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自作小説倶楽部 第20冊/2020年上半期(第115-120集)  作者: 自作小説倶楽部
第120集(2020年6月)/「生物(紫陽花 蛍 蝸牛)&抽象(魔法・Xデー《=滅亡前夜・仏滅13日金曜日》・大人の事情《心変わり》)
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04 深海 著  アジザイ(生物)『嫉妬』

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ 奄美剣星 「よしこさんの心」

 庭にしとしと、雨が降っておりますんで、本日、舞のお稽古は延期です。

 うちがそう申し上げますと、姫さまは、ぶっくりふくれっ面にならはりました。

 姫さまは来週、弘徽殿の御方にお呼ばれしておりまして、そこで舞を披露したいと、ありていにいえば、弘徽殿の御方に見せつけたいと、思し召してはったからです。


「せやけど、ざんざん降りの雨ですから。お庭にはどうにも、出られまへん」


 帝よりいただきましたお屋敷のお庭は、それはそれは広くて、お池の前に広い石畳がございます。そこが格好の稽古場となっておりますが、屋根のない所にて、舞の練習は無理というもの。

 気を紛らわせるために、貝合わせでもいたしましょう。そうお誘いしましたが、姫さまはふくれっ面のまま。なんとしても、「こっきー」の度肝を抜かせてやるのだと仰せになるのでした。


「こっきー?」

弘徽殿(こきでん)の御方なんて、なんか堅苦しくって。あちらさまも、気軽に呼んでねっておっしゃって、それじゃあって、お互いに愛称をつけあった結果なんやけどー」

 姫様は目玉をくるくる、愛嬌たっぷりに上をむいて、ばっさばっさと扇子をお降りにならはりました。

「はぁ。ではこっきーの御方は、我が姫のことは、どうお呼びにならはってるのですか?」

「ふじちゃんて呼んでいいって、いいましたわ」

「ふじちゃん……それってここが、藤壺と呼ばれている所ゆえですか」

「もちろんそうでーす」


 後宮には七つのご殿と五つの舎がございまして、入内なさった姫君は、そのうちのどれかにお住まいにならはります。

 弘徽殿の御方はその呼び名の通り、弘徽殿にお住まいの姫君にて、うちの姫さまよりも数年早く入内なさった、女御さまでございます。

 なれども、うちの姫さまの方が後見の力が強く、家格が上。入内されてほどなく姫さまは中宮に昇られて、先輩である弘徽殿の御方よりも、はるかに身分が上のお妃さまとならはりました。同じ女御のご身分であられた数か月間は、あちらさまはそれはそれは、偉そうにしてはりました。藤壺と呼ばれるこの飛香殿は、かつては女御の住まいではなかったとか、格が低い邸だとか。まあ色々仰ってはりましたが、今はまるで、子犬のような尻尾の振りようでございます。

 それで姫さまも調子に乗ってはりまして、ことあるごとに、あちらさまに招待させては、お菓子を食べまくるわ、芸事を自慢げに披露するわ、やりたい放題なのでございます。

 とても親しき友達なのだと、単にきゃぴきゃぴの女子会してるだけやと、姫さまは仰せなのですが。正真正銘ほんとうに仲がよろしいのかは、はなはだ疑問の間柄でございます。


「あ。よしこ、うたがってるわね? その貌」

「そりゃそうですわ、姫さまは最近わがまま放題、あちらさまにしてみれば、うざいのひとことでございますやろ」

「そんなことあらしまへんわ。こっきーは、うちにとって、ほんとにほんとのともだちですわ」


 だっていろいろ相談されるんですものと、姫さまは、畳の台座の上で胸を張られました。


「よしこ、もしかして、うちのこと誤解してまへんか? うちはあちらさまの御菓子をたんと食べさしてもろてますが、ちゃんとお礼の品を、届けさしてます」 

「はあ、まあ、たしかに」

「貝合わせの会でも歌詠みの会でも、事前にお勉強会開いて、なかよう学んでますし」

「はぁ、まあ、たしかに。ふたり示し合わせて、根回し三昧してますね」

「それにおたがいに、恋愛相談しあってます」

「え」

「これで親友じゃないとか、ありえまへんでしょ?」

「ええまあ、たしかに、ありえまへん、が……」


 恋愛相談?

