本命に不誠実を
お読み頂き有難うございます。
設定を適当に組んだので、広い心で部屋を明るくしてお読みくださいませ。
とある国の運命に翻弄されてギリギリするとある男爵令嬢のお話です。
「貴方がくださったのは、不誠実」
彼女の青褪めた頬に、雫が煌めく。
違う、そんなつもりじゃなかった。だが、空気が唇から漏れるだけで、その言葉は声にならない。
「貴方は私を本命だと仰ったけれど……それならば、貴方を囲む多くの方々へ『真心』を届けたのは何故?」
美しく塗られた唇が震えて、いびつに歪む。涙を受ける華奢な胸元が痛々しい。
ああ、彼女は泣いていても……美しくて、恐ろしい。
其処らの令嬢が敵うことの無い高潔で美しい胸を、痛めている。
「もう貴方の仰ることは、信じられないのです」
差し出された手を、よろけながらも拒否した彼女は……使用人に抱えられながら、暗い闇の中へ消えていった。
「……」
空を掴む手は、伸ばされたまま。
……決して届くことはなくて……時間だけが過ぎていった。
何時までも……。
何時までも……結構、過ぎていった。
「……」
私は、その……濃厚なヤバイ現場を一部始終を眺めていた吹けば吹っ飛ぶ木っ端系男爵令嬢のエメーラ。
今、山査子の茂みに隠れて居るの。
山査子って、遠目から見ていると素敵よ。可憐な白い花も咲くし、実は食べられる……でも、結構枝は固くて刺さると痛いのよね。知ってるかしら?……ああ、痛い。実地で体験中よ。痛いよー!
この場で片時も動けなくなった私は目撃者であって、野次馬ではないの。
……お父様と私の名誉に賭けて違うの。出歯亀も野次馬もする気も無いのよ。いや嫌いかと言われれば嘘だけど今回は本当に違うの!!
ただ、この中庭が一番お手洗いに近い場所だったから突っ切りたかっただけなのよ……!! ええ、許されるなら今すぐ、此処から出たい!!
「……どれだ。何がいけないんだ」
ああやだー、何か未だグチグチ言ってる。
……早くどっか行かないかな、あのフラれイケメン。
後退して他に行くにも……目茶苦茶木が多いから音がバシャバシャ鳴りそうで……。
ああ、夜間は冷える。そう、冷える!!
こんな薄っぺらいドレスなんかじゃ夜は不向きなのよ! 誰だよこんな晩秋に首出せ肩出せなんてドレスコード出した奴は! ふざけんなってのよ! 今年は暖冬気味でも寒いのよ!次の流行りは首が詰まってマントにフードでドレスの下には靴下三重かつ腹巻きコーデを切望するわ!! もう見た目なんか知るか! あんな本命っぽい美人でも不誠実食らうんなら、木っ端貴族モブ令嬢はもっと無理!! ボロ雑巾よ!
「誰だ!!」
「ぐきゃひっ!」
あ、しまった。苛ついて草をガサガサしてしまった!! しかも練習していた淑女叫びを噛んでしまった!!
「……狸か」
何でだよボケエエエ!! 誰がじゃああああ!! と罵りいえ、言いたいところだけど!!
いい加減我慢もちょっと!! 私の尊厳が!!なので!!
「キャアターヌキイイイイ!!」
「ななななな!?」
秘技!架空タヌキにビックリしたフリして誤魔化しダッシュ!!
「う、うわああ!?」
あ、背後で不誠実イケメンが転んでる気配が!
まあいいや! 頑張って!!
逢瀬ならもっと裏庭の方でお願いします! あっちはヤバーイ組み合わせが目白押しだったけどね!
恨むなら、誰でもやって来れる屋外で痴話喧嘩をするご自分をセルフ怨恨でどうぞ!
「……はあ。酷い目に遭ったわ」
尊厳を守った私は、化粧室から穏やかに出てこれた。セーフ!!
