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自作小説倶楽部 第20冊/2020年上半期(第115-120集)  作者: 自作小説倶楽部
第119集(2020年5月)/「風物詩(五月蠅 春キャベツ 田植え 五月病 菖蒲)」&「スリリング(ハーレム・切り札)」
21/26

05 深海 著  風物詩(菖蒲) 『ねこま憑き』

挿絵(By みてみん)

Ⓒ 挿図/奄美剣星 「猫魔」

 一つ下の(じょう)にお住いの若君が、ねこま憑きにならはった。

 という噂が舎人(とねり)から舞い込んだもので、うちの姫さまは本日、ころころ笑い転げはっております。

 畳台に扇をバシバシ、何ともはしたないご様子にて、乳母(めのと)さまも、女中のうちも、呆れ顔。せやけどまあ、いたしかたございません。姫さまは齢十七、箸が転げても笑ってまうお年頃なのです。


「五郎さまったら、ほんに、いとをかしいわ。こないだ一家総出で鬼退治しはったとかしないとか、えらいムキになって、うそぶいてはりましたけど。もしかして、お仕事失敗しはったん? きゃははは!」


 五郎という幼名であらした若君は、うちの姫さまより三つ年下。

 今をときめく新興の貴族、武家と称するお家の五男坊。

 元服しはって、左京一条に住まう姫さまの父君にお仕えし始めるやいなや、姫さまの熱心な求婚者とあいなり、丸一年になろうかというところです。

 最近の若者よろしく、姫さまを射止めんと、まあこつこつ、色々がんばってはります。実に初々しいというか、いじらしいというか、なんとも心苦しうて邪険にできへんというか、まあとりあえず、にっこり愛想笑いを浮かべて、ひらひら手を振って励ましている、今日この頃でございます。


「ねこま憑きってことはもしかしてほら、耳がねこ耳になってはるとか? 手が肉球つきのもっふもふになってはるとか? ふふふふ……ぷぷぷぷ!」

「姫さま、笑いすぎですやろ」

「だって、あの五郎さまがねこまになるやなんて、なにそれ、お茶吹いてまうやないの」

「まあ、たしかに……」

「きっとねえ、いとうつくしい、白いねこまなんやわ。もふもふで、ふわふわで、いとおかしいイキモノになってるんやわー」

「はあ、白のねこまですか」

「ええ、きっときっと、この世で一番うつくしいものになってるにちがいないわ」


 五郎さまは、そのご容姿といいい、御振る舞いといい、およそ勇猛な武人には程遠い。

 肌は白くて、ひょろひょろの細身。女顔のおちょぼ口。美少年というより、美少女。うちの姫さまより、はるかに美少女。普通に歩いていても、なぜかいきなりすっ転ぶ。虫は嫌いださわれないと、長い棒でトンボをつつく。街を歩けば、のら犬やのらねこを必ず拾ってくる――

 こんな有様で、将来、朝敵を撃つ勇猛な将軍になれますのやろか。ご本人はサカノウエのなにがしやらいう、神話に出てくる大将軍にあこがれていて、いつか護国の英雄になってみせると、姫さまにいつも、のたもうてはるのですが。いやはや、無理ですやろなあ。


「五郎さまったら、街の見回りのときにいつも、ねこを拾ってきはるもんやから……きっとそのせいやわ。それで、けったいなメスねこに懸想されはったんやわ。ほんに、お気の毒。ぷぷぷぷ」


 姫さまは扇をひろげて、くすくすにんまり。

 五郎さまは許嫁でも何でもあらしまへん御方にて、姫さまは露ほども恋心をお持ちではないのですが。しかも姫さまを入内させると、父君さまがこの上もない嫁ぎ先をお決めにならはりましたので、姫さまは、公達や武士らとのお遊びを極力控えるようにならはったのですが……

 今日ばかりは、ずいぶんと興を引かれたようです。きらきらとその茶色い瞳を輝かせ、まるで恋煩ひにどっぷり浸かっていはる乙女のごとくに、かくおっしゃったのでございました。


「ねえ佳紫子(よしこ)、ねこま憑きの五郎さまに会いたいわ。今すぐ会いたいわ。はよう呼んできてちょうだい」

 




 普段なら、ほぼほぼ毎日朝一番に、五郎さまから文が届くのでございますが……

 本日は昼を過ぎましても、まだ届いておりまへん。

 やはり噂は、本当なのやろか。五郎さまは、ねこ耳を生やしてしまいはって、お家に籠って、悩んではるのやろうか。こんな姿では、姫さまに求婚できないと、もふもふな頭を抱えてはるのやろか。そないなことを考えつつ、うちは舎人をちょいと呼びつけ、命じました。


