会って、何か感じたりはしませんでしたか!?」
「何か? そうだな、彼女はたしか特待生枠での入学のはずだから、おそらく能力は高いのだろうな。今後の成績如何では生徒会に誘うことを考えてもいいかもしれない」
「そうではなくって! ほら、たとえばとてもかわいらしい方だったなとか、やさしい性格の女性だったなとか……」
「? そんなことを思うほど深く関わっていないが……」
四王天様は心底不思議そうに首をかしげた。
ええっ、『ヒロイン』と出会ったというのに、本当になにも感じていないの!? 前世では転がるように恋に落ちていっていたというのに!?
わたくしが驚いていると、四王天様は何かを思いついたように「ああ」とうなずき、にやりと笑って言った。
「なるほど、さては花山院……やきもちをやいたな?」
「……はい?」
「心配しなくても、きみが嫉妬するようなことはしないよ。ぼくは、何年も想ってくれているひとを置いてほかの女性になびくような軽い男ではないからね」
「何年も……え?」
「いや、それもこれもぼくがきみの気持ちに応えるのが遅くなってしまったせいか……。そういえばきみがぼくに告白してくれたのも、ぼくたちが初めて会った日の医務室でのことだったね」
「こ、こくはく!?」
……ん?
……んんん!?
なぜでしょう、先程から四王天様の言っていることがひとつも理解できないわ。
彼の言い方ではまるで、わたくしがもうずっと前から四王天様に想いを寄せていたかのような——
「それにぼくたち——婚約者同士じゃないか」
…………んんんんんん?????!
「こ、ここここ、婚約!?!?!?!」
「あれ、まだお父上から聞いていないのかい? 少し前からお互いの両親をまじえて話はしていたんだが、最近ようやくまとまったんだよ。きみとぼくとの縁談が」
「!?!?!?!?」
「ぼくとしては、もっとはやくきみの気持ちに応えたかったんだけどね……こういうことはやっぱり順序が大切だろう? 花山院家の大切なご令嬢をもらうんだ、きちんとご当主に話を通してからではないと」
ど、どういうことですの!? 婚約って、縁談って……いつのまに!?
そもそも、わたくし、四王天様に告白なんていつしましたっけ!?!?!?
というか、この未来を避けるために「近づかないで」とお願いしたのに……
(……あれ、ちょっと待って。わたくしの気持ちに応えるって、たしか初対面のあのときにも言っていた言葉ではなかった……?)
つ、つまり。
四王天様はあのときから、わたくしが四王天様のことを好きだと勘違いしていたということ!?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいまし四王天様……!」
「嫌だなあ、そんなよそよそしい呼び名。スバルと呼んでくれないのかい、レイカ?」
「ひぃいッ!?」
「それとも返事が遅れてしまったことに対する仕返しかい? ふふっ、大丈夫だよ。婚約にいたるまでが遅れたぶん、籍を入れるのは早めにしたいと両親にも伝えてあるから。——卒業の日が、楽しみだね?」
「ひぃいいいっ!?!?!?!」
——ああ、神様。
悲惨な運命をたどった前世を終え、せっかく新しい人生を得たというのに——今世ですら、この元婚約者から逃げられない運命なのですか!?
そんなの、そんなの……!
「あんまりですわー!!!!」
了