で。心穏やかになった私は……漸く会場を見渡す余裕が生まれた。
広いなー。豪華だなー。篝火多いなー。家白いなー。
はあ。……従姉のリラお姉様の嫁ぎ先の主家筋のパーティー(つまり我が家とは果てしなく遠縁)なんか来るもんじゃ無いな。15分で回れる我が家とは違って何処行くにも広すぎるのよ。何で我が家を呼んだの。どうしてお父様はお母様ではなく私をエスコートなさるの。
まさか婿の選定? 無理よ。誰が弱小貴族の婿に来たいもんですか。
こんな寒さに震えずに、家で気楽にしていたかったわ。
それにしても……お父様何処行ったのかしら。目茶苦茶縁遠い貴族に胡麻擂りに行ったっきり帰ってこないんだもの。木っ端貴族も年期入ったお父様如きの胡麻擂りでは地位は向上しないってのに……無駄よね。それでもやらねばならないらしいわ。
後で来なかったなーどうなすったのー? ってイヤミを頂くんですって。世知辛すぎる。
はあー、帰りたいなー。
友達も、こんな身分の違いすぎる夜会にはだーれも来ないし……。
我が一張羅がみすぼらし過ぎて、だーれもダンスに誘ってはくれないし。
でもコレ幸いと食べ過ぎて、化粧室に駆け込む羽目になるし……。私の安息の場は無いのか。
「あれ」
何か歩きづらいわね。糸屑が超巻き付いてくるわ。
え? やだ、ドレスのスカートが破れてる!! 鉤裂き! 山査子の茂みの威力なの!? どう言うこと!? まさか隠れて鉄条網でも仕掛けて有ったの!?
でも……うーわー。さらば、一張羅。……ああ、惜しい。
「おい」
「きゃああああああ!!」
あ、今度は叫べた! やったね! 練習の成果が!!
って、ええ? 誰!?
「え!?」
「ちょ、ボロボロのドレスのご令嬢が襲われているぞ!?」
え?どゆことかしら?
誰か犯罪被害者が出たの!? 怖いわこの夜会! 治安悪すぎよ! 高位貴族の夜会はもしや未成年お断りな変な趣向のヤバイ趣味会なの!? こっわ!
「ち、違う! 私は」
「え? 何方?」
「こ、こっちに来いっ!!」
「え!? いやあああああああ!!」
……私は基本的に木っ端貴族だけど、令嬢なの。
ピンチには甲高い、いや絹を裂くような可憐な悲鳴助けを呼びなさい、助けに入った方とロマンスのチャンスがゲットできるやも! と言う淑女教育を受けているのよ。
後、暴漢をキョドらせるチャンスが生まれるかもしれないから高音域は譲れないそうよ。
間違っても素を出して叫んではならないと……。ホントかなー。無理っぽくね?
「何て奴だ!」
「うら若きご令嬢なら何でもいいのか!?」
「隠れてコソコソとご婦人ととお過ごしかと思えば、こんな往来で婦女暴行ですって!?
汚らわしい! 見損ないましたわ!! 私アメリア・ペシャンは、貴方様と婚約破棄致します!!」
「ま、待ってくれアメリア!」
え、何?
何か急に廊下から人が湧き出てガヤガヤしだしたと思ったら……。
あら、仁王立ちしそうな勢いのさっきの美人が此処に。
……え?何で?
……婦女暴行?やけに……怖い事件が起こったのねー。ホントなの? 何処で?
…………まさか、えーと。
皆様の視線の先を辿ると行き着くのは……私。
鉤裂きボロボロのドレスの私。
……おおう。
「貴女、大丈夫!? このショールをお使いになって!」
「ああお可哀想に! 上半身なんて飾りすら残っていないでは有りませんか!!」
「耳飾りや首飾りは壊されたのですか!? まあ、お耳とお首に傷が!」
いや、ええと。
元々上半身に飾りとか……高尚な物は付いてないです。
耳飾りや首飾り……家に伝わってる物がケバ過ぎ安物で、してこなかった……んだよね。
ご親切なお嬢様からこのショール……お借りしてなんだけど……高そうでフワフワ……しかし香料がエグそうな高い匂いがするな。あ、汗が付いたらどうしよう。お父様のお給料で賄えるの!? ひいいい!
しかもどうしよう。
目茶苦茶私、今……冤罪の材料にされてる。
あわわわわわわ! 怨まれるうう! お家が潰されるうううう!! は、早く何とか誤解を解かないとおおおおお!!