「忙しいとこ悪いんやけれど。源家の五郎様のご様子、見てきてくれまへんか」


 手土産に、落雁(らくがん)をひと箱。表向きは、毎日の文やお伺いのお礼を届けるという、ごくごく自然な用向き。待つこと一刻、陽が傾き始めた昼下がり、舎人(とねり)は実に神妙な顔をして戻ってまいりました。


「お噂はやはり、本当のようで。五郎さまのお部屋から、いとかなしひ、ネコの鳴き声がいたします。か細く、今にも息が詰まりそうな異様な声でして。部屋にはぐるりと、魔よけのためのものらしき、注連縄が……」


 あらまあ。ということは姫さまの推測通り? 


「鬼退治のせいではないようです。のらねこをたくさん拾ってきはったのが、原因のようです」


 ふむふむ、そっちの方でしたか。


「どこぞに腕の良い祈祷師はいはらへんかと、ご当主がバタバタしてはりました」


 報告を終えると、舎人はうちにどさりと、文を渡してまいりました。

 諸所の公達がしたためた、姫さま宛のものです。ついでに他の殿方の家にも回ってきたようですね。ええ、これもあれもそれも。

 あ。えっと、これは……

 右大臣の若君からきたもんは、うち宛てですね。これはまあその、寝る前にちらっと、目を通しておきましょう。さあ、姫様に報告です。


「なんですって? 家にお籠りしてはるの?」

「姫さま、笑い事ではあらしまへんようです。まこと、五郎さまはお困りのようで。笑い声をたてるんは、不謹慎ですわ」

「えええ……なんやのそれ。五郎さまに、会えないなんて」


 姫さまは、たちまちションボリ。なれども、うちの女主人は転んだままではあらしまへん。すぐにキッと顔を上げて、それじゃあお見舞いの品を送ってほしいと、うちに命じてきはりました。


「あたくしの文とたくさんのお菓子を、我が家お抱えの絵師に持たせて」

「絵師に? ちょ……姫さま、それは……」

「絵師はねえ、絵師ですって名乗らせてはだめ。うちで雇った、超一流の祈祷師ってことにしてちょうだい」

「ひーめーさーまー」

「お、鬼やわ……」


 部屋の隅でお香を焚いてはった乳母さまが、あちゃあと両手で顔を覆ってはります。まったくもう。うちの姫さまはほんに、容赦ないというかえげつないというか、いといわけない(こどもっぽい)というか。いやほんま、こん御方は――


「ひとでなしー」

「なんとでも言うたらよろしいわ。とにかくあたくしの言うとおりにして。でないと、右大臣の若君がおまえにご執心なこと、お(もう)さまにばらしますわ」

「う」

「ふふふふ。お父さまが知ったら、おまえもまつりごとのための、あわれな駒になりますわ。ふふふふっ」


 右大臣の若君は、なぜかうちにご執心。決して悪い御方ではないのやけれど、うちは乳母さまといっしょに長年、姫様の面倒を見てきましたもので……姫さまのいない生活なんて、まったく想像できしまへん。ましてや、姫さまの父君に、いいように利用されるなんぞ、冗談ではございまへん。

 入内なさる姫さまを万敵から守りたい。それが我が天命。うちは心からそう信じております。それを阻まれるのは、遺憾以外のなにものでもない……。

 ゆえにうちは恨めしげに、姫さまにぼやきました。


「ひとでなしー」





 それからぶつぶつと文句を垂れ流しつつ、うちは仕方なく、姫さまの御家が抱えてはる絵師の中で、一番の腕を持ってはる御方に白羽の矢を立てました。

 それは賀茂という名の方で、姫さまの父君のためにしばしば、いとうるわしい天体の図などを、色鮮やかに描いてはるのです。

 事情を話しますと、賀茂さまはニコニコ顔でよろしいですよと、姫さまの思し召しを呑んでくれはりました。


「ほんに、申し訳ございまへん。どうかよろしう、お頼(たの)もうします」


 うちは、筆と紙を抱えて颯爽と御殿を出ていく賀茂さまの背中に、深く礼をして両手を合わせました。


 それから三日後。

 ぴいちく雀が歌う早朝、賀茂さまは意気揚々と、左京一条にある御殿に戻ってきはりました。小脇に抱えるは、大きな紙の巻物。おそるおそる訊ねれば、首尾は上々。しかも若君は、元通りとのこと。