 って、お二人の良人たる御方は、内裏におわす主上なのですが。

 お二人は主上の寵をえんと競い合う仲であるはずなのですが。


「れんあいそうだん。そないなことまでしてはるとは」

「まあありていにいえば、帝に送るふみの文面を、一緒に考えるって感じで」


 ひとりで考えるのはマジめんどいからと、姫さまはぺろりと舌を出されました。


「はあ。うちだけでなく、こっきー様にもご助力願っているというわけですか」

「よしこが考える文面は、ばばくさいのよね」


 臆面もなくおっしゃる姫さまに、うちはウっと怯みました。


「こっきーは年も近いし、かさねの好みも似てるし。それに結構文才があるの」

「そ、そうなんですか」


 姫さまがお生まれあそばしたころから、うちはお仕えしておりますもので。このとき年甲斐もなく、姫様がこっきー様をたよりにしてはるというこの事実に、胸が痛くなりました。

 いと醜い、なんとも狂おしいものが、じわじわぐるぐる、うちの胸中にうずまいたのでございます。


「ひまだから、今から弘徽殿にでかけようかしらー」


 姫さまったら、しまいには、そううそぶく始末。ご迷惑ですよとおいさめしても、姫さまはにこにこ、外のお天気とは真逆のお貌にて、はやく輿の準備をしろと、おっしゃるのでございました。


「ああもう。先ぶれもなしに、いきなりおしかけるなど」 

「大丈夫。あたくしと、こっきーの仲やものー」


 お供はいらぬと姫様は、さっそくうきうきと輿を出させて、お出かけにならはりました。

 うちは深いため息をつきながら、雨に濡れた格子を降ろしました。

 湿けて蒸し暑いからと、姫さまが開けておくよう命じたものです。 

 閉じる間際、広いお庭に植わっている花々が、ちらりとうちの目に入ってまいりました。

 あやめにつつじに、それから。


「あずさあい……」


 舞のおけいこ場となっております石畳を囲むように、まんなかが真っ青な安治左井(あずさあい)の花が,たくさん咲き誇っておりました。


「こよいのうちに、よひらのいろよ、かわるがよい」


 まるで呪言のように、うちはぶつぶつ、つぶやきまして。それから、不機嫌を紛らわせるために、硯と筆を出しました。

 姫さまが、うちの望み通りに、こっきー様への執心をお失くしあそばしますように。

 あずさあいの花のごとくに、その心が色変わりされますように。

 よひらというのは、あずさあいの花の周りについているものにて、花びらのようなものが四枚ついているのですが、それが時々、蒼から白に、変わったりするのでございます。

 そのよひらを、宵の夜にかけた呟き。そんな、ぽろっと吐露してしまった、どうにも情けない怨念を、どこかに押しやるべく。うちはがむしゃらに、なにかを書き連ねたいと思ったのでした。


「書き出しは……」


 ああそうだ。

 先日起きました、ねこまな騒動でも、記しましょう。

 あれは入内前に姫さまが手に入れた、白いねこまが封じられた掛け軸が、発端となったのでございますが。

 おかげで姫さまはあわや、離縁される危機にまで陥りかけたのでございますが。

 その顛末は……


―—「よしこさま。失礼をいたします」


 あら。

 もうひとつの中宮殿から(ふみ)が参ったと、女房たちがバタバタ。うちの書斎に走ってきまして、さし出してまいりました。

 七殿五舎。

 主上のお妃さまは皆、そこへお住いのはずなのですが。

 実はたったひとり、諸事情あって、内裏の外にお住まいの御方がおられるのです。しかも、我が姫さまと同等の位をお持ちの、皇后さまが……

 急いで、中を改めなくては。

 うちは持ちかけた筆をおいて、枝にはさまれた文を受け取りました。

 夏の練香の匂いが、文からふわりと漂ってまいります。

 難癖なご要望とか、果たし状の類でなければよいのですが……。

 黒い雨空のように、気が重くなる、今日この頃なのでございました。



―「嫉妬」 了―


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