「あの、その方は悪く有りません! 私の不注意ですわ!」
「そ、そうだ!! 彼女の事を私は知らない!」
……あ、さっき不誠実でフラれた殿方だ。何でまた此処に。不運にも程があるなあ。でもムカつくわね。
「そんな筈有りませんわ! カッター子爵令息はその方を暗がりに連れ込もうとなさったのを見ました!!」
「ぼ、僕も見たぞ!」
……わー、そう言えばそうだったな。パニクって消し飛んでたわ。
この殿方、私を掴んで引っ張りそうになったみたい。密かにイチャモンか口止めかしたかった、んだと思うけど。逆効果だったみたい。
……うわーお。しかーも。気が付けば、見渡す限り高位貴族の野次馬が溢れてる。
でも木っ端貴族、もう膝と腰が仕事しないの。これじゃあフォロー出来ないわ……。
「ご令嬢の人生を、狂わせた責任をお取りなさい!」
あっ!! 混乱しすぎてハイライトを聞き逃した!?
ああ、もう私ごときではもうどうしようもない!? 血の気がバサッと引いて……私は地面へと平伏した。気絶したフリをしよう!
……その時、高そうな衣服が私の頬を掠め、背中に優しい手が添えられた気がしたけれど……。
……ストールを御貸しくださって傍に寄ってくださったご令嬢かな。有難う御座います。洗濯代……うううう。
「大丈夫かな?」
「まあ、お兄様」
……あの泣いていたご令嬢のお声が聞こえるわ。嫌な予感嫌な予感。お偉そうなお声が……。
……つ、辛い。気絶しそうで気絶出来ていない!! も、もっと血を流すべき!? どうか擦り傷、仕事して! 死なない程度に仕事して!!
「侯爵令嬢である君が……皆さんを巻き込んで。このような場で、ひとりを囲み私刑のように断罪めいた遊びをするのは頂けないね。アメリア」
「で、ですが!! ゲイル様はわたくしだけでなく、そのご令嬢を傷物に」
「……それに、ご令嬢の目が閉じられてるとはいえ、目の前で傷物呼ばわりとは。彼女の尊厳を甚振って楽しいのかね?」
「そ、そんな……」
え、何?……何だか、気になる展開……!?
私、絶対あの侯爵令嬢アメリア様に……冤罪の共犯にされて、証拠隠滅されると思っていたのに!
何だか知らない別の方がドヤ顔、いやドヤ声で出てきたわ!!
「き、傷物だなんて。ですが、そう聞こえましたならちゃんとお世話致しますわ。そうですわね、出入りの商人に」
「アメリア、彼女は長らく我が国に仕えるタヌート男爵家のご令嬢だ。
爵位で分けた選民思想を止めろと言っただろう。この場で晒し者にした挙げ句、平民と縁を結ばせるだって?」
……いや、別に長らく窓際にしがみついてる木っ端貴族なだけなんですが。そもそも我が家をよくご存知で。
て言うか……考えてみりゃ玉の輿より遥かに気楽そうだし、別に商人でも良いわね。
このお兄様とやらも中々上から目線で選民思想……いえ、偉いから仕方ないのかしら。
「アメリア様、出入りの商人と見せかけた貴女の愛人に男爵位を彼女ごと与え、乗っ取らせ……手下にする気なのですか?」
「なっ!な……んと言う邪推を!! 愛人ですって!? 貴方じゃ有るまいし……恥を知りなさい!」
あ、フラれイケメンが喋りだした。さっきまでヘタレてたのに朗々と……どうしたって言うの?
周りがざわついているわ……。私も囲んでる立場ならざわつくわ。
いや待てよ。……爵位の乗っ取り……って、ええー? ウチをー?
……領地が殆ど無いウチを乗っ取り……? 商人に?……栄えるならそれでもいいか、と思ったけど待てよ。
従姉のリラお姉様の家が、まさしくそれじゃーないの。
嫁ぎ先とは言うものの……あの男爵家にもお姉様以外の子はもう居ない。だから必然的に……リラお姉様の子が爵位を継ぐと思ってたけど。
何と。同じ男爵家だけれどウチより資産は有るから……た、大変だあ。
「そちらのケバ……鮮やかな赤いドレスのご夫人に付き添われた紳士。昼下がりに貴女の部屋の窓から、服と髪を乱して出てきたのを見ましたよ」
……今日のリラお姉様のドレスは……記憶に張り付くけたたましい赤だった気がしたけれど……気のせいでありたい……。他にも赤いドレスの方……居た筈!? でもいや……あのセンスが他にいたらそれはそれで問題かもしれないわ!
「そ、そんな……貴方!? 旦那様!? どういうことなの!?」
わーん! 間違いなく猫を被ったお外仕様のリラお姉様の声だわー。しかも近いわー。身内の癖に前方で野次馬してるなんて!! 此方こそどういうことなの!? 酷いわ!!
