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自作小説倶楽部 第20冊/2020年上半期(第115-120集)  作者: 自作小説倶楽部
第117集(2020年3月)/「覚醒生物」&「擬態」
9/26

01 奄美剣星 著  擬態 『灰色猫の軽便鉄道』

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ深海 「夜桜登坂鉄道」

   ~以前深海様より戴いた絵を再度つかわせて戴きました。


 


 はだかの、はだかの、はだかの、はだかの、白い大きな壁があったんだ、その壁に、たかあい、たかあい、たかい、ひとつの梯子がかかっていた、そして地面には、かわいた、かわいた、かわいた、いっぴきの燻製にしん。

(安藤元雄・入沢康夫・渋沢孝輔編 『フランス名詩選』岩波書店1998年)


 詩人クロの「燻製にしん」冒頭はこんなふうだ。

 乗客の誰かがその詩をそらんじているのが聞こえた。

 雪の降らない三月から十一月までの土日・祝祭日、新潟‐会津若松間を、C57型蒸気機関車180号機が牽引する七両編成の「ばんえつ物語」号が一日一往復する。九時近く、始発の新潟駅から、指定席に乗車した恋太郎こと恋川遼太郎は、運航日になると、かなりの頻度でこれに乗車していた。

 列車は、新興住宅地にある通過駅・北五泉駅から三分ほど走ると五泉駅に到着する。北五泉駅から五泉駅までは、陸橋を一つもくぐることなく、ところどころ比較的新しい民家で虫喰った田園のただなかを越後山脈白山のある西に向かい、踏切を七つか八つ越えたところにある。

 親から貰う小遣いに頼る高校生の恋太郎にとって、始発駅・新潟駅と終着駅・会津若松駅を往復するのはかなりの出費だ。そこで五泉駅で降り、在来線をつかって自宅のある新潟市に戻るのだ。なぜ五泉駅で降りるのかというと、ここまでは在来線の本数が比較的多く、同駅を過ぎた途端、極端に本数が少なくなるからだった。

 入線した五泉駅のホームは相対式で、駅構内に袴線橋があり、両者を連結していた。だが実をいうと、その外側にはもう一つの跨線橋があって、駅を利用しない一般歩行者が、北側にある駅前広場から南側にある市街地に抜けるための通路になっていた。

 そこに一両の軽便鉄道車両が停車しているのが見えた。

 新潟行きの下り列車がやってくるまで三十分ほどある。

 ――気になる!

 改札を出た恋太郎は、外付けの袴線橋を渡って駅舎の南側にむかった。するとそこには二階建ての駅舎があり、黒色にカラーリングされた市電が停車していた。

 デハ1型電車。

 一九三〇年製の米国製木造車両だ。

 灰色の制服を着た駅員が懐中時計を取り出して、「間もなく出発します」と、待っていた童女に語りかけたのだが、停車場から車内に一歩踏み出したところで、童女は泣き顔になって乗るのをためらっていた。

 駅員は、童女の後ろにいた恋太郎に、「すみません、その子に絵本を読んでやってくれませんか」と頼み込んだ。

 ――なぜ自分がそんなことをしなければならないのか。

 などと損得勘定では考えないのが恋太郎の気質である。

 灰色の制服を着た駅員が手渡したのは、『桜の下の王子様』という絵本だ。ホームにはベンチがあった。恋太郎は童女と並んで座り、絵本を読み聞かせた。


「昔、丘の上のお城に住んでいる可愛いお姫様がおりました。ある日、おやつの時間。お姫様が、片手に盛った桜ん坊を食べようとしたとき、一つが地面に落ちて転がってしまい泣き出しました。ところがどうでしょう、転がり落ちた桜ん坊から芽がでて、お姫様が美しく成長したころ、立派な木になって、桜ん坊が実るようになりました。さらに何年かして、桜の木に見慣れない馬が繋がれていたました。そうです、素敵な王子様が、結婚を申し込みにきたのです」


 童女は恋太郎が絵本を読んでくれたので満足そうに笑みを浮かべた。

「お兄ちゃん、読んでくれてありがとう」

 先ほどまでむずかっていた童女は、スキップをするかのように、軽便車に乗り込んだ。

 恋太郎は、童女の後から、杖をついたお婆さんが乗車するとき、扉をくぐった途端に、お下げの女子中学生姿になるのを見た。その女子中学生に、駅員が親しげに声をかけた。

「素敵な人生だったね」

 セーラー服の女子中学生がにこやかにうなずいてロングシートに座ったとき、恋太郎は、「まさか!」と叫んで童女の後を追いかけて乗ろうとしたのだが、灰色制服の駅員が、「君はまだお頑張りなさい」となだめて制している間に、車両の扉が閉まった。

 灰色制服の駅員が懐中時計を取りだして、運転士に合図した、袴線橋下にいた軽便車はゆっくり動きだし、市街地の向こうに消えていった。車両が見えなくなると、駅舎もレールも消えて、ひび割れたアスファルト道路と、枯草の生えた空き地が残るばかりだった。

 呆然として立ちすくむ恋太郎は、灰色猫が草むらに駆けて行くのを見た。


 蒲原鉄道は、磐越西線五泉駅から城下町・村松を経由して、信越本線加茂駅に向かう軽便鉄道路線で、一九九九年に廃線になっている。

 その昔、井戸を掘ったとき人は、地下を統べる冥界の王に、御飯を盛った土器皿を投じて挨拶をしたものだ。冥界の王とは黄帝で、四方を玄武・朱雀・青龍・白虎の四将に守らせている。黄帝と四将で地下世界を意味する五となり、地下世界への入り口・トンネルを意味する井戸で泉。……それで五泉だ。

 長じて、恋太郎はそう解釈した。

ノート20200319

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