「まあでは、祈祷師さまが、五郎さまのところに来はったのですね」

「いやいや、この私が、除霊させていただきました」

「は?」


 賀茂さまはにっこり。そうして、姫様のお部屋に行かれまして、垂れ下がる御簾の真ん前で、持ってきはった巻物を広げてみせました。


「ふわあああ。もう、まだ眠いったら……あら、絵師さま? 五郎さまのところから、帰ってきたのね! よく見せて。まあ! これが――」

「はい。これが、源の五郎さまにとり憑いていた、ねこまにて」

「わああああ! いとうつくしい! うつくしいわ! まっしろでふわふわでもふもふ!」


 驚いたことに、それは姫さまが想像した通りのものでした。

 賀茂さまが示した巻物には、白いねこ耳の、いたいけな、びしょうね――いや、美少女が描かれていました。煌めく大きな瞳から、今にも涙があふれそうです。なんとも心苦しいのですが、そのからだのもふもふ具合、手の肉球のぷりぷりとした質感、優美でしなやかそうな尻尾……

 それはなんとも、なんとも、顔をほころばせて、身もだえしてしまうようなものでございました。

 姫様は御簾越しにじいっとそれを眺めまして、はあっと、感嘆のため息。顔は歓喜に満ち、いとうるわしい桜色に染まりました。


「こんなにも、うつくしいものだったのね!」

「御意。まずは菖蒲(しょうぶ)の束を部屋にぐるりと置きまして、その厄払いの香気で、五郎さまに憑いているねこまを弱らせました。そして五郎さまから出ていかねば、このまま菖蒲湯にどっぷり漬けてやると脅しまして、この逃げ場所を提示したのでございます」

「逃げ場所……」

「すなわちこの、霊意を注ぎつつ漉きました霊紙に移してやろうと、取引をもちかけたのです。この紙は式神に使うものでございまして、もののけや御魂を封じ込めることができるのです」

「シキガミ?」

「式神とは、ちょっとしたお使いをしてくれる使い魔のことでございます。まあとにかく、菖蒲攻めをしながら、この特別に作られました紙に、ねこまを描き移した次第にございます」

 

え? ということは……


「賀茂さまって……祈祷師さま、であられるので?」

 うちがぽかんと口を開けますと。賀茂さまは、柔らかに苦笑しはりました。

「祈祷師ではございません。この賀茂保憲、陰陽道に通ずる者。すなわち、陰陽師にございます」





 知らずのことではありましたが、こうして五郎さまは、姫さまのおかげで、ねこま憑きからご回復されました。そんなわけで若き武人はほどなく、姫さまのもとへと息せききって、やって来はりました。


「姫さまの(ふみ)に、私はとても励まされました!『どうかお元気になって』と……なんという優しいお言葉! この五郎、感動に打ち震えましてございます!」

 

 美少年――いやどうみても美少女にしか見えへん五郎さまは、きらきら目を輝かせて、サンゴだのヒスイだのといった、いともめずらしい石の装飾品を、お礼にと、姫さまに差し上げました。


「ふがいない私のために……本当に本当に、ありがとう存じます!」

 

 五郎さまは子犬のようにいとうつくしく、そのコハクのような瞳をうるませて、姫さまになんども頭を下げました。

 姫さまに対する恋心は、わだつみの底よりも深く、熱くなったのは疑いございませんでしたが……姫さまはつんとすまして、言ったものです。まるで、子供をたしなめる母のように。


「五郎さま、これからはむやみやたらに、犬やねこを拾ってはいけません。よろしいですね?」

「はいっ、身命にかけまして、姫さまの仰るとおりに、いたしますっ」


 姫さまの背後には、白いモフモフが描かれたアレが、掛け軸となりまして飾られていたのでございますが。

 まあでも、うちが、御簾のすきまをびっちり締めておきましたので。ええ、五郎さまからは全然、見えませんでした。姫さまが口に当てた扇の中で、ぺろりと舌を出されていたのも。ええ、もちろん見えませんでしたとも。




 

 それからほどなく、姫さまは入内しはりました。

 御所へ行く姫さまの牛車を、五郎さまは涙をこらえながら、とてもご立派に警護しはったのでした。

 たくさんの嫁入り道具の中には、あの白いねこまの掛け軸もございました。姫さまが手ずから黒い漆塗りの箱に入れまして、後宮へお持ちにならはったのです。ねこまを封じた掛け軸はそれほどに、姫さまのお気に入りの一品となっておりました。

 ですが……

 それがのちのち、異様でいとも面妖な、ねこまな騒動を引き起こすことになるのでございます。

 その顛末は……

 

 あら、灯りの油が切れてしまいましたわ。

 今宵の回顧は、これまでにさしてもらいます。

 それでは、また。


 かしこ

 わたしの(ふみ)を待ってくだはる、あなたへ


                                佳紫子(よしこ)



 ――ねこま憑き・了――


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