「し、知らない! 人違いだ見間違いだ!」
「そうですわ!! 私の部屋ですって!? 何と言う侮辱……!」
「男を呼んでいるのは否定しないのか」
「確かに暫く居なかったわ! あの時このご令嬢の香水を纏っていた……!!
ちょっと!!どういうことなの!? 田舎貴族だからってバカにしたの!? 不貞なら落とし前を付けて貰うわよ!」
おーい……これ、野次馬の皆様の前で曝して良い恥なの?我が家のも混じってるけれど。
ああ、リラお姉様の声にドスが利き始めた……。まー猫かぶりが取れているわ……。不味いな。
「可愛い額に皺が寄っている。気絶したフリなら、もっと」
「っ!?」
せせせせ背中が!
ななな何ちゅう位置で喋るのよ!?
「……君の従姉殿は存外、勇ましいね」
「……あの」
「不貞許すまじぐおおおお!」
後ろで轟音のようにお姉様の声が響き渡っている……。
言葉にならない……と言うか、ガチギレでおいでだから……言葉を成していないわ。
て言うか、この控えめながらも上品なイケメンは、どちら様なの。
「ち、違うんだリラ! 最初は確かにお嬢様のご命令だったが今日を境にご辞退を!! 何時しかリラを、リラだけを愛しているんだ!」
「何ですって!? スペンサー! お前、あんな田舎者に婿入りするのは私の為で、私だけを愛してるって言ったじゃないの!! だからお前の為に私は、身綺麗に!」
……おわー。
こっちも関係がグチャグチャだわー。
え、何?リラお姉様の旦那様はあの侯爵令嬢アメリア様の手下で愛人だったけど、ご命令でリラお姉様のお家に婿入りして……本気になったって?
それで、アメリア様は愛人(リラお姉様の旦那)が本命だって!?
……何だそりゃ。と、呆れていたい所だけど!!
「吐きましたね、アメリア嬢」
「しかと聞いたね」
「あの」
「ん?」
何か呑気に腹黒い事を言ってるイケメンふたり!! それどころじゃないんだってば! 言いたくないけど仕方ない!!
「辺境傭兵団の『御説得熊』はご存知で!?」
「ああ、君の従姉殿の領地の傭兵団の強者だね? 何でも御説得! と叫びながらどんな敵でも叩きのめしたとか、牛程の大きさの蜂を拳で叩きのめしたとか」
「実に我が領地の防衛に欲しい兵ですよね」
詳しいな。て言うか何気にスカウト対象に迄されてるなんて。
「その名前は此方まで伝わっておりませんが、あのリラがそうです」
私はお姉様をお行儀か悪いと思いつつも指差した。
あんな細っこいご婦人が何の冗談か、と半笑いしてるけれど。でも、お姉様が五人は乗れそうな大きさのテーブルを片手で掴んで頭上に上げておられるのを見ればね。
……足元には、あの旦那様……わあ、足を踏みつけて……目の前には侯爵令嬢。
恐怖で足がすくんだ言葉も出ない野次馬達。
中々地獄絵図で……私も賠償的な意味とかで倒れたいけど!!
「お姉様流の断罪は、ぶつ切りにされますわ」
敵と認めたものを全て、ね。……これより被害を出さない為には彼等の協力が不可欠なの。
「……御勘気を解く方法は無いだろうか。全力を尽くす」
「ああなったお姉様の好物は敵の絶望と、蜂蜜です」
その後、平謝りとありったけの蜂蜜が集められたのは言うまでもない。
沈めるまでに結構かかって暴れたけれど今は……大きな壺に入った蜂蜜を熊のように食べているわ……。
従妹として慣れ……いや怖い。しかし何だこの業者みたな大きい壺は。流石お金持ち。
「ねえエメーラ、分けてあげましょうか? とっても爽やかで美味しいわよ」
「私はお茶を頂いているから、其方はリラお姉様が心ゆくまでお召し上がりになって」
大体蜂蜜に爽やかとか無いわ。相変わらず見るだけで胸焼けする……。私は辛党なのよ。ストールグルグル巻きで反論するのも迫力無いから、言わないけど。
…詳細は省くけど。私のお陰で気弱そうなリラお姉様に戻り……場所を変えたの。
四本有る筈のテーブルの足が三本程折れてたけど……請求はリラお姉様にいや、あの元旦那様にすべきよね。……元旦那様、不慮の事故で足を折られてるみたいだけど。
で、色々と装飾されていたお言葉を私なりに纏めると。
色んな家を乗っ取って逆ハーレムを築こうとする侯爵令嬢アメリア様の悪事を暴く為に、婚約者のカッター子爵令息が浮気者のフリをしたそうなの。
のっけから意味が分からなかったわ。
……兎に角それを糾弾させて、カウンターを喰らわせて再起不能にして修道院へやるおつもりだったんですって。
ますます意味が分からないわ。そんな適当なノリで夜会を開いて御馳走を出すなんて……。お金持ちはやることが意味不明ね。
「まさかお父様もグルだったなんて」
「地味なお前達が巻き込まれるとは、塵ほども思わんかったんだ。それならそうと、リラとお前を他にやっておいたのに……」
地味言うな。アンタと同じ血統だ。
しかも、打ち合わせでは一緒に糾弾するのはお姉様の旦那様(離縁決定)ではなくて、違う殿方だったらしいの。そっちが本命だと思ってたらしいけど、今日ノコノコとアメリア様の窓から出てきたから予定変更したらしいわ。
うわー、末端まで伝わってなかった伝達ミスみたい。バカだわ……。
お父様の恨みがましい目に、侯爵令息……テスタ様は困っているみたいね。
……ちょっと気分が透くわね。フフフ。お父様のこの恨みがましい顔は、罪悪感をねっとり擦り付けられるので一部では有名なのよ。
「……兎に角、事後報告で申し訳無いがご協力感謝する」
「お姉様はどうなりますの。他のお家の奥方様もです。
失礼ですが、御兄妹共々高貴な家であられるなら下の家を踏みにじって良いというお考えにしか見えませんわ」
で、お父様は恨みがましい視線のままで何も言わないチキンだし、リラお姉様本人はハチミツに夢中すぎるし。なので私が聞くしかない。
本当にしっかりしてよ!!
「返す言葉もない。金銭での補償、になるだろうな」
「……何にせよ、ひとの気持ちを弄ぶ行いは、いずれ戻って参りますわよ」
幾らあの場に居たのが私とリラお姉様、アメリア様とその愛人以外は仕込みの客とは言え、人の口に戸は立てられない。予定外の出来事をうっかり漏らすものも居るでしょうに。……ってしまった、言い過ぎた。
賠償的なのってウチも貰えるのかしら。ドレスは自分で破いたしなあ。
「したり顔で説教は結構だ。……この方を何方と心得る」
「止めろ。非礼はこちらが先だ」
あのイケメンがしゃしゃり出てきた。
鷹揚に仰るその割に、お偉いさんな態度は崩されないしね……。
この茶番も口先だけっぽいなあ。何か更に腹立ってきたし……。
「お父様、私達お暇したいわ。お姉様はもとより、私もこんな姿で留め置かれるのも屈辱だわ」
ええい、淑女教育で習った通り、ストールを搔き合わせて弱そうで惨めったらしくヨヨヨ泣きで切り抜けを実践してやる! 涙は出てこないけど!! これより悪い方向にしてたまるか! 私のドレスの殉死の為にも、補償! 補償!
「!!
そ、そうだな……嫁入り前の娘なのに……すまない、この父が頼りないばかりにこのような姿を衆目に晒させて!」
「!? い、いやそんなつもりでは!?」
「あ、エメーラ、そう言えば何でボロボロなの? 聞こうと思ってたけど!!」
いや気付くのマジ遅いな、お父様にリラお姉様!アンタら常にいっぱいいっぱいか!? 基本、単純だからなあ。ちょっと場の空気を補償貰う方向に変える為にひと芝居! って言いにくい!
「す、すまない。確かにこのようなあられもない、いや、その、名誉を汚すような事は。……だ、誰か居らぬか! エメーラ嬢に着替えを!!」
「成程、そう来るか。平然としておきながら、とんだ狸淑女だ」
……うっ、根っからの高位貴族様には目論見がバレてるわね。て言うか狸言うな。家名しか似てないわ。
「気にいったよ。そうだね、ゲイル」
「はい、テスタ様」
お前をそこの狸娘いやエメーラ嬢のお詫びの品……いや、報奨品にしよう」
「「は?」」
何ですと?
「リラ嬢には、離縁迄の此方での庇護、そして貴女の傷を癒す為にも当家で観光などを。ゆくゆくは、再婚のお手伝いを。縁者にお似合いの者が居るのですよ」
「まあ! 宜しいのですか!?」
「勿論だ。我が妹の暴挙だ。あのように衆目で行わせて本当にすまない。償わせて欲しい」
お、おいおいおい。
リラお姉様への対応、その真摯なご対応……。
寧ろ、私への対応……そっちでは?ホラ、金銭的な……。て言うか、お姉様の武力狙いの囲い込み……!? しかも、言い方違うだけでさっきの悪い妹様と遣り口が同じですけど!
「テスタ様……」
「人前で、傷付いた淑女を同意も得ずに連れていこうと引っ張ったそうだね?」
「うっ!? そ、それは……く、口止めをしようと」
「仕込みの客とは言え、イレギュラーには口を滑らせるやもなあ」
このテスタ様、とやら。
……ちょっと、私と思考回路が似ている! しかも偉い分私よりタチ悪い!!
そして、このフラレイケメン……いや、仕込みフラレイケメン、結構応用力の無い……アホめの殿方だ!!
何良いように決められてんだ、ちゃんと拒めよ!!
幾らイケメンでも、テスタ様の命令なら、変な芝居も辞さないこの人の押し付け先になるのは御免よ!!
「お待ちください!
そ、そんな! そんなつもりでは有りませんわ! こんな内輪だけの夜会なら……それに、大貴族でいらっしゃるのだから、私の名誉は漏れませんわ!」
大貴族が変な情報を余所へ漏らす訳ないよなあ!? 只でさえイレギュラー引き起こしたんだからなあ!? と言う思いを込めてテスタ様を睨み……見つめてみる。
唸れ!涙腺!!おのれ、乾燥しているわ!!
「確かに……人の噂は高速で流れる……」
「お父様は要らん事を言わないで!」
思ったことを直ぐ口にするから万年ヒラなのよ!! 何時もだけど更に……何て頼りにならないんだ!
「エメーラ、よさそうな方じゃない。爵位も子爵と男爵でお似合いだし」
「お姉様は怒りと蜂蜜で記憶を失ったの!? さっきの婚約破棄の光景を私情を交えず、広い視点で思い出して!!」
蜂蜜で脳味噌溶けてんじゃないの!?
しかもスッカリ旦那の事を切り換えやがって! 前向きにも程がある!!
「……確かに、悪い縁談では有りませんが。よく見れば確かに狸に似て可愛らしいし、正義感も強く利発だ」
「さっき、したり顔って言いましたわよね」
お前……いや、貴方の切り換え力もどうなってんだ。テスタ様の忠犬か。余計嫌だ。
「では、何か他に、私と貴女のご家族が納得出来る素敵な代替え案が有るのかな?」
納得させてみろ、出来るならな。
事情を知ったからには、お前も我が駒になるんだ。
そう、幻聴が聞こえる……。ガッツリ聞こえるってのに。
……何故なの。
いやー、ご縁が出来てラッキーとか喜ぶ呑気なお父様になーんも考えてないリラお姉様……。満更でもなさそうなそこの忠駄目犬いや、子爵令息ゲイル様!!
そして私はペシャン侯爵家に泊まらせて頂く羽目になり、無理矢理逗留を乞わされ、しかもあの妹であるアメリア様が嬉々として引っ立てられていくお姿を眺めるテスタ様にドン引きしたりして。リラお姉様は侯爵家のお抱え傭兵団に馴染んで素振りして友愛を築いているではないの……。
お父様は、どう見ても侯爵家の手下みたいになってる気もするし……。
……場違い感が堪らないしお家帰りたい……。
「お心を命令で変える方は、ちょっとねえ」
「そもそも好きで婚約してなかったのでセーフですね」
「押し付けられた本命には不誠実しか返せませんわ」
「ははは、貴女の言うことは小難しいが楽しいな」
そして私は……ゲイル様を振り切るのに難航していた。
……この男、単純な癖に目茶苦茶食えないわ……。ツンケンしてんだからメゲろよ!!
苛々もピークで、歯軋りしたくなってきた!!
「俺は仕事が本命なので、二番手の貴女には誠実を捧げましょう」
……ドヤ顔まで主家筋に似るってヤバイわね。
数々の素敵なお話の中から、このお話をお読み頂いた貴方に感謝を捧げます。
良き週末をお過ごしくださいませ。